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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
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Dedicate [4] Blooms 5

「社長、1つお尋ねしたい事が」

「なんだいアキラ、何か問題でも発生したのかい?」


 居住まいを正してそう問い掛けてくる晶に、イヴァンジェリンは僅かに顔をしかめながら問う。

 良くも悪くも常識はずれな自身の杜撰な計画に、手直しを加え続けた優秀な部下の問い掛けにイヴァンジェリンが構えてしまうのも無理はなかった。


「いえ、どうして社長はレイ君のことをご存知だったのか気になってしまいまして。わたしは傭兵や戦争などに詳しくはありませんが、レイ君が昔から有名だったとはどうにも思えなくて」


 鴻上製薬にはレイに対するカウンターとして、ヴィクター・チェレンコフというD.R.E.S.S.傭兵が用意されていた。

 その程度にしか思われていなかった傭兵に、なぜD.R.E.S.S.という最新にして最強の兵器を生み出した天才が信頼を寄せているのか晶には理解できないのだ。

 だが晶は決してレイを過小評価している訳ではない。


 現にレイは地下施設の爆破を成功、その後昌明に殺されそうになっていた晶を余裕で救って見せたのだから。


「……そうだね、どこから話せばいいだろうか」

 

 イヴァンジェリンはそう言いながら色素の薄い指先を、同じく色素の薄い唇に当てて考え込むように天井を仰ぐ。

 硝煙と血に塗れたレイと自身の過去、それが交差する事でレイを傷付けてしまうのではないか。

 しかし永遠に黙っていられる訳ではない。

 自身を望んでくれたレイを、イヴァンジェリンは裏切る事など出来る訳がないのだから。


「レイは覚えていないと思うけど、私はレイと10年前に会っているんだ。由真ユマさんとヘンリーが亡くなった日にね」


 最後に付け足された3人の視線が表情を僅かに強張らせるレイに向けられる。

 フィオナは知らなかった事実から、エリザベータは話に聞いていた事実から、晶は嘘だとは思っていなかったが確証のなかった事実から。


「レイの母上である由真さんと私はとあるD.R.E.S.S.を共同で製作し、レイの父上であるヘンリーはそれのテスターに選ばれた。そしてそのD.R.E.S.S.の発表の時に私とレイと出会ったんだ。会話どころか挨拶もろくにしてなかったけれどね」

「じゃあイヴァンジェリンさんは、レイ兄さんのお父さんが凄かったからレイ兄さんに頼ったんですか?」


 そのフィオナの何かを確かめるような問い掛けに、レイの胸中に久々に感じる冷たい不快感が広がりだす。

 フィオナにとって、フィオナの向かいに座っているただ1人の男にとって、イヴァンジェリンという女が信用に足るのか。

 それを知るためにフィオナは芝居がかった態度の向こうを引き出そうとする。

 しかしイヴァンジェリンは動揺する事もなく答えた。


「違う違う。そんなつまらない理由なんかじゃないんだよ、お嬢さん(コレー)。レイでなくてはダメだった。他の傭兵がいくら優秀でも、レイ以外の傭兵を信用する事は私には出来なかったんだよ」


 チッチと立てた人差し指を振りながら、イヴァンジェリンはレイと出会った頃と同じ文言を紡ぐ。

 その言葉を懐かしく思うも、その言葉に何もかもを安堵する事はレイには出来ない。

 出会ってきたほぼ全ての人間達がレイにヘンリーを見出し、ヘンリーの面影を求めていたのだから。


「レイ、知っているかい? ヘンリーは空軍時代からフルメタル・アサルトの隊長時代、その全てを辿っても1人で戦った記録がないんだ。だから君をヘンリーの代わりのように扱っていた連中は、皆見当違いなことを言っていたんだよ。君がヘンリーを越える強者になると気付きもせずにね」


 ヘンリーはワールドモール人質救出戦のような任務はフルメタル・アサルト部隊で当たり、対ディファメイション戦であっても最終的にジョナサンの援護によって勝利したところが大きかった。

 しかしレイ・ブルームスはたった1人でフィオナを守り、エリザベータを救い、晶とイヴァンジェリンの脅威を駆逐して見せた。


 ヘンリー・ブルームスは部隊の先陣を切る部隊長。

 レイ・ブルームスは1人で戦場を渡り歩いてきた名無しの傭兵。。


 それを見抜けなかった全ての大人達によってすり減らされていき、今のシニカルで厭世家なレイが生み出されたのだ。

 それを原因を生み出してしまったイヴァンジェリンには、それが何もよりも辛く、苦しかった。


「それにレイには悪いが、君の親が誰であろうと私には関係ない。特にヘンリーは最後まで好きになれなかったからね――何より私は君だけを信用し、君でしか生き残ることが出来ないと判断して依頼したんだ。君になら裏切られても構わないと思えたしね」


