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三章 上

 牢の中に月明かりが薄っすらと差し込んできている。見張り達の話を聞くに、雫は夜明けと共に処刑されるらしい。

 隙をついて逃げ出そうと思っていたが、手縄に付けられている札の効力なのか体に力が入らず断念していた。

 足の傷が痛む。未だに流れ出ている血を眺めながら、雫は昔を思い出し始めた。


 あれは何百年前だっただろうか。封印される未来が来るなんて考えもせずに、小さな村の一員として暮らしている自分が思い浮かぶ。

 村長の一人娘として大切に育てられていた雫は、今よりもずっと幸せそうに自分と同じ四本腕の友と笑いあっている。大人からの信頼も厚く、よく村の子供達と遊んでいたのを覚えていた。

 いや、それは違う。雫が仲間と共に過ごせていたのは、これよりも更に前の話だ。あの日──この地が封印された日、雫は一人だった。


 ※


 肌を刺すような日差しの下で、雫は行く当てもなく彷徨っていた。人間の美味しさに気が付いた四本腕と、それに対抗する人間の争いが激化していく中、今からでも和解の道を探そうと仲間に訴えかけたのがいけなかった。戦う意思のない者は仲間ではない。それがあの村の共通認識だったようで、今までの絆は嘘だったとでも言いたげな表情で、最低限の荷物すら持たせてもらえずその日のうちに村を追い出されてしまった。

 これからどう生きていこう。そう考えながら何時間か歩いて行くと、一軒家が建っているのが見えた。人間の匂いがする。しかし、誰かが住んでいる痕跡は無く、一時的に留まっていただけなのがわかった。

 もう日も暮れ始めているし、今日はここに泊まろう。そしてあわよくばここを新しい家にしよう。そんなことを思いながら雫は扉を開けた。


 それから何日か住んでみたが人間が寄ってくる気配は無かった。どうやらあの時の匂いは偶然で、本来誰かが寄る場所ではなかったようだ。四本腕と人間の溝が深くなっている今、それは都合が良い。このまま居を構えてしまおう。

 少し使い慣れない様式の家だが、それは仕方ない。四本腕と人間は争いが起こるまでまともな交流は一切なく、生活が根本から違う。それを加味するとこの家は馴染みがある方だろう。立地も悪くなく両物件だ。


 それから雫は何年かそこに住んでいた。その間人間はおろか、四本腕とも一度も出会わず寂しさを覚え始めていた頃、誰かが家に侵入していることに気が付いた。

 その気配は堂々と庭を歩いている。誰も来ないからと油断していたが、少しは家を隠す努力をするべきだった。そう反省しながら気配の主に近づく。

 そこには薄い栗色の髪をした子供が一人立っていた。しかし、子供だからといって安心は出来ない。もしここで逃げられてしまい、大人に自分の存在を告げられてしまったらここは終わりだ。それは避けたい。雫は細心の注意を払いながら子供の背後に立ち、勢いよく持ち上げた。

「わっ」

 間の抜けた声を出した子供が素早く振り向いてくる。髪と同じ栗色の瞳と目が合った。

「ここに住んでる人?」

抱き上げられていることなどどうでもいいかの様な声で子供がそう言った。正直に言ってよいものか悩んでしまう。すると、一瞬で興味を雫の腕に移したらしい子供が大声を上げた。

「四本あるー!」



 子供は最初こそ雫の腕に驚いていたが、それ以降はすぐに慣れたのか何日も連続で家に入り浸っていた。それどころか村の友達を連れてくる始末だ。一応大人に自分のことは話さないように伝えたがそれもいつまでもつのか怪しい。

「私と人間は仲が悪いのですからね!」

「わかった!」

 何人か子供が集まった日にくぎを刺しておいたが、本当に伝わっているのだろうか。雫を一切怖がらないどころか目の前で追いかけっこを始めた子供達を見ていると、四本腕と人間が争いをしているのがどこか他人事の様に感じる。

 この生活も悪くないかもしれない。そう思い始めた雫はかつて四本腕の子供達にしていたように、伝統的な故郷の遊びを目の前の子供達に教え始めていた。


 夜。雫は子供達を家に招いて初歩的な妖術でできたおもちゃの作り方を教えていた。

「この札は力を込めると綺麗に光ります。それを何枚も重ねて束にし、一瞬の模様を作るんです。このように……ね!」

 説明しながら束ね終わったものを宙に投げた。それは子供達の頭上で美しい花模様に輝き、煙の様に消えていく。子供達はたちまち歓声を上げ、次々に雫から材料の紙を受け取っていった。

「う~ん? 光らなーい」

「深呼吸して、妖術は物に力を込める過程が一番大切なんです。どうなってほしいかしっかり頭に浮かべて……」

 険しい表情をしたまま目を固く閉じている子供の頭を撫でながらそう言う。すると、札は淡い光を発しながら少しの間宙に浮いた。

「うん、いい出来です。この調子ならいずれ陰陽師にだってなれますよ」

「ほんと⁈ なりたいなりたい!」

 実際、このおもちゃは雫の故郷では妖術の練習用としても使われているものだった。人間は一部の上流階級にしか妖術の使用を許されていないらしいが、雫には関係が無い。こっそりと楽しむ分には問題ないだろう。

「……妖術かい、これ?」

 不意に背後から尋ねられ反射的に距離を取る。しかし、声の正体は敵襲の類ではなく、子供の母だった。先程まで話していた子が駆け寄り足に抱き着いたところを見てそう確信する。

「こんな時間にどこに行くのかと思ってたら、こんなことしてたとはね」

 なにか値踏みするような視線で雫の事を眺めながら近づいてくる。子供は必死に止めようとするが、足を一緒に引きずられていた。

「あんた、他の妖術も見せてよ」

 怪しい笑みを浮かべたままそう言った女は、雫の肩にそっと手を置いた。


短くてすみません。次こそは間に合わせます。

追記 少し増やしました。

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