66 ギルドマスターは腹黒さにおののきます
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アットホームなファミリーイベント第三回公式イベントが開始されて早々、わたしは金魚を掬いながら恐ろしいことを思い出した……というか、気づいてしまった。
うん、もちろん金魚を掬う手は止められない。
だってマメには負けられないもの。
マメにだけは……マメだけ? …………あぁ~! ここに来てもう一つ、重大なことに気づいた!!
敵はマメだけに非ず
マメの印象というか、衝撃が強すぎてうっかりしていたけれど、よくよく考えてみたらご褒美がなんにせよ一位になった人がもらえるわけで、わたしはマメ以外の人が一位になってもご褒美を上げなければいけない。
もちろんそういう約束だからかまわないんだけれど……なにをあげればいいわけ?
結局それが問題。
大問題!!
もちろんクロウもその一人なんだけれど……クロウに訊いてみようかな? と思って勇気を出してクロウを見たら、クロウもわたしを見ていた。
「?」
「金魚についばまれているぞ、お前」
「あーっ!」
忘れてた!!
考えながらもちゃんと金魚やシャチを掬っていたんだけれど、やっぱりうっかりしていて背中に集られてた……それも凄い数に。
しかもナゴヤジョーに潜っている時と同じく、金魚一匹一匹はチビチビとついばむんだけれど、集っている数が数だから気がついた時にはHPをごっそり持って行かれているといういつもの物量作戦。
しかも数が多いと気持ち悪い!
いつもなら金魚なんて業火の一撃で瞬殺するんだけれど、今日は我慢我慢。
ガッツりHPを持って行かれたけれど、その分ガッツりポイントになってもらった。
54P
…………54匹もの金魚に集られるって、わたしってばどんだけぼんやりしていたのよ?
その54匹にどんだけHPを持って行かれたかは内緒。
インベントリからHPポーションを取り出して回復をする。
なんだか考えなきゃならないことが増えてきてわたしの頭は一杯一杯なんだけれど、とりあえず最優先の確認事項が出来た。
「キンキー、ラウラ、無事?」
『無事ー!』
『どうしたの、グレイさん?』
双子らしく声を揃えて返事をしてくれたキンキーとラウラの声に、ハルさんの声が続く。
この金魚たちがナゴヤジョーと全く一緒であること。
この分ではシャチも危険であることを話すと、ハルさんは笑い声を上げる。
『うん、最初は結構削られてたよ。
今は、二人で背中をかばい合って上手くやってる。
シャチはジャック君が奮闘してくれてる』
「ハルさん、三人と一緒なの?」
『ええ、三人が誘ってくれたんで俺も一緒に楽しもうと思って。
あ、キンキーの足下』
ハルさんの声掛けにキンキーが悲鳴を上げ、すぐにラウラの叱責が飛ぶ。
さっさと掬いなさいとか遅いとか。
ジャック君も回復回復って…………なんだか楽しそうにしている。
いつも年少組と行動を共にしてくれているゆりりんが、今日は夕方からしかログイン出来ないのはあらかじめ聞いていたんだけれど、運営の公式告示を見た感じでは、それこそアットホームなファミリーイベントだったから大丈夫だと思ったのに……まんまとやられたって感じ。
でもハルさんが一緒なら大丈夫かな?
春雪さんは火力のない生産職だけれど、レベルが32っていう結構なごつさ。
基本パラメーターは三人より十分高いし、たぶんシャチの交わし方は天下一品のはず。
だって、生産職でもレベルを上げようと思ったらどこかのダンジョンに潜らなければならないけれど、火力はない。
一緒に回ってくれる戦闘職も護衛専門じゃないから、基本的に自分の身は自分で守らなければならない。
だから回避能力だけは高くなるのよ。
しかも回避能力だけでレベル32まで上げるって、相当な強者だと思う。
わたしなら、火力がないってわかっていても絶対に手を出しちゃうもの。
そしてクロウに怒られる。
…………ま、まぁいつものことよ。
うん、いつもどおり。
なんで冷や汗が出るのかしら?
