64 ギルドマスターはおねだりされます
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
どう読んでも金魚すくいなのよ。
仕事中、スマホに運営から通知が来ていたから帰宅後、ログイン前に公式サイトを確認したんだけれど、それこそ告知にはもっと色んなことが書いてあったんだけれど、要約すると結局金魚すくい。
少なくともわたしにはそうとしか読めなかったのよね。
通常のエピソードクエストとは違い、エクストラクエスト扱いになるのは第一回、第二回イベントと同じ。
今回はイベント用特設エリアは設けられず、通常エリアで実施。
例のNPC長官の号令は 【ナゴヤジョーに異常発生! スタンピードに備えよ】 だって。
要するにナゴヤジョーから金魚たちが溢れてくるってことらしい。
それを全プレイヤーに配布されるポイで掬えって……このポイはいわゆる擬音のポイではなくて、たぶんあのポイ。
金魚を掬うあれ
ほら、やっぱり金魚すくいじゃない。
詳細の発表は当日ってことかしら?
それ以上ゲームに関するルールらしきものは書かれていないんだけど、多くのプレイヤーが希望し、予測したとおりギルドイベントってことで捕獲数の多いギルドにギルドボーナスが付くらしい。
個人報酬もあるみたいだけれど、そっちはポーションメインで、高価なところでは 【復活の灰】 くらいかな?
ざっとみたところ消耗アイテムばかり。
個人報酬には正直、魅力を感じないかな?
でもギルドイベントというわりに全プレイヤーにポイを配布するって、なんだか奇妙な感じがする。
ポイはイベント開始と同時に各プレイヤーのポストに届き、使っても使わなくてもイベント終了と同時に強制回収される。
ポイについてのステータス表示はないから、おそらく装備としての火力はなく、今回のイベントでのみ使用可能なアイテムって扱いになっているんだと思う。
つまりイベントが終わればただのゴミよ、ゴミ。
参加は自由で、特に登録の必要もなし。
ギルドランキング戦についても、ギルドメンバーが一人でも金魚を捕獲すれば自動的に参加とみなされる。
参加人数にも制限はなく、当然レベル制限も無し。
ギルドに所属しないソリストに関しても金魚を捕獲した時点でイベントに参加したとみなされるけれど、ギルドランキングには参加出来ない。
当然ギルドボーナスに相当する報酬もなくて、個人ランキングの報酬のみ。
『拍子抜けだよな』
インカムから聞こえてくるカニやんの声に、わたしも思わず溜息を吐く。
あれだけ嫌な空気が流れてゲーム中がギスギスしていたっていうのに、蓋を開けてみればアットホームなファミリーイベントって……なによ、これ?
ほんと、拍子抜けもいいところ。
『アットホームなファミリーイベント、それいいね、的確な表現』
『運営もガス抜きしたかったんじゃない?
空気悪かったし』
『かもな』
『あの……訊いてもいいですか?』
運営としてもある程度の緊張感は歓迎だけれど、プレイヤー同士がギスギスし過ぎてイベントが盛り上がらなければ意味がない。
ゲーム内の空気に運営が干渉するとしたら、イベントの内容ってことよね。
で、見事に告知とともにガスが抜けたっていうかなんていうか……。
クロエ、カニやんが好き勝手を言い合う合間を縫ってトール君が、いつものように申し訳なさそうに割り込んでくる。
だからわたしもここ最近の定番で答えておく。
うぅぅ……小心者……
「わかることなら」
『ナゴヤジョーって、金銀銅のどれでしょうか?』
『さあ、どれだろ?』
『書いてないからねー』
そうなの、書いてないの。
レベル制限無しってことで、やっとうちの年少組も一緒に楽しめるイベントが来たと思ったんだけど……このイベントだとゆりりんや生産職の二人も参加出来そうな気がしたんだけど、わたしもそこが気がかりなところ。
銅シャチや銀シャチならともかく、金シャチはちょっとね。
レベル30以上からしか潜れない制限が課されているダンジョンだけあって、ちょっと火力が必要なの。
そのシャチ金からも出てくるとなると、さすがに火力の低いプレイヤーには危険があるかもしれない。
でも出現エリアが……というか通常エリアでイベントを行うってことは、イベントが開催される三日のあいだは、ログインすれば嫌でもそこら中に金魚やシャチが溢れてるの?
