千紗目線
私には、彼氏がいます。
その彼氏が、今、私の目の前を相合い傘をしながら楽しそうに帰っていく。
あっ、別に目の前って言っても、私は生徒会室からその光景を見てるだけ・・・。
でもね胸の奥が、ズキって疼く。
最近は、そんな光景を見る度に胸が苦しくなる。
彼を好きになるなんて、思ってなかった。
彼が、告白してきたのは、4月の終わり。
付き合うつもりなんて全然なくて、断り続けていた。
だけど、彼は懲りずに告白してくる。
そんな彼を見かねて、オッケーをした。
その時に一つだけ彼に言ったことは。
「彼女らしいことは、何一つしてあげられないよ」
「それでもいい」
と、彼は言って付き合うようになった。
本来なら、今の私はここに居ない存在なのだ。
三月の終わりに家族でイギリスに移住することを父に言われた。
だけど、この時には生徒会長と言う役職が私の肩に乗っかっていて、放り出すことができなくて、夏休みまでにかたを着けて、イギリスに向かうことになっていた。
「千紗。どうした?」
声を掛けてきたのは、幼馴染みの戸田将。
「ううん。何でもないよ。将こそゴメンね。私の後を無理矢理押し付けて・・・」
私が、請け負ってる生徒会長の役職を今、目の前にいる彼に押し付けて、イギリスに行こうとしてる。
「いいよ。そんなの気にするな千紗。お前が、土台を作ってくれてるから、俺は、それに肉付けしていくだけな簡単な仕事だ」
将が笑ってる。
「それでも・・・」
「千紗が悪いんじゃないだろ。本当なら、三月にはここから去っていた千紗が、生徒会長に選ばれたために残ったんだから」
って、苦笑する。
将は、事情を知ってる。
だから、こうやって私を助けてくれる。
「お兄ちゃんにも迷惑かけてるんだよね、私」
私は椅子に座り直しながら言う。
「エッ・・・。千里さんが、そんなこと思うとは、思えないけど・・・」
まぁね。
お兄ちゃんは、私に甘々なんだ。
「なぁ、千紗。あいつには言ったのか?」
将が聞いてきた。
「う・・・。まだ・・・、って言うか、別れるつもりだよ」
口にして、余計胸が痛くなる。
「そんな顔して、本当に別れられるの?」
そんな顔って、どんな顔してるんだ、私?
「気付いてないの?寂しそうな顔してるぞ」
そうかな?
「まぁ、いいけど。この後どうする?よければ送っていくよ」
「ゴメン。この後、部活に顔を出しに行かないといけないんだ」
「そっか」
「じゃあ、鍵、お願いね」
私はそれだけ告げて、部屋を出た。
一様、彼のとなりに居た子には、事情を説明してある。
彼には、何も言わないで欲しいって、口止めもしてある。
私が居なくなってから、彼を支えてもらうためにも・・・。
「お疲れ」
私は、そう言って、部室に入った。
そこには、梨香が一人で頭を悩ませていた。
「どうした?」
梨香が頭をあげる。
「千紗。いいところに来た」
顔が、嬉しそうに言う。
何が?
「これ、見て欲しいんだけど・・・」
って、梨香が見せてきたのが、トレーニングメニュー。
「いいじゃん。それでいけば」
「そんな、投げやりな」
「いやいや。ちゃんと考えてあって、いいと思うよ」
そう答えながら、着替える。
「そっかなぁ」
「うん。大丈夫。自信持ちなって、新キャプテン」
「ちょ・・・ちょっと、その言い方やめてよ」
「無理。梨香が、新キャプテンなのに代わりがないのだから・・・」
「そうだけど・・・。でも、まだ千紗居るのに・・・」
梨香が、暗い顔をする。
「気にしない。今のうちになれなさい。で、副キャプテンなんだけど・・・」
梨香に相談というかたちで、二年生の子をあげた。
「私は、いいけど。他の三年生メンバーが、納得するか・・・」
「それは、私が言うから、梨香が心配しなくていいよ。・・・で、今日は、皆揃ってる?」
「うん、居るよ」
「じゃあ、挨拶しがてら、キャプテン交代の話もしちゃおう」
私は、梨香の腕を引っ張って体育館へ向かった。
体育館には、全員が揃ってた。
「皆、集合」
私は、そう言って集めた。
「今日は、皆に言うことがあって、集まってもらいました。三年生と二年生は知ってると思うけど、一年生にはまだ話してなかったのですが、私、夏休みには、ここに居ないので、先に言っておきます」