『夕方からゆりこさんもログインするってきいてますけど、このまま一緒に楽しもうかな』
「ハルさんさえよければお願いするわ。
でも、いいの?」
『なにがですか?』
「このイベント、HPやMPを使うじゃない」
私がなにを言わんとしているのかを先に察したハルさんは、『大丈夫ですよ』 と笑う。
『そうじゃないかと思って、すでにバザーは準備済みです。
さっきから結構完売の通知が来てるんで、もうちょっとしたら補充に行こうかな』
うん、立派な商人ね。
無人バザーはナゴヤドーム内に幾つか場所があるんだけれど、人通りの多い場所、便利な場所、つまり人気のあるところは場所代が高く使用出来る時間も短い。
でも使用出来る場所数に制限はないし、使用時間内なら何度でも商品の追加は可能。
わたしの周りを見ても、結構レベルの低いプレイヤーがうっかりシャチにシャコーンとやられちゃってるから、HPポーションは人気があるかもしれない。
「三人に使ったポーション代は、イベントが終わってからわたしに請求してくれる?」
『え? いいですよ、それぐらい。
一緒に遊んでるんで』
ハルさんは、三人とパーティーを組んでいるような感覚で楽しんでいるのかもしれない。
だったらいいかな? ……とも思ったんだけれど、もちろん甘えっぱなしってわけにもいかない。
「でも 【復活の灰】 を使った時だけは請求して」
同じ消耗品とはいえ 【復活の灰】 だけは高級過ぎるから。
調合だって、必要な素材の数や工程が全然違いすぎて、さすがにただで提供してもらうわけにはいかないでしょ。
エピソードクエストを進める合間にダンジョンに潜ってレベルを上げている三人だけれど、まだシャチ銅だからそれほど稼げるわけじゃない。
レベル制限のある銀や金に比べたらドロップが全然違うからね。
それで必要な装備を調えたり消耗品であるポーションを購入するわけだから、三人の懐に余裕があるとは思えない。
うちのギルド、そのへんは甘やかさないのよ。
特に聖女様の教育方針が厳しいんだけど、お任せしちゃっている以上、主催者でも下手なことが言えなくて。
でもイベントの時くらいは楽しまなきゃね。
三人は初参加でもあるわけだし。
そう思ってフォローしようとしたんだけれど……
『だからいいですって。
そもそも俺、調合士なんですから。
死なせませんよ、任せて下さい』
そうきたか。
なかなか力強い言葉をいただいちゃったわ。
ここは信じて任せるべきよね。
わたしとハルさんが話しているあいだも、双子やジャック君の賑やかな声が聞こえてくる。
じゃ、お願いするわ。
死亡制裁や死亡回数がどういう扱いになるのかはわからないんだけれど、イベント中の死亡がなければ関係ないしね。
もちろんレベル20を越えているメンバーについては自己責任で。
やっぱりメンバーが増えると、考えなければならないことが増えて忙しくなるわね。
どこのギルドも主催者は大変……って思ったんだけど、そうでもない人もいたわ。
久々にまずい人と遭遇しちゃった。
「うぉりゃー!!」
気合い十分な奇声を発しながら走ってきたのはノーキーさん。
嫌なところで遭遇しちゃったと思って身構えたんだけど、目の色を変えたノーキーさんが見ていたのは金魚だけっていうね。
物凄い勢いで走りながらポイを振り回し、やたら滅多に金魚を掬っていく。
もちろん金魚の中にシャチが混じっていたら、ノーキーさんでもポイが破れちゃうんだけどそんなことはお構いなし。
目の色を変えてポイを振り回し、片っ端から金魚を掬っていく。
なに、あれ?
でも全くわたしに気づいていなかったわけじゃなくて、危うく無造作に振り回されるノーキーさんのポイに頭を狩られそうになったわたしはクロウに助けられたんだけれど……
「よーグレイ!
