第9話
「いい加減にしろ、フレッド」
怒り狂うフレッドに低い声でそう語りかけたのはマークだった。フレッドはマークに向き直るとマークの事を射殺しそうな目で睨み上げた。
「平民の癖に俺に偉そうな口をきくな!」
「お前の行動は最近目に余った。俺の言うことも聞かないし、目を覚まさせるにはこれくらいの荒行事が必要だっただろ?」
食って掛かるフレッドにマークは首を少し傾げて見せた。
「なんかフレッドさま格好悪くない?」
「負けた挙げ句に逆ギレ?? がっかりー」
「それより、マークさまって格好良くない?私、マークさまの方が好きかも」
「わかるわかるー。あのクールな感じが素敵!」
その深刻そうな二人の横ではフレッド親衛隊の女達がぺちゃくちゃとデカい声で会話をしている。あいつらフレッド親衛隊……で良いんだよな!?
「それに、学園内で爵位を嵩にきるな。俺が爵位を嵩にきてフレッドを馬鹿にしたらどう思う?」
「嵩にきる爵位がそもそもねーだろ」
馬鹿にしたようにせせら笑うフレッドを、マークはハァッとため息を付いて真っ直ぐ見据えた。
「フレッド=アルティス。伯爵家如きの分際で侯爵家の俺を小馬鹿にするな。そもそも、この学園では身分差別を防ぐため侯爵家以上の身分がある者は皆本当の家名を伏せて別のものを使っている。そんなことも知らなかったのか?」
驚愕で目を見開くフレッドとそれを睨みつけるマークを見ながら俺も「え? そうなの??」と思わず独りごちてしまった。だが、知らないのは他のギャラリーも同じようだ。そもそも侯爵家以上の爵位持ちなんて滅多に居ないしな。周囲はざわめきだした。
「それに、お前の行動で周囲も距離を置いている。周りからどう思われているか少しは考えたらどうだ?」
フレッドが周囲を見渡したとき、クラスメートを始めとする学生達は皆冷ややかな目でフレッドを見ていた。
「嘘だろ……」
自分に向けられたその軽蔑の眼差しに、フレッドは呆然と立ち尽くした。
「え? マークさまのお宅って侯爵家なの??」
「私は最初からマークさまが一番素敵って知ってたわよ」
「フレッドさまってよくよく見ると大して格好良くないわ」
「騙されたって感じよね。それに引き換えマークさまは素敵だわ」
一方のフレッド親衛隊、いや、もはや何なのかわからない女子集団のお喋りは留まることを知らない。ついさっきまでフレッド至上主義だったくせに女ってのは思考回路がどうなってるんだ?デカい声で喋り続けるこいつらがあまりにも辛辣かつ容赦なさすぎて、全く関係ない俺まで魂をゴリゴリと削られる気分だ。俺は女の恐ろしさを感じて恐怖したのだった。
「マークさま、次の試合頑張って下さい♡」
一人の元・フレッド親衛隊員がマークに駆け寄る。マークはその子を見てにこりと微笑んだ。
「ありがとう。でも、俺は君たちのような節操の無い女子と馴れ合うつもりは無い。君の応援は不要だ」
冷ややかなマークの言葉に近寄っていった元・フレッド親衛隊員の表情がサッと固まる。休憩時間の闘技場には一人呆然と立ち尽くすフレッドと、少し離れた場所には学園の生徒中に節操の無い女として曝された女子達だけが残されたのだった。
***
武道会の学年優勝はマークだった。そのマークも全学年対抗戦では惜しくも敗れてしまった。
「ケビンさま、今日はとってもかっこよかったです」
「ありがとう。でも、もうちょい上までいきたかったな」
スザンヌは笑顔で俺を褒めてくれたけど、俺はちょっと残念で力なく首を振った。
フレッドの打撃がかなり重くて第二試合が終わった時、俺の手は震え握力と腕力は限界を迎えつつあった。第三試合ではフレッドより遙かに弱い騎士科の学生相手だったのに、相手の剣を受け止めた時に手から自分の剣が落ちてしまい、呆気なく負けた。
そもそも、優勝したマークは、マークとフレッドは互角かややフレッドの方が強いと言っていた。つまり、フレッドは学年一の実力があったと言うことだ。俺に負けて周囲に嘲笑、軽蔑の眼差しを受けたことはあいつには耐え難い屈辱だっただろう。見た目や剣の実力は確かなのだから、これに懲りて心を入れ替えてくれるといいのだが。
俺は気を取り直すとスザンヌの手を取った。もうすぐダンスホールで舞踏会が始まる。
「そろそろ行こうか。リボンは持ってきた?」
「はい! もちろんです。リボンも蝶も持って参りましたわ」
スザンヌは弾けるような笑顔でそう言った。
リボンも蝶も?? と俺は首をかしげる。リボンの一部で蝶々結びを事前に作ってきたのだろうか?
「付けてあげるよ。どこ?」
「こちらですわ」
スザンヌは持っていた鞄から俺の渡した黒地にピンク色のリボンを取り出してまず俺に手渡す。そして、ガサゴソと鞄を漁って奥から小さな虫かごを取り出した。
「この虫かごは?」
「蝶ですわ。ケビンさまが髪に飾ると仰ったじゃないですか。今朝、侍女に付けて欲しいとお願いしてみたのですが、やはり無理でしたわ。みな悲鳴を上げてしまって」
スザンヌは申し訳無さそうな顔をして眉根を寄せる。俺はなんだかとても嫌な予感がしてくるのを感じた。そっと虫かごを覗くと、黒地にオレンジ色の模様がある東部熱帯地域に良くいる種類の魔法蝶がいた。この魔法蝶はこの辺を普段飛んでいるような種類じゃ無い。
「私、ケビンさまの『君をイメージしました』ってメッセージにとっても感激しましたの。ケビンさま、本当に素敵な贈り物をありがとうございます」
嬉しそうに微笑み、頬を染めて俺を見上げるスザンヌ。これはとあるキチガイ令嬢の俺に対する執着心を叩きのめすためにやったのだとはとても言い出せない。っていうか、なんでスザンヌがこの蝶を持っているんだ?
俺の嫌な予感は最早確信に変わりつつあった。
彼女は何かを勘違いをしている……
いや、それは良いんだ。俺が一回とは言えキチガイ令嬢から逃れる為にこんなゲスなことをしたと知られればスザンヌに幻滅されかねない。純粋なプレゼントと勘違いしてくれてむしろ助かった。だが問題はこっちだ。
俺は何か重大な勘違いをしている!!




