表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

81/806

81 ギルドマスターはケジメをつけます

pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!

 ギルド 【シシリーの花園】 が起こした醜聞(スキャンダル)

 運営が、プレイヤーたちにスザクと呼ばれている最難関ダンジョン富士・火口を、それまでの誰でも入れるエリアダンジョンから一組ずつしか入れないインスタンスダンジョンに修正した告知(アナウンス)は、その醜聞(スキャンダル)とセットであっという間にプレイヤーたちのあいだに広まった。

 結果 【シシリーの花園】 からは六名のメンバーが脱退し、うち四名が引退。

 残る二人のうちの一人が恭平さん。

 その恭平さんが、どうして焔蛇のスキルの一つ 【焔獄(えんごく)】 を使えたのか?

 もちろん焔蛇のスキルは三つセットだから他の二つ 【演蛇(えんじゃ)】【業火(ごうか)】 も使えるんだろうけれど、でも、わたしが聞いた話では、シシリーさんに邪魔をされて他のメンバーは焔蛇のスキルを取得出来なかったはず。


 どういうこと?


 でも恭平さんのINT(ステータス)では詠唱に時間が掛かりすぎる。

 せっかくノギさんが 「恭平さん先攻」 なんて配慮をしてくれたのに、あまりに詠唱が遅すぎて、遅れて詠唱を始めたわたしの焔獄が先に発動。

 ただ詠唱時間の問題は恭平さんもわかっていたのかもしれない。

 その対策として用意していた常時発動(パッシブ)スキル 【震える鏡】 が、わたしの放った焔獄を(しりぞ)ける。

 わたしはこの 【震える鏡】 を取得したことがないから詳細を知らないんだけれど、反射の角度を術者(プレイヤー)の任意で変えられるのかもしれない。

 反射されたわたしの焔獄は明後日の方向に放たれたんだけれど、【震える鏡】 が発動した瞬間、つまり恭平さんの前面に魔法陣が現われた瞬間、焔獄を詠唱中の恭平さんの杖が動いたように見えた。

 あれで反射する向きを変えたんじゃないかな?

 もちろんわたしに向けて反射されても全然かまわないんだけどね。

 わたしも魔法使い対策として、魔法吸収の常時発動(パッシブ)スキル 【愚者の籠】 を持っているから。

 あるいは恭平さんは、わたしも 【震える鏡】 を持っていると思って反射の向きを変えたのかもしれない。

 わたしが魔法使いだとわかっていて挑んできたんだからそれなりに対策はしているだろうとは思っていたけれど、わたしのほうも対策をしている可能性を恭平さんだって考えていたのかもしれない。


 当然よね


 ただ魔法使い対策っていうのは、相手の魔法攻撃に対する防御だけじゃない。

 互いに魔法攻撃が効かないことを前提に、その相手をどう攻略するかが最大の問題。

 これを恭平さんはどう考えたのか。

 興味があるところね。

 それにしても……魔法使い同士の対戦って凄く静かっていうか、こう……なんていえばいいのかしら?

 動きがない?

 二人の魔法使いが向かい合って突っ立って、互いに魔法を投げ合う絵面なんて見ていて楽しいのかしら?

 そういう意味じゃ剣士(アタッカー)同士の対戦って、凄く動きがあって見応えがあると思う。

 それを見慣れた皆様の前で、こんなつまらないものをいつまでもお見せし続けるのは失礼じゃない?

 前回のトール君との対戦といい、そろそろノギさんに、本気で首を刎ねられそうな気がしてきた。


「………………焔獄」


 うん、やっと恭平さんの焔獄が発動した!