このディストピア感満載の世界を泳ぐ金魚って……ファンタジー要素?
それともファンシー要素?
相変わらず中途半端っていうか、狙い所が微妙にずれている運営が、アットホームなファミリーイベントを企画してくれたのはいいけれど、ナゴヤジョー金と銅じゃ火力が大違い。
やっぱり焦点がずれてるっていうか、狙い所が微妙というか、ね。
『でも参加はするんでしょ?』
「せっかくのイベントだし、出来たら年少組とも遊びたい」
『マメ、参加しまーす!』
『お前はとっくに年少組じゃねーだろうが!』
カニやん、素晴らしい速さで突っ込みをありがとう。
マメってば、後ろのほうで柴さんやムーさんにも突っ込まれてるし。
未だに無職のマメは……なんだかマメだと凄くしっくりする表現ね、この無職って。
ステータスの振り直しを決めてずいぶんとたっているにもかかわらず、未だに実行はしてない。
でも年少組やトール君に付き合ってナゴヤジョーに潜っているうちに、レベルは23まで上がっている。
ほんと、気がつけば、いつの間にかって感じ。
そろそろステータスの振り直しをしたらって思うんだけれど、マメだからね、マメなのよ。
マイペースっていうか、マメペースっていうか。
だから急かしたって無駄だと思う。
彼女がその気になるまで待つしかない。
もちろん急かす必要もないし、彼女が楽しく遊んでいてくれればそれが一番だしね。
今回のイベントは、今わかっている範囲だけならばレベル制限無しの誰でも参加出来るファミリータイプ。
今のマメの状態での参加でもなんら問題はない。
ジャック君やキンキー、ラウラも参加出来るわね。
ゆりりんや生産職の二人も。
イベント期間は三日間だけれど、皆勤は参加条件にも入っていない。
つまりイベント期間中もログイン、ログアウトは自由。
連休中だから、結構な参加人数が見込めそうね。
ゲーム全体もだけれど、うちのギルドも。
『じゃあ今回は、事前に参加の確認は無しってことで』
「必要ないでしょ」
『ギルドランキングはあるみたいだけれど、そっちはどうするの?
僕的には、10位以内くらいには入りたいな』
カニやんはイベント前の面倒ごとが減ってやれやれって感じなんだけど、クロエはクロエねぇ。
なんだかんだいって勝ちにこだわるところがあって、勝ち気な性格のベリンダがこれに賛成。
そうねぇ、どうせ参加するなら狙ってみようかな。
【鷹の目】 が参加するかどうかはわからないけれど、【特許庁】 は乗ってくると思う。
あそこは自分たちが目立つのはもちろんだけれど、ギルドが目立つのも大好きだもの。
うちがランキング上位を目指せば……うん、うちとは関係なく勝手に盛り上がりそうよね、あそこは。
じゃあうちも目指しましょ、ギルドランキング戦上位10位以内。
で、ギルドボーナスをもらいましょう。
もらえるギルドボーナスはステータス五種類とHP、MPを合わせた七種類から、1位は二つを、2位は七種類から一つを、3位は2位が選んだの以外から一つを。
つまり3位以降はどんどん選べる種類が減っていって、8位は、いわゆる残り物。
そして入賞しても9位10位はなにもなし。
うん、変更します!
「8位以内を目指します!」
『言うと思った』
『だよねー、入賞してもなにももらえないとかありえないよ』
カニやん、クロエはもちろん、他のメンバーからも異存はなかった。
それどころかマメってば……
『マメ、ご褒美が欲しいでーす!』
『褒美?
なにを?』
マメがいうには個人ランキング戦で、ギルド内で一番順位のよかった人になにか景品が欲しいってことみたい。
この場合、景品を提供するのはもちろんわたしよね?
主催者だし。
うん、いいわよ、無茶苦茶なものでなければ。
とっても貴重な 【スザクの羽根】 なんかも持っているけれど、これは内緒。
クロエが目の色変えて狙ってきそうだから。
『カニには頼んでなーい』
『当たり前だ。
頼まれたってお前に物なんかやらん』
『マメは物じゃないものがいいでーす』
まぁ廃課金のマメが課金アイテムを欲しがることはないし、それ以外のアイテムにしたって彼女は廃人だから採取の時間はたっぷりある。
ん? じゃあなにが欲しいのかしら?