今日も美人じゃ~ん。
あとで触らせろや」
ちゃっかりそんな言葉を残して去っていった。
もちろん死んでも嫌……っていうか、殺す。
いつでもどこでもノーキーさんはノーキーさんなんだけど、もちろんそれはいいんだけれどいちいちわたしにかまわないで。
それこそ死にもの狂いになるほど忙しいんでしょ。
どんだけ今回のイベントにのめり込んでるの? ……と思ったら、しばらくして偶然に会った不破さんがその理由を教えてくれた。
「やぁグレイさん、クロウさん」
ノーキーさんの狂気とは、裏腹なくらい穏やかでいつもと変わらない不破さん。
でもあのカニやんの話を聞いて以来、わたしは不破さんをホストとしか思えなくなってしまった。
装備しているのはいつもの露出の高い鎧なんだけれど、もう不破さんを剣士じゃなくて、どうしてもホストとしか思えないのよ!
どうしてくれるの、カニやん!!
『知るか』
さっくり言ってくれるわね。
しかも言い出しっぺは自分のくせに……
『大丈夫。
俺ももう、不破さんのことは剣士じゃなくてホストだと思ってるから』
だって。
ほんと、自分で言い出しておいてなに言ってるんだか。
相手は三つ巴剣士の次くらいに高火力の剣士なのに、よりによってホストとしか思えないって……次のイベントあたりで不破さんに落としてもらいなさい。
しかも不破さんって話し方が凄く穏やかだから、余計に接客業っぽいのよね。
「ああ、うちのクズマス……じゃなくてノーキー……じゃなくて主催者?」
こういうところはクロエみたいな……いや、クロエのような幼稚さはないんだけれど、でもクロエ並みの腹黒さを感じる。
もちろんクロエもただ子どもっぽいってだけじゃなくて、あれ、たぶんわざとよね。
ま、今はクロエのことは置いといて、不破さんの話を聞かなきゃね。
「死にもの狂いだっただろ、奴」
ほんと、目の色変えて掬ってたんだけど。
でもこの言い方だと不破さんは理由を知ってるっていうか、下手をしたら理由を作った張本人?
そんなことを思ってしまうくらい不破さんの言葉は確信的。
案の定、本物のホスト並みに綺麗な顔に不敵な笑みを浮かべて説明してくれたのは……
「たいしたことじゃないんだよ。
今度のイベントで、個人ランキングの一番順位の高いメンバーが主催者になるって企画を立てたんだ。
もちろん蝶々夫人の許可は下りてるよ」
なんかこの人、【特許庁】 の主催者交代をイベントにかこつけて企画して、しかもサラリとそんな重大なことを話しちゃってるんですけどっ?
それこそ生きてるから空気を吸いますっていうくらい、当たり前のことのように。
それって大丈夫なの?
だって 【特許庁】 って三大ギルドよ?
その主催者が、引退するわけでもないのに交代するの?
蝶々夫人も、どうしてそんなことに許可出してるの?
出しちゃっていいのっ?
そもそも今の主催者はノーキーさんなんだから、そんな企画潰しちゃえばいいじゃない。
なに馬鹿真面目に受けて立ってるわけ?
「メンバーが盛り上がっちゃったら引けないでしょ、あの人の性格上」
それをわかっていてメンバーの前でいきなり発表しちゃうとか、どんだけ腹黒いのよ、この人は。
もちろんその前に蝶々夫人にだけは話してお伺いを立てたらしいんだけれど、どうして肝心の主催者がそれを知らなかったのよ。
絶対におかしいでしょ?
しかもそれで盛り上がる 【特許庁】 って、もうメンタル最強とかってレベルじゃなかったわ。
周囲の盛り上がりに負けちゃうノーキーさんもノーキーさんよ。
見栄の張りすぎ。
どうせ見栄を張るなら、そこで主催者権限でも振りかざせばいいのにまんまと乗せられちゃって。
馬鹿じゃない?
うん、馬鹿よね。
で、主催者を下りたくなくて死にもの狂いになっているとか、本物の馬鹿なんだけど。
しかもこの話には続きがあったの。
「もちろん一週間って期限付きなんだけど、これ、オフレコなんだよ。
箝口令を敷いてあるから、くれぐれもグレイさんも奴には内緒でよろしく」
だって……。
どんだけ腹黒いのよ、この人はっ?!