Deadly [Lucid] Reason 6
「すまねえ隊長、俺が最初から索敵をしてりゃ良かったんだ」
「トレヴァーだけじゃなくて全員の責任、レイに言われるまで何も気付けなかった私も含めて」
悔しげに歯噛みするトレヴァーに、アイリーンはフィールドジャケットのジッパーを閉めながら答える。
答えに独力で辿り着かせる必要はあった。
しかし安易に経験から生まれたパターンに嵌めて、動機を考えようともしなかった。
今頃副長がどんな顔をしているだろうか。
そんなことを考えながらトレヴァーは、ジープのシートに取り付けたディスプレイとバングルをケーブルで繋いで索敵を開始する。
クラック肩部搭載のレーダーは敵影を捉えようとするが、ディスプレイに投影されたのはノイズばかりだった。
「隊長、どうやら敵は違法改修ナーヴスだけじゃなくてクラックも居るみたいです。しかもこちらが敵影を捕捉する前に、ジャミングを撒布できる程度の数。マジでやばいです」
「分かった。とりあえずトレヴァーはレーダーで、ワタシとレイは有視で索敵をぞっこ――」
そう命令を伝えようとしたアイリーンの言葉を、背後からのけたたましく鳴らされたクラクションが遮る。
そしてそのアイリーンが後ろを向こうとしたその瞬間、人の身にとっては大質量の合金の弾丸がベック達の車両付近のアスファルトを吹き飛ばす。
「レナート、出せ!」
「後続車はどうすんだよ!?」
「ベックの旦那が何とかしてくれる、だから行っちまえ!」
名前を訂正することも出来ないまま、レイはアクセル強く踏み込んだ。
護衛対象の人生を狂わせた超小型電力増幅回路が、エンジンを駆動させて車両に爆発的な速度を与えていく。
「ルートはさっき言ってた通りでいいのか?」
「北上しまくった所にモスクがある。リアルタイムでナビを更新すっから、レナートは気にしないで運転しててくれ」
「了解、それとレナートじゃねえよ」
変わり始めた2人の雰囲気と濃厚なほどに香り始める死に、レイは舌打ちをしながら速度メーターへ視線をやる。
ハンドルの奥につけられた速度メーターは、ジープが時速130kmに達した事を示していた。
レイがハンドル操作を誤れば、横転したジープの車体に巻き込まれて全員が死ぬ。
速度を落とせば、襲撃者から逃れる事が出来ずに全員が死ぬ。
考える事をやめてしまえば、何も出来ないまま全員が死ぬ。
自動車が出せる程度の速度であればD.R.E.S.S.が追い着く事は容易であり、レイはなかなか上がらない速度に苛立ちながらも、任務を遂行し全員で生還するためにただ思考する。
――射角も規模も分からねけど、有視界で敵影を捕捉出来たかったのならおそらくあれは狙撃手の仕業。まだ逃げる時間はある
やがてナビに表示されたとおりの分岐路を視界に納めたレイは、少しだけスピードを落とさないようにしながら無理矢理その分岐路へとジープを入れる。
しかしこんな速度でベンツを運転させられた事がなかったカスパロフを乗せたベンツの運転手は、曲がり角で速度を落としてしまった。
その瞬間を逃すまいと放たれた狙撃手の弾丸は、ベンツの前部にある運転席を綺麗にもぎ取っていく。
運転手を失ったベンツはコントロールを失い、荒野に等間隔に立てられていた電柱へと正面からぶつかりその鉄骨入りの電柱をなぎ倒す。
それを見ていた後部車両から、黄色の粒子をその身に集束させていくベックが飛び出た。
一瞬にして薄いカーキ色のルードへと姿を変えたベックは、一瞬で半壊しているベンツへと接近して右手に装備したブレードユニットでかろうじて残った車体後部の屋根を斬り飛ばす。
そしてフリーになっている左手で、アタッシュケースを抱いたまま頭から血を流しているカスパロフを救出した。