私の言葉に一年生が、ざわついた。
「今まで、着いてきてくれてありがとう。色々あったけど、楽しい思いでになってます。一年生とは、余り関わること出来なかったけどね。本当、ありがとう」
「ちょっと、千紗。そんなの今、言わなくても・・・」
「そうだよー」
三年生メンバーが戸惑ってる。
「うん。そう思ったんだけどさ、今日しか出来ないかなぁって思ったんだ。それから、私の後のキャプテンは、梨香にお願いしてあるから。・・・で、副キャプテンなんだけど、二年生のつばさにお願いしようと思うんだ」
「何で?」
「確かにつばさなら、言うことないけど・・・」
「どっちにしても、夏の大会が終わったら、三年生は引退するよね。だったら、二年生から副キャプテンを選んで、そのままキャプテンになってもらおうと思ってね」
「まぁ、そういう理由があるなら・・・」
「・・・っと言うことで、つばさ。前に来て、挨拶して」
つばさを呼び出した。
私の横に立つと。
「・・・っと、頑張りますので、よろしくお願いいたします」
って、堂々と言ってのけた。
うん。
つばさにして、正解かな。
「一年生。今、言ったことは、ここだけの話にしておいてね」
「はい!」
「じゃあ、練習に戻って」
私の言葉に散りじりになって、練習に戻った。
私は、準備運動をして、梨香にパス練習に付き合ってもらった。
「ねぇ、千紗。最後に試合しない?」
梨香が聞いてきた。
「いいよ。じゃあ、レギュラー対私と二年生チームでやろうか?」
ってことで、試合をすることになった。
久し振りにコートを駆けずり回って、いい汗をかいた。
「千紗。今日は一緒に・・・」
「ゴメン。迎えが来てるみたいだから、行くね」
門のところに彼が、立ってるのが見えた。
「うん。また、明日ね」
私は、傘を指して彼の所に向かった。
「嵐。お待たせ」
彼に声をかけた。
「うん。大丈夫。そんなに待ってないし・・・」
甘いマスクの持ち主、桐生嵐。
「行こう・・・」
嵐の言葉に。
「うん」
と頷いた。
ゆっくりとした足取りで、家に向かう。
嵐は、色んな話を私にする。
本当に、たわいのない話。
そんな話をしてるうちに家に着く。
「千紗先輩。入らないの?」
嵐は、不思議そうな顔をして聞いてくる。
「・・・うん。もう少し、嵐と話がしたいから、公園に行こう」
私は、そう言って、公園の方へ足を向けた。
雨が降ってるんだから、家にあげた方がいいのはわかってる。
でも、今、家の中は、引っ越しの荷物が散乱してて、あげることが出来ないのだ。
「珍しいこと言いますね」
そうかもね。
「千紗先輩、どうかしたんですか?」
怪訝そうな顔をする。
「ゴメンね。嵐・・・。もう、嵐とは付き合えない」
私の言葉に。
「何を言って・・・」
戸惑いを見せる、嵐。
「嵐とは、これ以上、付き合えない。だから、バイバイ」
私は、嵐に背を向け走った。
ゴメンね。
胸の奥が、ズキズキする。
自分から言っておいて、こんなに辛いなんて・・・。
嵐の事、好きになってたんだな。
今さらながら、実感する。
もう、忘れよう。
この想いは、蓋をして・・・。
終業式。
私は、壇上に上がって、生徒会からの連絡事項を告げる。
それが終わり、教室に戻ると、クラスの皆から、花束が渡された。
「千紗。ありがとね。また、連絡するね」
梨香が、泣きながら言う。
「うん。こっちこそ、ゴメンね。梨香や将には、本当に感謝してるよ」
私は、二人に向かって言う。
「奥田。向こうに行っても元気でやれよ」
担任がいう。
「はい。先生、ありがとうございました」
私が、先生に頭を下げてると。
ガラッ。
教室の戸が開いた。
「千紗。もういいか。そろそろ時間」
って・・・。もう、お兄ちゃんったら、何で、中に来るかなぁ・・・。
「千里さん」
驚いた顔をする将。
「おっ、将。千紗の分まで、頑張れよ」
お兄ちゃんが、将の頭にポンと手を置いた。
「わかってるよ」
将が、嫌そうな顔をする。
「と・・・。ほら、千紗行くぞ」
「うん。じゃあ、ありがとうございました」
私は、もう一度頭を下げて、自分の荷物をもって、教室を出たのだった。




