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第8話

 学園祭の前日、俺はマークから最後の特訓を受けていた。騎士科なだけあって、相変わらずマークの剣術の技量は俺より数段上だ。これが物語ならレベル一の冒険者が死に物狂いに努力して、一ヶ月でぐんぐん実力を伸ばし、ラスボスをコテンパンにするって展開もありがちだ。だが、現実はそんなに甘くない。相変わらず俺はマークに負け続きだった。


「ケビン、だいぶ良くなったよ。明日は頑張れよ」


 今日も十戦十敗で唇を噛む俺の背中をマークはバシンと叩いた。


「未だにマークの攻撃を三十数える間しか持ちこたえられない。大丈夫かな」


 思わず弱気になった俺をみてマークはハハッと笑った。


「俺は騎士を目指していて、それで身を立てようとしてるんだ。そう簡単に俺より剣が強くなられたらこっちが困るよ。そもそも騎士科を相手に三十数える間持ち堪えられるのが大したもんだぜ?それに、今ケビンは魔術を使ってないだろ?」


 俺はマークを見て頷いた。この一ヶ月、剣術だけで無く攻撃系の魔法を詠唱する時間を短縮することにも心血を注いできた。だいたい五数える時間が稼げれば俺の詠唱は終わるはずだ。だが、マークには剣を習うことを主軸にしているので一度も攻撃系の魔法は使っていない。


「ケビンは自分が思ってるよりずっと強くなったと思うよ。正直、初めて手合わせしたときは駄目かもって思ったけど、今はうまく魔術を使えれば五分五分だと思う。ただ、ケビンの剣の腕だとフレッドを持ちこたえるのはせいぜい三十数える間が限界かな」

「……駄目かもって思ってたのか」

「そりゃあ、ね。だって、そもそも剣の構え方からしておかしかったし」


 マークの遠慮のない駄目出しに俺は思わず苦笑した。きっと、思ったことを正直に言ってくれているんだろう。と言うことは、勝負が五分五分と言うのもマークの正直な見解なのだと感じて、俺は改めて気合を入れた。


「マーク、ありがとうな」

「そういうことは勝ってから言えよ」


 マークが形の良い口の端を持ち上げてニヤリと笑ったので、俺もマークにニヤッと笑い返した。



 ***



 学園祭当日、空は雲一つ無いほど澄み渡っていた。俺は気合を入れて大会用の木剣を手にした。大会では大怪我をしないように木剣を使い、対魔術用の怪我防止防護ブレスレットを身に付ける。普段からマークと刃を潰した鉄の剣を使用して練習してきたこともあり、それは随分軽く感じてすんなりと手に馴染んだ。


 貼り出されたトーナメント表を見ると、俺の二回戦の対戦相手がフレッドだった。フレッドと戦う前に自分が負けてしまうのではという心配はどうやら杞憂に終わりそうだ。なぜなら、俺の一回戦目の相手は同じ魔術科の学生で、最初から戦う気が限りなくゼロに近いやつだったから。

 まぁ、俺も去年はこんな試合一刻も早く負けてお役御免(おやくごめん)被り(こうむり)たいと思っていたから、その気持ちはわからなくも無い。

 

「ケビン、頑張れよ!」

「自信持てよ。いつもの調子だ」

「ケビンさま、怪我しないで下さいね」


 一回戦目で運悪く騎士科の学生と当たり負けてしまったロベルトや次の試合までの待ち時間のマーク、スザンヌも応援に来てくれた。対するフレッドの方は黄色い声が多い。


「フレッドさま、頑張って!!」

「格好良く決めちゃってー!」

「フレッドさま、素適なところ見せて下さい!」


「任せてくれ。あいつを野良犬みたいに地べたに這わせてみせるよ」


「「きゃー、素適!!」」


 フレッドを取り囲んでいるのはフレッド親衛隊の女子達。ざっと数えると十三人いた。俺の知らぬ間に見る目のない女が倍近くに増えたのかと驚愕したが、よくよく見ると学年の違う女子も多かった。