しかしベックが纏うルードは自身のジープに戻らず、スピードを落とし始めていたアイリーン達のジープへと一気に接近する。
やがてジープと併走を始めたベックの意図を理解したトレヴァーは、後部座席の扉を開いてルードの腕からから護衛対象の身柄を預かる。
ベンツが電柱と衝突した際に切ったのか、頭から血が流れているが命に別状はなさそうだった。
『アイル隊長、私達が敵を引きつけます』
「……ごめん」
『構いやしませんよ、わざわざ死ぬつもりだってないんですから。では、また後ほど』
どこか申し訳なさそうな顔をしているアイリーンにそう言うなり、ベックのルードは来た道を引き返す。
後続していたジープからはタイストとミレーヌが既に降りており、その身にルードとクラックを纏っていた。
しかしそんな自分を置き去りにするようなやり取りの中で、レイだけがどこか不安そうな表情を浮かべていた。
ダガーハート小隊が自身とは比べ物にならない戦果を積み上げてきた事は理解しているが、トレヴァーの先ほどの言葉を聞く限り戦力差は決して少ないとは言えないと理解できるのだ。
「大丈夫なのかよ?」
「ベックの旦那のヘイトクライム、タイストの旦那のブローディア、ミレーヌの姐さんのエスプワールの組み合わせは最強だ。レイモンドは何も気にしなくていい」
「そうかよ」
真っ白な布で護衛対象の傷口を押さえながらナノマシンを注入するトレヴァーに、ついに名前の訂正すらする気にもなれなくなったレイは、アクセルを踏み込んで失った分の速度を取り戻すようにジープを飛ばしていく。
ミラーには遥か後方で始められた戦闘によって巻き上げられた砂埃が写り、曇り空で暗い昼間の情景をマズルフラッシュが嫌味な光を放つ。
トレヴァーはそれらの向こう側に、違法改修ナーヴスやルードなどの出現をノイズが走るレーダーで把握した。
「隊長、相手の規模はどんなもんだと思います?」
「複数の勢力の大隊規模、でも自身では防衛する事も出来ない奪取対象を狙撃する程度の2流達」
「そうですね、車ごと吹っ飛ばしてたら6400万ドルも回収出来なかったでしょうしね」
「でもその数は異常、ワタシ達は最悪の事も考えなければならない」
「最悪ってなんだよ、アイツらを見捨てる気か?」
レイはどこか苛立った口調で、アイリーンとトレヴァーの会話に割り込む。
先輩面をして鬱陶しいほどに付き纏ってきたアイリーンのそのドライな態度が、妙にレイを苛立たせるのだ。
「見捨てる訳じゃない。でもワタシ達はどんな手を使ってでも、対象と共に生還しなければならない」
「さっきも言ったけどベックの旦那達のチームは最強だ、腕利きの社長でさえ何度も負けるほどにな――それよりレミー、ダウンタウンのスキッドロウにあるメメント・モリって喫茶店知ってるか?」
「知らねえし、俺はレミーじゃねえよ」
はぐらかされたようなその2人の答えと、トレヴァーの状況にそぐわない会話にレイは舌打ちをする。
しかしトレヴァーは苦笑を浮かべながら、バングルとディスプレイを繋いでいたケーブルを引き抜いた。
「そっか。結構入り組んだ場所にあるんだけど、2、30分歩き回ってりゃ辿り着くはずだ。絶対に行ってくれよ"レイ"、あそこのエスプレッソはマジで最高なんだ」
「……トレヴァー、アンタ何ほざいてやがる」
最後に膨大な情報量と共に更新をされたナビを眺めながら、レイは正しく発せられた自身の名前に訝しげに眉をしかめる。
胸中で暴れ狂っているのだ。
怒りにも似た、悲しみにも似た、冷たい不快感が。
「聞いてくれよレイ、俺は隊長のおかげで生まれ変われた。人をシャブ漬けにして端金をせしめてたクズの俺を、隊長は見捨てずに1人前の傭兵にしてくれた」
「質問に答え――」
