74 ギルドマスターはまたまた怒られます
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
なんとなくね、体勢を低く保てば背の高いトール君は上から攻めて来ると思ってた。
だから低く保ったまま一連の動きを止めず、屍鬼の長さを生かして攻めてみようと思ったの。
それは思った通り上手くいった。
あんなに時間が掛かってやっと挑戦出来たクエストはものの数分で終わったんだけれど、しかも勝てて終わったんだけれど、最後に出てきたアレ!
あれ、なにっ?!
突然ズドーンと出てきて、トール君を押し込むように蓋が閉まって、そのままストーンと消えちゃった……消え……あーっ!!
「トール君、どこっ?」
勝者として地下闘技場に生還したわたしは大歓声に迎えられたんだけれど、これがノギさんやノーキーさんなら手を挙げてみんなに応えてあげるんだろうけれど、わたしはそれどころじゃない!
だってトール君が棺桶に入れられて、どこかに連れ去られちゃったの!!
抜き身の屍鬼を鞘に収めるのももどかしく、鞘と刀をまとめて抱えたまま舞台を飛び降りる。
あ、これちょっと痛い!
鞘はともかく、刃が腕や足に刺さって痛いんだけれど、傷が出来るわけでもなければ血も出ないし、HPも減らないんだからかまってられない。
とにかく急いで観覧席のあいだにある通路を駆け上がり、クロウたちのところに向かう。
鞘や抜き身の刃にスカートの裾が絡まったりして色々大変な状態ではあったんだけれど、とにかく急いで大歓声の中を駆け上る。
痛ーい!
「クロウ、トール君はっ?」
「落ち着け」
クロウはね、クロウだからわたしがそんなことも知らないことはわかっていたけれど、ノギさんや不破さんには意外だったみたい。
ちょっと驚いた顔をしている。
カニやんはわたしのあられもない状態に呆れた様子で、奪うように屍鬼の刀身と鞘を回収。
鞘に刀身を収めようとするけれど、長さに特徴のある屍鬼は慣れない人には扱いにくくて上手く収らない。
「なんだ、これ?」
「俺も最初はちょっと苦労したかな」
もう一本ある屍鬼の今の持ち主、不破さんは、カニやんの手から屍鬼を預かると、難なくスマートに鞘に収めてみせる。
そしてニコリと笑い、カニやんに手渡す。
「こつがあるんだ」
「どうも」
屍鬼はヒツギシリーズっていう剣士用一式装備付属の武器で、鎧はムクロとドクロの二種類。
つまりクロウが装備している鎧がムクロ。
もう一つのドクロを装備しているのがノーキーさんで、不破さんが持っている屍鬼の元の持ち主。
それがどういう経緯で譲られたのかはわからないけれど、屍鬼は不破さんへ。
ノーキーさんは大剣を愛用している。
ヒツギシリーズはわたしのチャイナと同じく開発協力へのお礼アイテムだったから今は一般販売されておらず、屍鬼はこの二本しかない。
つまり結構貴重な装備なのよね…………いやいやいやいや、そんなことはどうでもいい!
今はトール君!
ちょっとクロウ、トール君はどこ?
どうなっちゃったのっ?!
「大丈夫だ、とりあえず落ち着け」
「心配ないよ、グレイさん。
トール君なら、柴やんとムーさんが迎えに行ってる」
カニやんは鞘に収めた屍鬼をクロウに手渡しながら、なんだか脱力した感じ。
わたしの取り乱しように呆れてるみたいだけれど、だって心配じゃない。
まさかフェイトの敗者があんな扱いを受けるだなんて、思ってもみなかったわよ。
「あれな、俺も最初は泣きそうになったわ」
「またカニやんってば、嘘ばっかり」
「このクソ魔法使いが」
不破さんはともかく、何かしら、このノギさんの誹りは?
ひょっとしてカニやんもノギさんになにかやったの?
