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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Goodbye To [Nameless] Avenger
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Deadly [Lucid] Reason 5

 右手に砂漠のような荒れた大地、左手には広大なボヤックショア湖。

 バクーとは湖を挟んで向かい側の公道を、ベンツと2台のジープが走っていた。

 見覚えのない大きなアタッシュケースを持ち込んだカスパロフと、人気ひとけもなければ来たこともない道に、ダガーハート小隊の面々はこれから例の取引が行われるのだと理解していた。

 そしてベンツの前を走るジープの後部座席で、レイは安っぽいシートに身を預けてただ思考に耽っていた。

 ジョナサンから「任務の遂行と生還することを同時に考える」ということを教えられていたが、ダガーハート小隊の面々のように「任務の遂行のために依頼人を疑う」ということなど教えられてはいなかった。


 ――人身、麻薬、武器


 カスパロフが取引している物を胸中で諳んじながら、レイは自身ならどうやって更なる商売を始めるかを考える。


 過剰供給は物資の価値を下げ、状況が物資の価値を左右する。


 その資本主義の世界の中で6400万ドルという途方もない金を、自身ならどう扱って更なる利益を得るための商売を始めるだろうか。

 レイは助手席から自身をチラチラと窺っている助手席のアイリーンを無視して、トレヴァーが座っている運転席のシートを軽く叩いた。


「なあ1つ聞いていいか?」

「おう、何でも聞いてくれよレベリアーノ。好きな食べ物はチョリソーとポテトのタコス、好きなバンドはメタリカ、趣味はクーラーで冷やした部屋で毛布に包まるこ――」

「アンタのことを聞きたいんじゃねえし、俺はレベリアーノじゃねえよ」

「悪い悪い。それと俺のことじゃなくて、隊長の事だよ。それでどうしたんだ?」


 そのトレヴァーの言葉に親指を立てているアイリーンに、レイは追い払うように手を振る。

 150cmに満たない身長もあってか、レイにはアイリーンが26歳である事実がどうにも信じられなくなっていた。

 アイリーンが肩を落としながら視線を前に向けたのを確認したレイは、バカにされるのを覚悟してトレヴァーへと問い掛けた。


「なんで護衛対象は国防軍に護衛を依頼しなかったんだ? 落ち目とはいっても富裕層の人間の要請を国防軍が無視することはねえだろうし、落ち目だからこそ民間軍事企業(おれたち)に金を落としてまで国防軍の介入を避けた意味が分からねえ」

「そりゃあれだ、裏家業の事を知られたくなかったんじゃねえかな」

「でも関係者の襲撃が事実かは分からねえけど皆が知ってる事なんだろ? そんなマークされてるような状況でも強行しなきゃならない、6400万ドルも使う派手な取引って何だ? 6400万ドル以上の利益を得られる商売ってのも俺には全然分からねえ」

「まあ確かに、その先行投資以上の利益が得られる物なんて俺には分からないけど――」

「1つだけある、戦争」


 今までのレイの様子を伺い続けていた態度とは大きく違う、ダルそうに喋りながらもアイリーンはようやく辿り着いた答えを2人に告げる。

 密輸している人身は兵士に、密輸している麻薬は兵士を律するために、密輸している武器は自他問わずあらゆる兵士に。

 民族紛争という全ての人間が殺戮対象となりえる土壌。

 そこに住まい、かつて石油によってその巨万の富を得ていた富裕層の人間達の、自衛のための費用は図れ知れないものとなるだろう。


「レイとトレヴァーは運転を交代、トレヴァーは付近の索敵開始。ベック達にはワタシから」

「了解、運転は大丈夫だよなレイモンド?」

「仕込まれてるから安心しろ、それとレイモンドじゃねえよ」


 レイは文句を言いながらもハンドルをとアクセルをロックして、後部座席へとやってきたトレヴァーと代わるように運転席へと座る。

 マニュアル車の運転を仕込んでくれたジョナサンに心の端で感謝しながら、レイはロックを解除してナビに表示されているルートをジープに走らせていく。

 そしてアイリーンはポケットから携帯電話を取り出して、ベンツの後方を走っているベックをコールする。


「聞いて、おそらくこれからカスパロフ氏とワタシ達は襲撃を受ける。おそらくこの首謀はカスパロフ氏と氏の裏家業のビジネスパートナー。目的は下火になっている民族紛争を経済戦争に仕立て上げて、密輸している物資の価値をあげるというもの。おそらく襲撃されたカスパロフ氏の関係者はその火種に利用された」


 電話が繋がった瞬間に一気にまくし立てるアイリーンにレイは驚愕するも、トレヴァーら小隊の面々は臨戦態勢を整えながらアイリーンのダルそうな言葉に耳を傾ける。


「そしてカスパロフ氏は6400万ドルという先行投資を"あらゆる方法"で使用して武器の専売の権利を得ようとしているけど、ビジネスパートナーはカスパロフ氏の関係者の襲撃では火種には不十分と判断。6400万ドルの先行投資をカスパロフ氏に持ちかけて、商談に向かう道中で雇っている武装テロ組織にカスパロフ氏を襲撃させて、改めて火種をつけようとしている。上手いこと奪えれば十分な利益、武装テロ組織を使っているなら足もつかないし処分も簡単。何より6400万ドルっていう汚い金がこの国の中にあるのなら、それは紛争を始めるには十分な理由になる」


 武力を背景にした圧迫交渉、暴力による直接的な妨害行為。


 おそらくそれらを行う部隊としてカスパロフに試されているであろう事実を、レイはアイリーンの言葉によって理解させられた。

 最初からレイが戦場に出ることを許さなかったジョナサンは、このことを理解していたのだろうか。

 レイがそんなことを考えていると、携帯電話のスピーカーから女の声が漏れ出した。


『だったらそれなりに流せばいいって事なのかしら?』

「ソレは無理。おそらく”用意された襲撃者達”は後に得られる収入ではなく、目の前に転がってる6400万ドルを選ぶはず」

『アイルがそこまで言うってことは確証があるのね』

「1番可能性が高いように思う、ミレーヌも索敵を開始して」

D'ac(りょうかい)

『アイル隊長、このまま目的地に向かうんですか?』


 ミレーヌの流暢なフランス語に間髪いれることもなく、ベックはアイリーンへ問い掛けた。

 このまま前進してしまえば前後からの挟撃は避けられないが、後退したところで敵部隊から逃れる事は出来ない。


「次の分岐路で目的地から一気に距離を取る、いい道ではないみたいだけど背に腹は代えられない。ベックはカスパロフ氏に"待ち伏せされている可能性が高いから1度逃げる"という説明。それと別働隊の指揮権はベックに譲渡、最悪カスパロフ氏と一緒に撤退して」

『了解、アイル隊長もどうぞお気をつけて』


 自身の口下手を理解しているアイリーンはカスパロフへの説明をベックに任せ、自身もフィールドジャケットの袖を捲り、黄色のバングルと銀のブレスレットを露わにして臨戦態勢を整える。

 どの瞬間、どの角度から、どう襲われてもおかしくはない。


 護衛は撤退戦に変わり、戦いは泥沼なものへと変わった。


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