絶望スパゲッティの希望(5)
土曜日の昼。二人はスーパーで材料を買い揃え、重美の家へ向かった。
「どうぞ、上がって」
重美は二人が来る事を、明らかに嫌がってはいたが、追い返しはしなかった。ワンルームの狭いキッチンを借りると、さっそく絶望スパゲッティを作る事にした。
スーパーでは重美の家にろくな調理器具がない事を思い出した。たぶんフライパンはないので、ペペロンチーノすら作るのが無理。急遽、混ぜるだけのペペロンチーノパスタも買った。その商品名も「絶望スパゲッティのペペロンチーノ風」だった。急遽変更になったが、むしろピッタリだったかも知れない。
鍋はあったのでお湯をわかし、パスタをゆでた。紙皿に盛り付け、オイルサーディンとハーブもトッピング。美玖と二人で協力しながら作ったが、十分そこそこで終わった。ハーブの緑色のおかげか、さほど手抜き料理にも見えないものだが。
「へえ、絶望スパゲッティか……」
さっそく食卓に出し、重美に差し出す。このパスタはどういい名前か。ペペロンチーノではなく、絶望スパゲッティの名前を出していたのは、重美も何か心当たりがあるのかも知れない。
市販のパスタソースだったが、ニンニクの良い香り。オイルサーディンも載せていたが、ハーブのおかげか魚の臭みはしない。ハーブが、タイムという草だった。昨今のスーパーでは、ちょっとオシャレなハーブも簡単に買えるようだ。
「へえ、タイムも載せてるね」
重美は元々は料理少しだ。ハーブの名前もすぐに分かったようだが、なかなか手をつけようとはしない。
「もし不味かったら、どうしようね。あなた達を傷つける事を言うかも?」
「重美さん、そんな……」
「言ってもいいですから。召し上がってくださいよ」
重美は相当拗らせているらしい。捻くれた事も言い、美玖にショックを与えていたが、酷評は職業柄なれている。朔太郎はこの絶望スパゲッティを食べて欲しいと思う。
重美には朔太郎のような特殊な能力は無いだろう。それでも美玖の重美への想いは伝わって欲しいと願う。「元気になって欲しい外食ばかりで心配してる」という美玖の気持ちは、果たして伝わるだろうか。味を超えて料理に込められたメッセージが。
「そうね。あんまり美味しそうじゃないけど……」
重美はぶつぶつ文句を言いながらも、絶望スパゲッティを食べ始めた。
すぐに「美味しい!」なんて言われた事は予想していなかったが、微妙な表情を浮かべていた。
「これ、ちゃんと茹で時間測った? 少し茹で過ぎて無い? 麺が柔らか過ぎる」
まさかのダメ出し。
「オイルサーディンも一旦レンジで温めた方がパスタと温度差なくていいかも。ま、味自体は市販のだろうから、悪くはないけど。タイムも悪くは無いけど」
案の定、絶望スパゲッティを食べて、重美が感動する事はなかったが。
「美玖、あなた、ベテラン主婦だからって細かい所を手を抜いてない?」
「え、そ、そうですね!」
「旦那さんが甘いから、そうなっているんでしょうけど、これはダメよ。私が作った方が絶対美味しくできる」
なぜか重美が美玖の料理にダメ出し大会になった。結局重美が見本を見せる事になり、狭いキッチンでお料理教室が始まってしまった。
やはり重美は料理が好きだったようだ。そんな気持ちは、絶望の只中でも消せなかったよう。美玖の完璧とはいえないパスタのお陰で、重美の何かに火をつけてしまったようだ。
「重美さん。重美さんがずっと主婦として料理をしてたのは、きっと私のようなダメ主婦を指導する為だったんですね!」
「美玖さん、変なところで感動してないで、パスタの茹で時間はちゃんと測る!」
「はい!」
騒がしくお料理教室をしている美玖や重美の後ろ姿を見つめる。この調子だったら、重美も回復するだろう。美玖という出来の悪い生徒がいる限りは。料理への「好き」という気持ちは、簡単に捨てられそうにも無いだろう。
きっと希望も取り戻す。今は難しいだろうが、絶望している時でも作れるようなレシピもあるのだ。
美玖が料理に込めた想いが重美に伝わったどうかは、分からない。茹で時間をきちんと守らなかったパスタは、美味しくはなかったのだろう。
それでも、今の重美はあの泣いてる時の表情とは全く違った。生き生きと料理を教えている姿は、もう絶望しているようには見えない。むしろ、希望がある。朔太郎にはそう見えていた。