「一瞬で終わらせてやるからな」


 闘技場で俺の前に立ったフレッドはやっぱり馬鹿にしたように俺を一瞥した。


 初めの合図があってから最初の一撃、流石にフレッドは速かった。それなりの距離があったはずなのに、一瞬で間合いを詰めて容赦なく俺の脇腹めがけて木剣を撃ち込んでくる。


「くっ!」


 咄嗟に受け止めたが打撃が重い。だが、マークの打撃とそれ程差があるようには感じなかった。何とか受け止めると次の打撃に備えて剣をすぐに構え直す。同時に呪文の詠唱を始めた。


『地・水・火・風・光の精霊達よ 我の願を聞き給え』


 中級魔術師になれば、この前置きの詠唱は不要だ。もどかしいが、俺のレベルではまだ必要になる。詠唱の間もフレッドの打撃は容赦ない。明らかに押しているフレッドを見てフレッド親衛隊の女達は黄色い歓声をあげていたが、当のフレッドの顔には焦りが見えた。俺が一発でも自分の打撃を受け止めるとは思っていなかったようだし、呪文の詠唱を始めたことに気づいたようだ。


「くそっ、こいつ」


『火の精よ、我に力を与えよ。燃え盛る炎よ。我が矢となれ』


 再びフレッドの打撃が正面から来る。木刀で受け止めると腕がビリビリッと痺れて、力が抜けそうになるのを必死に堪えた。なんて力なんだ。


『火球打』


 最後まで呪文の詠唱が終わった瞬間、頭と同じ位のサイズの火の玉が俺の目の前に現れ、至近距離のフレッドめがけて放たれた。目を見開いたフレッドは咄嗟に顔を両手で覆う。


「きゃー、フレッドさまが!!」


 黄色い声が悲鳴に変わった。だが俺にも余裕は無い。俺と同様、フレッドも対魔術用の怪我防止防護ブレスレットをしているはずだ。恐らく熱さを感じるだけでダメージを与えるような怪我はしてない。なので、今のうちに剣を打ち込む必要があった。俺は先程のフレッドの猛攻で既に痺れはじめていた腕に気合いで力を込めた。


 火球から身を守るために両腕を顔の前でクロスしていたフレッドの脇腹は完全に開いていた。俺はその脇腹めがけて思いっきり木刀を打ち込んだ。


「ぎゃあぁぁ!」


 いくら騎士科とは言え、無防備な状態で脇腹に打撃を食らえばそのダメージは計り知れない。フレッドは悲鳴を上げて倒れた。


「そこまで。勝負あり。勝者、ケビン=サルマン!」


 審判をしていた他のクラスの学生が試合終了の合図をしたので俺はホッと息を吐いた。


「勝った……」


 マークの言うとおり五分五分、むしろそれ以下だった。剣術は明らかにフレッドが上だったから、五数える時間で終わると思った呪文の詠唱は結局三十数えるぎりぎりまでかかった。俺は負けてもおかしくなかったのだ。今回はフレッドが魔術に関して完全に無防備だったから助かった。


「え、フレッドさま負けたの?」

「うそ! 期待はずれ……」

「えー、まだ二試合目よ? 早くない??」


 無様に地べたに這いつくばったフレッドを見てしばし呆然としていたフレッド親衛隊は負けたことに気付くとざわめきだした。結構辛辣(しんらつ)な言葉を投げかけている。あいつら、めちゃくちゃ調子いいな。さっきまで『素適♡』とか言ってたくせに容赦ない。少しだけこれにはフレッドに同情した。


「俺の勝ちだ。今度から俺らのこと馬鹿にしたり、スザンヌに手出しするなよ?」


 俺は握っていた木刀をフレッドに向けた。フレッドは負けたことが納得いかないのか、座り込んだまま素手でその木刀をはたき落とした。


「ふざけるな! こんな奴に俺が負けるわけ無い!! 勝負はまだついてない!!」


 やっと立ち上がったフレッドは審判係の学生に詰め寄った。


「でも、脇腹に打撃をうけていたよね?」


 詰め寄られた審判係の学生はおずおずとフレッドに尋ねた。脇腹に剣を食らった場合は試合は負けと決まっている。彼が指摘したとおり、俺は確かにフレッドの脇腹に木剣を当てた。周囲からも「脇腹に当たってたよな?」とか「俺も見たぞ」とかフレッドを非難する声が上がる。


「お前、男爵家のくせに俺の言うことが聞けないのか!?」


 フレッドが審判係の学生に掴み掛かった時、低い声がした。


「いい加減にしろ、フレッド」








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