「ノギさんと引き分けて、二人仲良く棺桶に入ったんですよ」
不破さんは、それはそれは楽しそうに昔語りをしてくれたんだけれど……確かにそれはノギさんにはさぞかし不愉快だったでしょうね。
でもカニやんにも言い分がある。
「魔型を舐めたあんたが悪い。
棺桶が閉まるまで詠唱し続けるに決まってるだろう」
…………それは、さぞかし修羅場だったでしょうね。
わたしには想像もつかないんだけれど、きっと想像もつかないくらい修羅場だったに違いない。
だってカニやんも結構な重火力だもの。
それが落ちる寸前まで詠唱を続けたら、それなりにノギさんも溶けるわよね。
しかも舐めてたって、嬲り殺しにでもしようとしたわけ?
悪趣味……
しかも二人とも落ちてペナルティーゾーン、通称墓場で並んで復活とか、どんな悪夢よ?
この地下闘技場のさらに地下にペナルティーゾーンはあって、対戦で負けた敗者は棺桶に入れられてペナルティーゾーンへと転送される。
わたしもペナルティゾーンのことは知っていたけれど、まさかあんな形で送られるとは思っていなかったし、それがどんなところなのかは知らない。
柴さん、ムーさんの案内で戻ってきたトール君の話によれば、暗く結構広い部屋に沢山の棺桶が並んでいて、気がついたらそのうちの一つに入っていたんだって。
しかも蓋が閉まったままだから真っ暗。
敗者がその都度どの棺桶に入るかはわからないから、迎えに行った柴さんとムーさんは片っ端から棺桶を開けてトール君を探し回ったらしい。
なんだかそれって墓荒らしっぽくない?
しかもペナルティーゾーンからここに戻るまでの通路はかなり入り組んでいて、初めてのプレイヤーはいつも迷子になるらしい。
たぶんそれ、わざと迷路にしてあるんだと思う。
つまりそれも一つのペナルティー。
今回はカニやんの指示で二人が迎えに行ってトール君は真っ直ぐ戻ってこられたけれど、それをノギさんは過保護って笑う。
不破さんまでが
「【特許庁】 もそこまでのお世話はしませんよ。
蝶々夫人に言われれば別ですけど」
ほんと、【特許庁】 ってよくわからないギルド。
いやこの場合、【特許庁】 じゃなくて蝶々夫人と不破さんの関係ね。
ま、よそのギルドのことに首を突っ込んでも仕方ないけど。
「大丈夫だった? トール君」
「完敗ですね、俺」
戻ってきたトール君は、少し恥ずかしそうな顔をしてわたしを見る。
どうやら戻る途中で柴さんやムーさんと何か話したらしい。
たぶん対戦内容について。
「完敗どころか同じ土俵にすら立てていない。
あんな単純な策にまんまとはまってやられるとは」
厳しいことをいうノギさんには、トール君をのぞいたみんなが困り顔。
「同じギルドってだけでお情けで対戦させてもらえたってのに。
もう少し骨のあるところが見られるかと思ったが、あの程度、地下闘技場じゃただのカモだ」
「わかってます。
でも、すぐに追い抜きますから」
「誰を?
俺か?
それとも魔女を?」
またノギさんってば不穏なことを言う。
ノギさんがトール君に粉掛けるのはもう仕方ないけれど、わたしまで巻き込まないでよ。
しかもトール君ってば……
「どっちも追い抜きます」
……ずいぶんな大見栄張っちゃって……知らないからね、どうなっても。
でもそこはノギさん。
余裕で取り合わない。
「今のお前じゃ百年経っても無理だな。
さて柴、ムー、とっととやろうぜ。
不破も来るだろう?」
「ご相伴にあずからせていただきます」
なんだかんだいっても不破さんもここの常連みたいだしね。
あっさりノギさんの勧誘を受ける。
むしろ対戦したくてウズウズしているようにも見える。
「クロウはどうする?」
「今回は遠慮する。
二人とも、グレイが迷惑を掛けたな。
この借りはいずれ」
自分で返します!
クロウってば格好つけちゃって、勝手なことを言わないで。
始まるランカー同士の対戦に再び場内が盛り上がる中、わたしたち四人は地上に戻ったんだけれど、もちろんわたしにはクロウの拳骨が待ち受けていた。
いったぁ~~~~い!!!!!
