序章:星作りの儀式
この作品における「星造り」は役職名、「星作り」は星を作る行為です。
月星の下、寝静まった街は地平線にどす黒い輪郭を呈している。いくつかの窓からは光が漏れているが、空を照らすほど眩しくはない。深夜の街並みは安寧と休息の気配を醸してそこに佇んでいた。
都市の東には広大な湖が広がっている。夜の水面は星の光を飲み込んで黒一色に塗りつぶされていた。汀では波の音が絶え間なく響いている。それに重なるように奏でられる葉擦れに虫の羽音、それに寝ぼけた鳥の声。自然の織りなす穏やかな音の中に、威勢のいい靴の音が鳴り響いた。
湖上に架かる桟橋を、白銀の衣をまとった若い男が渡っていく。彼の纏う柔らかな光を反射して、湖面にはぼんやりした鏡像が浮かび上がった。男は一度足を止めて、それまで自分が辿ってきた道のりを振り返った。後ろは漆黒の闇。そして歩く先もまた同じ、薄気味悪い暗がりだ。彼は浅い息を吐き、半ば早足で長い道のりを渡りきった。
桟橋の終点は湖面に浮かぶ東屋だった。石製の柱の間では七つの人影がうごめき、それぞれが定められた作業をしている。東屋にいる男たちは揃って白銀の丈の長い装束をまとい、火傷だらけの腕を隠すように長い手甲を装着していた。焦げた髪の毛と星焼けを起こした顔は、彼らにとっての勲章だ。
やがて白銀の男たちは円になり、最後に到着した若い男を出迎えることだろう。誰よりも若い男に向けられるのは、畏怖と尊敬のまなざしだ。彼こそがこの儀式を遂行するための責任者だったからだ。
日々の儀式を執り行うために、男は毎晩東屋に立つ。その視線は周囲の仲間たちから湖畔へと移された。始まりを告げる光の点灯を受け、彼は組んだ手を額にあてがった。男のみずみずしい唇から、彼が唱え慣れたであろう祭詞がこぼれ出る。
「光の神より賜りし責務に則って、我ら《《星造り》》の本日の行を始めましょう」
それに続く「よろしくお願いします」という挨拶を合図として、白銀の集団は一斉に手のひらを空に向けた。それぞれ得意な姿勢があるようで、男たちは伸びたり屈んだりしている。儀式は無言で執り行われ、控えめな呼吸音と空咳、そして風の音だけが東屋に響いていた。
やがて一人の男の手がうっすらと光り、焦げ付いた手のひらから一雫の光が漏れ出した。それは手汗のようにじんわりと発せられ、とめどなく手のひらからこぼれ落ちていった。東屋は一気に明るくなり、湖面にもその影が投影される。
光は空気に触れて固まり、地面に衝突しそうになる寸前で浮遊し始めた。これが《《星》》だ。生み出す量に差はあれど、他の者も同じように星を作り出している。静かな祈りは東屋を光で埋め尽くし、やがてそれは一つの大きな塊へと形を変容させた。重ね合わせるほどに明るくなっていく光の集合体。これで擬似的に昼を作り、闇を照らすことが彼ら星造りに課せられた使命だった。
「第四点灯です。離れてください」
強い光で失明しないように、彼らの目には目簾が掛けられている。その感情は口元でしか判別できないが、今日も無事に仕事をやってのけたという安堵ははっきりと見えた。天井の穴からゆったりと空に放たれた星の塊はゆっくりと光度を増して、夜明けの空を群青色に染め上げた。
「今日も無事に朝を迎えられました。皆さん、ゆっくり休んでください。……解散」
その言葉を待っていたかのように、一晩中東屋で立ち尽くした男たちは散り散りになった。馴れ合いもなしに桟橋を引き返すのは老齢の星造りだ。比較的若い壮年の星造りも、やつれた顔で片付けを終えて去っていく。
あっという間にもぬけの殻になった東屋を見渡して、若い男はようやく目簾を取った。光に照らされた長い長い自分の影。彼を取り巻いていた光も次第に見えなくなっていく。宙に放たれた後も光度を増していき、星の塊は強い光を放っていた。男の瞳孔は急激に絞られ、彼はぎゅっとまぶたを閉じた。
星の塊は夕方になると砕けてしまうから、この星作りの儀式は明日も明後日も行われることだろう。誰しもが星を生み出せるわけではないから、彼が怠惰に休むことは許されない。星を作る生活はこの先何十年も続いていくはずだ。
普通なら嫌気が差す展望は、彼自身が望んで受け入れた運命だった。先人たちと同じように、星造りとして人生を全うすること。それは彼の信念であり、同時に遠い昔からの約束事でもあった。
最後までお読みいただきありがとうございました。このお話は第2章あたりで輪郭がはっきりするので、そこまでお読みいただけると嬉しいです。次回の更新もお楽しみに。