『マーメは、グレイさんのキスが欲しいです!』
…………はぁ? わたしのキ……キス?
は? わたしのキス?
なんでそんなものが欲しいの?
よくわからなくて戸惑っていたら、マメが凄く残念そうな声を出してきた。
『ダメですかぁ~?』
…………う、うん……ま、まぁマメは女の子だし、ほっぺにチュってするぐらいよね?
それぐらいなら出来るかな、わたしでも。
そうね、ほっぺにチュってするぐらいなら大丈夫!
………………たぶん
相手は女の子だし、ほっぺにチュってするぐらいなんでもないじゃない。
ふざけて小さな子どもにするあの感じでしょ?
うん、うん、全然平気。
あんな感じでいいのなら、一回どころか二回でも三回でもしてあげるわよ。
『こいつ、なに考えてるのかさっぱりわからん』
『カニになんぞわかられてたまるか』
『はいはい。
どうでもいいけど、グレイさん、困ってるぞ』
『グレイさんには難易度高いよね。
マメさん、わかってて言ってるよね?』
はいはーい、カニやんもクロエも、心配ご無用よ。
今のわたしは、たぶんすんごく赤い顔をしてると思うんだけれど、それが見えるのは隣にいるクロウだけだから平気。
今更こんな顔をクロウに見られるくらいなんてことは……ある。
すんごくある。
隣にクロウがいることを思い出したら、急に恥ずかしさが増してきて耳まで熱くなってきた。
ちょっと、これ、ヤバい。
早く話を終わらせないと、きっとまずい。
他のメンバーに気取られる前にと思って、強気に頑張ってみた。
「大丈夫!」
『なにが?』
即座に返ってくるカニやんの冷ややかな声。
「なにって、ほっぺにチュってするぐらいでしょ?
出来るわよ、それぐらい」
うわずりそうになる声を、それでも頑張って平静を装ってみたんだけれど、なぜかクロエには大爆笑され、カニやんには大きな溜息を吐かれた。
『……あのさ、ご褒美をそれにすると、マメだけじゃないんだけど?』
うん、どういう意味?
予想外の展開にわたしは首を傾げる。
『だからさ、ギルド内で一番順位の高かった人にご褒美ってことだろ?
マメじゃなくて……ムーさんや柴やんでも大丈夫なわけ?』
そ……それは考えてなかった。
言い出しっぺがマメだから、ついついマメでしか想像してなかったけど……確かにそうよね。
うん、メンバーは公平よね。
こ、こうへ…………男の人は無理!
ほっぺにチュッでも無理!!
無理ゲー!!!!
想定外の現実に、頭を斜め上から射貫かれたわたしの思考はパンク寸前。
悲鳴を上げて頭を抱えそうになるのを、両手で杖を握りしめて堪える。
それなのにインカムの向こう側で、柴さんやムーさんがはしゃぎだした。
『いいね、美人にほっぺにチュッか』
『マメ、ナイスアイディーア!
褒めてつかわすぞ』
『鼻の下伸ばしてんじゃねー、クソ親父どもー』
『おいマメ、自分で提案しておいてそれはないだろう?』
『うるさいカニー!
グレイさんのキスはマメがもらいまぁ~す。
廃人マメを舐めんなよ』
『舐めてねーよ、このアホが』
それこそわたしが三歳とか四歳の幼児にでもならなきゃ出来ない無理ゲーに、三人がインカムで大はしゃぎをしている。
カニやんは……諫めてるのかなんだかよくわからないんだけど、クロエは、たぶんお腹を抱えるぐらいの勢いで笑ってるんだと思う。
三人……ううん、カニやんを混ぜた四人のやりとりを笑っているんじゃなくて、わたしのうっかりを笑ってるんでしょ!
わかってるんだからー!!
この事態をどう収集するべきか、パンクしかけたわたしの頭で名案なんて浮かぶはずもないでしょ。
それなのにマメが追い打ちを掛けてくる。
追い打ちっていうか、止めを刺して来た。
『でもマメはほっぺチュッじゃなくてぇベロチューがいいです』
『ちょ、マメ!』
『それはさすがにねぇ……』
「……大丈夫か?」
たった今、喪女の思考が完全に停止しました……
カニやんの制止も、クロエの呆れももちろん、心配して掛けてくれたクロウの声もわたしの耳には聞こえなかった。