Deadly [Lucid] Reason 7
その光景を遥か後方のものとした頃、レイは苛立ちからハンドルを思い切る殴りつける。
「これがアンタの分からせたかった事かよ! 放っておけって言っただろうが、俺みたいな塵芥を部隊に加えるのなんてゴメンだって言えば良かっただろうがよ、クソッタレが!」
この数分で護衛対象は負傷し、部隊は分裂した上に1人を欠員させた。
その事実がレイの怒りを増長させ、レイは堪りかねたように助手席から後部座席へと移って行くアイリーンへと怒鳴りつける。
「放っておけなかった」
「ふざけたことぬかしてんじゃねえよ! 俺のせいで何人死ぬんだ!? アイツらはアンタの部下なんだろ!?」
「ワタシ達は傭兵、命令には逆らえない」
アイリーンの言葉を聞いていたレイの奥歯がやりどころのない感情から軋みを上げる。
自ら突き放し、分かり合うこともなくなく別れた両親。
1人前を気取りながら、常に誰かの手の平で踊り続けていた事実。
何も代わっていない。その無様さも、幼稚さも、何もかもが。
傭兵になったことで。
スミス家から出たことで。
任務に赴いたことで、1人前になったと勘違いしていた。
レイはまだ何にもなれていない。
「でもワタシ達は同時にただ1人の人間達の集まり、だからレイを放っておけなかった。皆がレイを愛してた、失ってしまった家族のように、いずれ生まれる子供のように、掛け替えのない存在であるように」
「意味分かんねえよ、勝手に俺に何かを押し付けんじゃねえよ! 俺はアンタらとは他人だ、俺はアンタらの生死に責任は持てねえんだよ!」
レイはアイリーンが紡ぐ言葉に分からないとばかりに怒鳴り声を上げる。
ベックはレイに「ダガーハート小隊の人間は誰しも過去に傷を持っていて、それと折り合いをつけて生きていくために傭兵という職業に就いている」と言っていた。
その傷がどんな物かレイには分からない。
それでも両親がいなくなった以上レイの価値は消え、ジョナサン以外にレイに価値を見出す人間は居なくなった事だけは理解している。
だというのに自分が理解出来ない”自身の価値”を見出しているダガーハート小隊が、レイには得体の知れない存在に思えるのだ。
「でもワタシ達にはレイの生死に責任を持てる、だからレイがここに居る」
再度ハンドルを殴りつけようと上げられた右手を、アイリーンの小さな手が掴みそれを止めた。
金属が剥き出しになっているジープのハンドルを殴ったレイの拳の皮膚は裂け、傷口からは血が溢れ出していた。
「聞いて。生きていくのには誇りはいらない、でも理由がなければ人間は生きていけない。何もなく時間を過ごしているのは緩やかな自殺でしかない」
そう静かに言葉を紡ぐアイリーンの脳裏には、空虚な暗い碧眼の少年の瞳が焼きついていた。
まだ幼い少年が決して治安が良いと言えない立地に存在する、民間軍事企業の施設に居るのはとても目立っていた。
アイリーンの灰色の瞳は自然と傷だらけになりながらもH、.E.A.T.の戦力では最強であるジョナサンと戦い続けていた少年を追い、やがて1つの存在と重ねていた。
幼い頃に両親にメキシカンマフィアに売られ、麻薬漬けにされ、心と体を幻惑に犯され、マフィア子飼いのチャイルドソルジャーとして人を殺し続けた自身と。
その境遇に置かれても両親を恨む事が出来なかったアイリーンは、自身が逃げ出せば両親に危害が及ぶと理解して何も出来ないまま組織がなくなるまで戦い続けていた。
しかし天涯孤独であるレイを縛る物は何もない。
何よりも死に1番近い場所へと平気で送り出したジョナサンが、レイに愛情を抱いているとはアイリーンには思えなかったのだ。
「レイ、アナタはワタシ達の誇り。小隊戦すら出来ない新兵だったレイは、考え続ける事で真実へ辿り着ける傭兵へと変わった。だからもう1度考えて欲しい、"なぜ傭兵として生き続けなければならないのか"を」
麻薬の味は未だに舌にこびり付いている。
ただ殺意に晒され続けた恐怖は体が今でも覚えている。
初めて人を殺してしまった時の自身への失望感は、今でもアイリーンを苛んでいる。
だからこそ、アイリーンは今1度レイに考えて欲しいと願っていた。
その暗い碧眼を濁らせてしまうのは、まだ早すぎるのだから。
しかしその次の瞬間。大質量の合金の弾丸がジープを掠め、その車体を横転させる。