 もうこれ、剣士(アタッカー)が相手だと絶対に落とされてる。

 銃士(ガンナー)が相手でも蜂の巣間違いなし。

 そのくらい詠唱に時間が掛かった焔獄も、わたしの常時発動(パッシブ)スキル 【愚者の籠】 に阻まれて一瞬で消失。

 わたしに触れるか触れないかの距離で、まるで煙のように焔が消失する。

 そして焔獄の発動に恭平さんが消費したMPの三分の二を、わたしに還元してくれる。

 ここで恭平さんがMPポーションを二本、砕く。

 もう回復?

 それともゲージをフルにしなければ使えないような大技を用意してるってこと?

 いずれにしても、通常の攻撃魔法じゃわたしは倒せないんだけどね。

 もちろんわたしも通常の攻撃魔法じゃ恭平さんを倒せない。


「今の……?」


 同じ防御用の常時発動(パッシブ)スキルとはいえ 【震える鏡】 と違い、【愚者の籠】 は発動時に魔法陣が現われないから、知らないプレイヤーには魔法かどうかわかりにくい。

 今の現象を見て不思議そうな顔をしているから、きっと恭平さんは 【愚者の籠】 を知らないんだと思う。

 でも教えてあげない。

 これでお互いの手の内はわかったようなものだから、恭平さんも本気を出して攻めてくると思う。

 だからわたしも本気で終わらさせてもらうわ。


「起動…………」


 うん、やっぱり長い。

 わたしの感覚だけど、同じ魔法でもカニやんのほうがずっと速いような気がする。

 しかも展開される魔法陣にも見覚えがある。

 モルゲンステイン。

 でもね、わたしに通常の攻撃魔法は通じない。

 たぶん 【愚者の籠】 や 【震える鏡】 を無効にする攻撃魔法は 【灰燼(かいじん)】 だけだと思う。

 あの唯一無二の最凶魔法。

 でもここで 【灰燼】 は使えない。

 だって、ただでさえ……理由はわからないんだけど、クロウが凄く怒ってる。

 ここで 【灰燼】 を発動させたりなんかしたら、それこそもう口もきいてくれなくなるかもしれないじゃない。


 絶対に嫌!


 というわけで、クロウのご機嫌を取るために 【灰燼】 の使用は回避します。

 ええ、ええ、わたしはクロウのご機嫌取りをする小心者です。

 ほっといてよ。

 それに、いくら火力頼みのわたしでも、対魔法使い戦の攻略くらいちゃんと考えています。

 もちろん常時発動(パッシブ)スキル 【震える鏡】 の対策だってね。

 わたしの 【愚者の籠】 は恭平さんの放つモルゲンステインを霧散させ、恭平さんが(スキル)の発動に消費したMPの三分の二をわたしのMPに還元してくれる。

 それでもMPゲージがフルに戻ることはないけれど、まだまだ大技の幾つかを使う余裕は十分にある。

 というわけで正攻法でいきましょう。


「起動……クロノスハンマー」


 恭平さんを囲うように、上方から振り下ろされる何本もの巨大なハンマー。

 そんな視覚効果(エフェクト)に押しつぶされるように、上方から掛かる圧力で身動きがとれなくなった恭平さんはHPを流出させる。

 (スキル)が発動した直後、ほんの一瞬だけ 【震える鏡】 が反応したから恭平さんは防げると思ったはず。

 でも無駄。

 【幻獣】 の多くには、ノックバックしないとか被毒や神経系魔法が無効っていう特徴があるんだけれど、逆にプレイヤーが使用するこの手の防御魔法は、被毒や神経系魔法を防ぐことが出来ないっていう欠点があるの。

 クロノスハンマーが発動した直後、ドンッという衝撃音とともに掛かる最初の一番強い圧力を、辛うじて立って堪えた恭平さんの全身からHPが大量に流出する。

 剣士(アタッカー)と違って魔法使いはVITを持たないため、攻撃魔法に分類されないこのクロノスハンマーでさえダメージを受けるのはもう仕方がない。

 これも一種の職業病?

 でも第二回イベントでクロウやノギさん、ノーキーさんにもお見舞いしてあげたけれど、やっぱりあの三人のVITはおかしいわよね?

