表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/34

Phase 4-02:雲製造機

授賞式会場を抜けて、

私たちは都心から少し離れた場所へ向かった。


夜。

車窓の外は、街灯に照らされた低い雲で覆われている。


「……曇ってますね」


私がそう言うと、ザルグは鼻で笑った。


「雲?

違うな」


「え?」


「あれは“排気”だ」


嫌な言い方をする。


車が止まったのは、

都市郊外に建つ巨大な建物の前だった。


無機質な箱。

窓はほとんどなく、壁一面が灰色。


データセンター。


昼間に見れば、ただの地味な施設だ。

だが夜は違う。


屋上から、

もくもく、もくもく

白い何かが立ち上っている。


まるで、人工の雲。


「うわ……」


私は思わず見上げた。


「すごいですね。

なんか、雲製造機みたいです」


「その通りだ」


ザルグは即答した。


「ここは雲製造工場だ」


「……いやいや。

冷却塔の湯気ですよね?

データセンターの」


「それを、何だと思っている?」


ザルグは、こちらを見る。


「ただの“湯気”だと思っているなら、

お前らは何も見ていない」


屋上に上がると、

音と熱が一気に押し寄せてきた。


ゴォォォォ……


巨大なファンの回転音。

足元から伝わる振動。


そして――

生ぬるい湿気。


「うわ……暑い……」


夜なのに、

空気がまとわりつくように重い。


「これ全部、冷却ですか?」


「そうだ」


ザルグは、冷却塔を指差した。


「お前らのAI、

お前らのクラウド、

お前らの“便利な社会”が吐き出したものだ」


「でも……冷やしてるんですよね?」


「違う」


即座に否定される。


「捨てているだけだ」


ザルグは、冷却塔の一つに近づいた。


立ち上る白い霧の中に、

ゆっくり手を差し入れる。


「っ……」


一瞬、手を引っ込めた。


「……熱い」


「危ないですよ!」


「見ろ」


ザルグは、再び指を突っ込んだ。


「これは“冷やされた結果”じゃない。

熱を水に押し付けて、空気中に放り投げた結果だ」


「水冷って、そういうものじゃ……」


「そうだ。

だが、その“先”を考えていない」


ザルグは、私の方を向いた。


「いいか、ミナト。

仕事をしたエネルギーは、最終的にどうなる?」


「……熱になります」


「正解だ」


満足げに頷く。


「熱力学第一法則だ。

消えない。逃げない。形を変えるだけだ」


ザルグは、立ち上る白い霧を指差した。


「ここでは、

電気 → 計算 → 熱 → 水 → 水蒸気

という変換が起きている」


「……水蒸気」


「水の気化熱は、

1キログラムあたり約2260キロジュール」


私は反射的に頭の中で計算しそうになって、やめた。


(絶対、桁がおかしいやつだ)


「この施設一つで、

毎日何百トンもの水が“蒸発”している」


「……そんなに?」


「その水蒸気は、

熱を抱えたまま大気中に放り出される」


ザルグは、空を指差した。


「それが、あの雲の正体だ」


私は、改めて夜空を見上げた。


低く、重く、広がる雲。


街の光を反射して、

ぼんやりと明るい。


「……でも、水蒸気って

すぐ雨になって落ちますよね?」


「そこが問題だ」


ザルグの声が、低くなる。


「“すぐ”落ちる。

“その場”で落ちる」


「え?」


「自然の水循環は、

広く、ゆっくり、分散して起きる」


ザルグは、冷却塔を軽く叩いた。


「だが、これは違う。

都市という一点に、熱と水蒸気を集中投下している」


「……あ」


「ゲリラ豪雨。

局地的な雷雨。

突然の洪水」


ザルグは、淡々と並べる。


「CO₂が原因だと思っているだろう?」


私は、黙って頷いた。


「確かに、地球全体の温暖化はCO₂だ」


だが、とザルグは続けた。


「都市の異常気象は別問題だ」


ザルグは、私の目をまっすぐ見た。


「お前らは、

“引き金(CO₂)”ばかり見ている」


一拍置いて、言い切る。


「だが、銃弾はH₂Oだ」


「……水蒸気?」


「そうだ。

そして、その弾丸には“熱”が詰まっている」


私は、喉が鳴るのを感じた。


「つまり……

エコになったつもりで、

別の形で問題を作ってる……?」


「ようやく気づいたか」


ザルグは、夜空を見上げた。


「お前らは“冷やした”気になっている。

だが実際には、

大気という狭いゴミ箱に、熱と水を捨て続けている」


白い雲が、ゆっくり流れていく。


「……じゃあ、どうすれば」


私がそう聞いた瞬間、

ザルグの口元が、わずかに歪んだ。


「捨てる場所を、変える」


「……場所?」


「そうだ」


ザルグは、空のさらに向こうを指差した。


「空気の外だ」


嫌な予感しかしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