いつにない痛さに、本気で頭を抱えてうずくまっちゃった。
もう痛くて痛くて涙が出そうなほど痛くて……本当に涙が出てきた。
トール君は、そもそもの切っ掛けがトール君のクエスト相談から始まっているだけあってもうオロオロ。
誰になにを話せばいいのか、自分はどうすればいいのか、わからなくて今にも泣きそうな顔をして狼狽えるばかり。
カニやんは痛ましそうな顔をしてうずくまるわたしを見る。
「……マジ痛そうだな。
でも今回はグレイさんが悪い。
ダメ元でもちゃんと相談すりゃいいじゃないか。
そんなに話のわからない人じゃないだろう、クロウさんは」
それこそクロウがトール君を連れて行ってあげただろうってカニやんは言うんだけれど、それじゃわたしだけクリア出来ないじゃない。
なんだかんだいってカニやんもクリアしてるくせに。
「ああ、クエストね。
俺は不可抗力だよ」
それこそしたくてクリアしたわけじゃないとか言うけれど、それでもクリアしてるんだから。
わたしだって全部クリアしたいわよ。
「またそんな我が儘言って。
少しはクロウさんの身にもなれば?
表情変えない人だけど、無茶苦茶心配したと思うよ。
俺でさえ心配したくらいなのに……泣いたってダメだよ」
わたしだって好きで泣いてるわけじゃないわよ。
これは痛すぎて勝手に涙が出てくるの。
不可抗力なの。
一度カニやんもクロウに拳骨を落としてもらったらわかるわよ。
どんだけ痛いと思ってるのっ?
「それはお断り」
しかもクロウの拳骨って、本当にHPが減るんだから。
今回なんて、いつもは1しか減らないところが5も減るくらい痛いって、どんだけ痛いかわかるっ?
「いや、まぁそんだけクロウさんが怒ってたっていうか、心配したんだろうけど……HPが減る?」
途中まで呆れ顔だったカニやんは、不意に何かに気づいたように 「へ?」 っという顔をする。
HPが減るの、そう言ったじゃない。
そのくらい痛いのよ、クロウの拳骨は。
「いや、そうじゃなくてここ一般エリア、通常エリア」
言い方を変えて何度も同じことを繰り返さないで。
わかってるわよ、そんなこと。
でも本当に減るんだから。
信じていないカニやんに、わたしは任意でHPゲージを表示してみせる。
元々ナゴヤドーム内は安全地帯で、内部にいればごくごく緩やかにHPとMPは回復する。
わたしの場合は回復用の常時発動スキルがあるからもっと速くなるけれど、それでもまだ2ほど回復していない。
数値を表示しないゲージは本当に微々たるものだけれど、かすかな隙間がフルチャージ出来ていないことを示している。
それをマジマジと見ていたカニやんは 「は?」 と声を上げる。
そのあいだにも1回復し、隙間は本当に微々たるものに。
隙間があるとわかって見なければわからないほど狭くなる。
「これ、なに?」
「だからクロウの拳骨のダメージ」
「いや、そうじゃなくて!
これ、ダメなやつだろ?」
ダメって何よ?
だからダメージって言ってるでしょ。
これ、勝手に減るんだから。
「いや、だからこれ、バグだろ?
運営に通報した?」
「え? なんで通報……?」
呆気にとられるわたしに、カニやんは少しもどかしそうに畳みかけてくる。
「くだらない要望はすぐ運営に送るくせに、どうしてこれを通報してないわけ?
どうみたって報告事案の不具合でしょっ?
ちょっとクロウさん、あんたの嫁、どうなってんの!」
「すまない、それは俺も知らなかった」
え? ……え? っと……これ、通報事案なの?
カニやんがなにを焦っているのかちょっとよくわからなくてクロウを見たら、また大きく溜息を吐かれちゃって、しかもわたしの顔の前にウィンドウを開くって……またこのよくわからないプレイ?
と、とりあえず、クロウが通報してくれた……のよね?