 だって本当にサラッとしか流出しなかったのよ。

 そりゃ今の恭平さんの流出量は異常だけれど、これは、さっきも言ったように魔法使いはVITを持たないから。

 しかもクロノスハンマーの影響下にある限り、身動きがとれず、最初の衝撃ほどではないけれど、受け続ける継続ダメージにHPの流出が止まらない。

 ただね、魔法使いの難点は口が達者ってこと。

 四肢を失っても、つまり身動きがとれなくなってもしゃべれる限り詠唱が出来るのよ。

 頭の回転が速い恭平さんは、クロノスハンマーと自身の状態を見てとっさに判断出来たんだと思う。


「スパーク」


 来ると思った。

 なんとなく、なんとなくね、予感はあったの。

 この状況下で、どれほど短くても詠唱に時間の掛かる(スキル)は使っていられない。

 すでに恭平さんはかなりのHPを失っているから。

 でも普通の攻撃魔法が効かないことはすでに承知のことだから、クロノスハンマーと同じ系統の(スキル)……つまりグラヴィティやスパークあたりで反撃してくると思ったの。

 実際にスパークは 【愚者の籠】 では防げないんだけれど、それは(スキル)が発動していればの話。

 クロノスハンマーで恭平さんの動きを止めてすぐ、わたしは杖を大鎌に変えた。

 そして恭平さんが反撃を閃くとほぼ同時に、その首に大鎌の刃を振るう。

 STRがないのは同じ。

 恭平さんには武器の代りに使える杖もあるんだけれど、それでわたしの一撃を止めることが出来るのはクロノスハンマーの影響下にない場合だけ。

 かくしてわたしの大鎌に首を刎ねられた恭平さんは、突如として足下から現われる棺桶に容赦なく押し込められ、闘技場のさらに地下にあるペナルティーエリアへと送られる。

 …………見るのは二度目だけれど、やっぱり怖い。

 正直、勝ててよかったとは思わないの。

 あの棺桶に入らずに済んでよかったって思っちゃうのよね。

 そのぐらい棺桶の出現は唐突で、押し込められ方が無情。

 そして虚無感満載な消え方……あれには絶対に入りたくない。


 怖すぎる!


 恭平さんとの対戦に勝ったわたしは、棺桶も墓場(ペナルティーエリア)もなんとも思わない脳筋どもの歓声に沸き返る地下闘技場へと戻される。

 剣士(アタッカー)同士の対戦みたいな、血湧き肉躍るような躍動感一つない魔法使い同士の対戦でも盛り上がれるのね……なんて思いつつ地下闘技場をあとにしたわたしたちは、先にギルドルームへ。

 ペナルティーエリアに送られた恭平さんを迎えに行ったのはハルさんとJB。

 柴さんとムーさんは、ノギさんに誘われるまま対戦に登録(エントリー)を始めちゃったんだけれど、地下闘技場が初めてのハルさんじゃ、恭平さんと二人、ペナルティーエリアから続く迷路を抜けられない。

 それでJBが一緒に行ってくれたんだけど、闘技場からはハルさんと恭平さんの二人だけで戻ってきた。

 どうやらJBも地下闘技場に残って遊んでいるらしい。

 それとも三人とも気を利かせてくれたのかしら?