 粗野で快活だったヘンリー、おおらかで聡明な由真、そしてシニカルで厭世家なレイ。

 2人の面影は確かにレイに残っているが、イヴァンジェリンにとってレイはたった1人の救世主なのだ。


「憎んでくれて構わない、穢してくれて構わない、殺してくれて構わない。君の感情ならどんなものでも喜んで私は受け入れるよ。贖罪でもなんでもない。ただそれでどうなろうと、きっと私はそれを嬉しく思えると思うんだ」


 イヴァンジェリンは優しげな微笑を浮かべながらレイの左手を取り、いくつか着けられているブレスレットに並べるようにくすんだ灰色のバングルを着ける。


 それはイヴァンジェリンによって修理されたネイムレスだった。


 同じ家で暮らし、同じ時間を過ごしてきたアネットをその合金の拳で殴り殺したレイだからこそ、イヴァンジェリンの言葉が嘘だとは思えない。

 イヴァンジェリンは”指輪”が嵌められていないレイの左手の薬指を指輪をつけた左手の指先でなぞり、そしてピジョンブラッドの双眸でレイの藍色の双眸を覗き込む。


「レイ、私は君だけを愛しているよ。この気持ちに嘘偽りもなければ、打算も何もない。応えてくれなくてもいい、名前を呼ばずに便利な道具扱いしてくれてもいい。ただ君だけを愛していると、君が誰かの代わりなんかじゃないってことだけをわかって欲しいんだ」


 その言葉にレイは今までずっと動く事のなかった時計の針が動き出したような、凍り付いていた鼓動が脈動し始めるような感覚を覚える。


 まるで今が歩み出すときなのだと、背中を押されるような感覚。

 フィオナに嫉妬して、エリザベータに失望して、晶にただ認められようとして、エイリアスにただ猜疑心を持っていた歪な自分が消えていくような感覚。


 そしてフィオナを守りたいと願い、エリザベータが歩む道を切り開く事を望み、晶が傍に居る事に充足し、イヴァンジェリンが導いた答えにようやく辿り着けたレイがそこに居た。


「……だっせえこと言ってねえで、さっさと会社の名前でも教えろよ。いつまでも名無し(ネイムレス)じゃいられねえだろ」


 不機嫌そうな表情に抱えている感情を隠して、レイはイヴァンジェリンの手から逃れる。

 決して少なくはない数のH.E.A.T.所属の傭兵達は、レイが総力戦を予想していたエリア51に姿を現す事もなく消えた。

 オブセッションの残骸とジョナサンの死体も最初から存在しなかったように姿を消し、ラスールも未だ活動を止める様子はない。

 しかしそのいずれもが自身とイヴァンジェリンに刃を向けることは容易に考えられる以上、レイは戦うことをやめられない。

 何より自身の目的を果たせていないレイが、この場所にいられる時間は余りないだろう。

 この時間を掛け替えの無いものに感じてしまっている自身の変化が、エリザベータの言っていた変わるということなのかはレイには分からない。


 それでもまだここに居続ける事を、レイは確かに望んでいた。


「それならもう決めてあるんだ、レイもアキラも知っている名前さ」


 イヴァンジェリンのその得意げな笑みにレイと晶の表情が強張る。

 2人が知っている共通の組織の名前など、1つしかないのだから。


「エイリアス・クルセイド――これが苗字や戸籍、血縁などの全てを越えた、私達を家族にしてくれるたった1つの絆の証だ」

「……やっぱりネーミングセンスがねえんだな、"イヴ"」


 シニカルな笑みを共に向けられた自身の名前にイヴァンジェリンは満面の笑みを浮かべ、いざとなれば飛びついてでも止めようとしていたフィオナは嘆息しながら肩の力を抜いた。

 ただ状況を静観するしかなかったエリザベータはイヴァンジェリンに出し抜かれてしまったことに頬を膨らませ、心配そうに見ていた晶は安堵から胸を撫で下ろす。

 レイにはなぜ4人が傍らに居てくれるのか、愛し合いされるという事がどういうことなのかまだ分からない。


 それでもレイは自身を縛り付けていた冷たい不快感の残滓を解き放ちながら、確かに歩み出し始めた。

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