表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おしどり夫婦のお料理事件簿〜小さな謎とダイニング・メッセージ〜  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/57

絶望スパゲッティの希望(4)

 その夜、美玖はなかなか眠れないようだった。一階におりて、ホットミルクを飲んでくると言っていたが、心配になってきた。重美の事は想像以上に美玖も心労だったようだ。


 友達関係ではあったが、料理の教えてくれる先輩と後輩のような関係でもあった。美玖は重美に尊敬し、憧れている面も強かった。美玖の立場に立てば、あんなに料理を嫌い、絶望の中にいる重美は見たくないだろう。


「美玖? ホットミルク飲んでいるのかい?」

「ええ。さくちゃんも飲む?」


 寝室から一階におり、ダイニングテーブルにいる美玖を見てみた。小さな灯りをつけ、ホットミルクを飲みながら、何か見ていた。


「いや、ホットミルクはいいよ。何見てるんだい?」


 美玖の隣に座って聞いてみた。


「これ? レシピブック。重美さんから料理教えてくれた時、もらったの。全部手書きですごいから」


 少し美玖からレシピブックを見せてもらったが、全て手書きで、イラストもみっちり描いてあった。重美の生真面目な性格を具現化したようなレシピブックで、料理の細かいコツとかも書いてあった。古いもので紙も傷んでいたので、スキャンしてデータ化しても良いかもしれない。このまま古い紙束にしておくのは、勿体ないレシピブックだった。


「何かこのレシピブック見てるとね。重美さんも家族の為に一生懸命だったんだなぁって。このレシピブックは元々は重美さんが家で書いていたもので、新婚の私にくれたもの」

「そっか……」


 レシピには「夫がハンバーグ喜んでくれて私も嬉しい」とか「息子が意外とピーマン好き!」という重美にコメントもあり、朔太郎は心が痛くなってきた。重美が料理を楽しんでいた事は事実なのだろう。だからこそ、裏切られた時の反動は酷いはずだ。重美が料理ができなくなった事は、少しも責められないが、このままで良いのだろうか。


 確かに外食や惣菜も悪くはないが、健康面のことも心配になってしまう。レシピを見ながら、絶望のただ中でも簡単にできて、心が温かくなる料理はあるか考える。


「あ、美玖。この絶望スパゲッティって何だ?」


 ふと、レシピにある妙な名前のパスタが気になった。ニンニクとオリーブオイルでつくるぺぺロンチーノそっくりのパスタだったが。


「これ? 本当にイタリアに絶望スパゲッティってパスタあるんだって。何でも絶望している時でも簡単にできて美味しいパスしだって。ペペロンチーノ風だけでなく、トマトソースっぽいのも色々あるみたいだけど」

「これ作ってみるのいいんじゃないか? ちょうど我々が送ったパスタセットもあるし」

「なるほど! 確かに絶望スパゲッティなら完璧じゃない!」


 重美の家で作る料理は絶望スパゲッティに決まった。アレンジしてオイルサーディンやハーブも持っていく事も着々と決まっていく。


「でも、この絶望スパゲッティだけは、このレシピブックで浮いてる気が。材料も一人分何だよな」


 他のレシピは材料はだいたい三人分か二人分で計算されていたので、気になった。


「そういえば重美さん。一人のお昼は絶望スパゲッテよく作っているって言ってたな。こんな手抜きも一人の時は許されるからって」


 美玖は切ない表情を浮かべながら、ホットミルクを啜っていた。


「そうか。重美さん、元気になれると良いな」

「そうね……」


 この場の空気は決して明るくはない。実際、小さ照明だけの薄暗い夜だ。静かすぎる夜。窓の外には細い月が見えるだけ。


 それでも絶望はしていなかった。朔太郎も美玖も重美が回復する事を望んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