「何も言わずに先輩面させてくれよ、アゼルバイジャンに来てからずっと楽しかったんだ。隊長がレイ相手に年上ぶろうとしてるのとか、すっげえ反応のいいレイをいじり続けるのとか、ベックの旦那が聖書読んでくれるのとか、タイストの旦那とミレーヌの姐さん達と一緒に家具のカタログ見てるのとか」
泥を啜り、間接的に人を殺し、汚い金で欲を満たしていた日々。
そんなギャングの構成員にもなれなかった矮小な存在であるトレヴァーを、アイリーンは自身が保証人となってH.E.A.T.へと入社させた。
ナイフを向けて財布を出すように要求するという、トレヴァーが考える限りでは最悪な出会いでさえアイリーンは些事であったかのように振る舞い、トレヴァーに新しい人生を歩ませた。
「傭兵にならなきゃこんな日々は送れなかった、多分スキッドロウでナイフか弾丸で腹に穴空けられて死んでた。だからこそ俺は、俺を信じてくれた隊長のために命を張りたい」
「クソみてえな感情論でほざいてんじゃねえよ。情報戦担当が居なくなったらやべえだろ、俺が代わる」
レイは最終的にジョナサン、チェレンコフ、アネットの3人を相手にし、2機を撃墜した後にジョナサン相手に戦う事ができた。
そんな単独戦闘に自信を持ち始めていたレイはそう提案するも、トレヴァーはそれを首を横に振って却下する。
「そうはいかねえんだ、命令なんだよ。"何があってもレイ・ブルームスを死なせるな"ってね。おそらく社長もこんな展開になるなんて思ってなかったろうけどな」
そのトレヴァーの言葉に、レイは何かが繋がったような感じを覚える。
アイリーンというお目付け役。
現状維持を良しとしないミレーヌの意見。
成長を促すようなベックの傭兵としての在り方。
どこまで試されていたのか、どこまで自身が発言をするまで様子を見られていたのか。
それらを理解することは出来ないが、告げられた事実はレイに自身が置かれた状況を正確に理解させた。
「……クソッタレが」
「言い訳はしねえよ、すまねえ」
そう詫びるトレヴァーの脳裏には、ノイズの走るレーダーに表示されていた敵影が映されていた。
その数は小隊に向けられた物とは思えないほどに多く、トレヴァーはこの任務を無事に終えることが出来ないことと、敵対勢力の猥雑さを理解させられてしまった。
しかし自身の命よりも価値のあるものを知っているトレヴァーは、任務は果たさなければならない。
「隊長、今まで本当にありがとうございました」
「……ごめん、トレヴァー」
「隊長、レイにとってどうかは分からねえけど、俺にとっては隊長は姉さんのようでした。俺はそんな隊長の力になりたいんです、後悔はありません」
この任務の真相、勝ち目の薄い撤退戦、そして生きては帰れない迎撃。
その全てを部下達に背負わせてしまったアイリーンは、もはや謝ることしか出来なかった。
戦争が経済を動かしているこの世の中で戦場が増えることは、兵器の価値を上げると同時に傭兵の価値を上げる事象となる。
ジョナサン・D・スミスは護衛対象の命を守りながら、戦場を新しく生み出すことでH.E.A.T.を更に大きくしようとしている。
そしてその結果、完璧とは言えないが任務は成功し、虎の子であるレイに仲間が次々と消えていく過酷な戦場を経験させて成長を促せる。
ダガーハート小隊は代表取締役の手によって捨て駒にされたのだ。
「また会いましょう、神様が俺を許してくれたら天国でね」
それを理解しているのか、トレヴァーは恨み言1つ言わずに、左手のサンドイエローのバングルの表面を叩いてジープから飛び出す。
広がっていくオレンジ色の粒子はトレヴァーの体へと集束し、一瞬にして両手にグレネードキャノンを持ったサンドイエローのクラックへと変化した。