 ハルさんは、もちろん恭平さんが心配なのもあるけれど、自分が恭平さんを 【素敵なお茶会】 に誘ったからこんなことになったんじゃないかって責任まで感じていて。

 もっとも恭平さんも、自分の行動に責任を感じてのことだった。


「あの方法を最初に考えついたのは俺なんだ」


 恭平さんが考えついた方法っていうのは、シシリーさんが焔蛇を攻略した方法のこと。

 それを主催者(マスター)のシシリーさんに提案し、メンバーたちを誘って実行した。

 始まりは主催者(マスター)とサブマス主導のギルドイベントみたいな感じのノリだったのに、シシリーさんの成功にみんなが色めき立ち、結果、あんなことに……。

 シシリーさんの独裁状態に一人、二人とメンバーが辞めていき、責任を感じた恭平さんも脱退。

 それでもメンバーの脱退は止められず、結果、恭平さんを含めた六名がギルドを辞め、そのうちの四人がゲームそのものを引退してしまった。


 お、重すぎる……


 小心なわたしには到底耐えられない重量級の責任感。

 絶対に耐えられない。

 思わず溜息が出ちゃ…………う? でもその一件とわたしとの対戦がどう関係あるわけ?

 わたしとの対戦で恭平さんはどんなケジメをつけようとしたわけ?


「あれだけシシリーが固執した灰色の魔女が……灰色の魔女の強さが本物かどうか、見たかったんです」


 自嘲するような笑みを浮かべる恭平さんがいうには、焔蛇のスキルを取得したシシリーは、自分こそが灰色の魔女、つまりわたしを倒せる唯一の魔法使いだって言い出した。

 それが強さ自慢だったのか、ただの傲慢だったのか?

 シシリーさんを知らない私にはわからないし、恭平さんも詳しくは話したがらなかったんだけれど、わたしに対する絶対的な存在になろうとしてとことんメンバーたちの邪魔をし続けた。

 それこそ執拗に。

 自分だけが唯一無二であるために。

 なるほど、話の切り出しに恭平さんがいった 「あれだけシシリーが固執した」 っていうのはそういう意味ね。

 そして恭平さんは、私にそこまで固執されるほどの価値があるかを知りたかったんだ。

 焔蛇のスキルは、ハルさんから 【素敵なお茶会】 に勧誘されたのを切っ掛けに取得を思いついたらしい。

 回復そのものは自分でしなければならないけれど、外部からポストにHPポーション、MPポーションを送ってもらう方法なら無限に回復出来る。

 その外部にいる協力者がハルさんなら、それこそ在庫は売るほど持っているからね。


「もちろん焔蛇で時間ギリギリだから、スザクは顔すら拝めなかったけど」


 やっぱり恭平さんは自嘲するように笑うんだけれど、わたしが対戦中に思ったとおり、頭のいい人。

 しかも方法を思いつくだけでも凄いのに、それを実行して成功させるなんて、ほんと凄い人だと思う。

 まだ富士・火口がエリアダンジョンだった時に、シシリーさんの焔蛇攻略で焔蛇のHPの高さと火力を一度見ているとはいえ、スキルの取得は初見の単独攻略が条件。

 たった一回きりの機会を制限時間内でものに出来るプレイヤーなんてそういないと思う。

 ただ焔蛇を攻略出来るだけの火力はあるけれど、焔蛇のスキルを使うにはMPの消費が負担になるくらい大きく、詠唱に時間が掛かりすぎる。

 これは常時発動(パッシブ)スキルを中心に取得してステータスの改善かな?


「この一週間、本当にすいませんでした」


 謝罪の言葉を口にしながら立ち上がった恭平さんは、わたしに深々と頭を下げる。

 うん、これで恭平さんの気が済んだならいいわよね?

 ということで正式加入が決定したわけだけれど、恭平さんの言う 「ケジメ」 の本当の意味をわたしが知ったのは次の日のこと。


「改めて、よろしくお願いします」


 ログインしたわたしの元にわざわざ挨拶に来た恭平さんは、杖ではなく剣を持っていた。

 えっ?! どうして転職(クラスチェンジ)してるのっ!!


「これが俺なりのケジメです」


 魔法使いにはこれっぽっちも未練はないという恭平さんは、昨日までの陰鬱さが嘘のようにからりと晴れ渡り、爽やかな好青年スマイルを浮かべる。

 あら、格好いいじゃない。

 …………じゃなくて、どうしてよーっ?!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