決闘 1
「私が勝ったら、アルキオーネ嬢への謝罪と生徒会への参加辞退を命ずる」
「謝罪はわかりますが──」
マルドーネ公子は不服そうだ。
「公子が勝ったら、私は生徒会をやめ、副会長の座をくれてやる。対価としては十分だと思うが?」
「リオンさま?」
さすがに驚いた。
私が生徒会を辞退するのとはわけが違う。リオンさまは皇子なのだ。
「本気ですか?」
マルドーネ公子はリオンさまの真意を測りかねているようだ。
「何なら誓約書を作ろう。フィリップ、用紙を持ってきてくれるか?」
「はい」
フィリップ兄さまが書類棚の方に向かう。
それにしても決闘の誓約書が何故、生徒会にあるのか。こういうもめ事は意外と多いのかもしれない。
「レイベナ先輩、誓約書を」
「わかりましたわ」
フィリップ兄さまから書類を受け取った書記のレイベナ先輩がペンをとった。
「きれいな字……」
こんな時なのに、思わず感嘆の声が出てしまう。
レイベナ先輩に聞こえてしまったみたいで、少し睨まれた気がした。いけない。集中しているのに邪魔してしまったみたいだ。
「決闘なんて怖いですぅ。殿下ぁ、やめてくださいよぉ」
甘えた声で、リオンさまを涙目でマイアが見上げる。
リオンさまはそんなマイアをじっと見た。
一瞬、リオンさまが恋に落ちたのかと思って、胸の奥がチクリと痛くなった。
「プロティアの巫女は、もめ事の原因のひとつが自分だということに全く気付いていないのだな」
普段のリオンさまとは全く違う人のような冷ややかな声だ。
「ひ、酷い」
マイアはぽろぽろと涙を流し、今度はレジナルド殿下の方を向いたが、レジナルド殿下は、決闘のための会場を借りる書類を作成している最中で、視線に気づいていないようだった。
「書き終わりました」
レイベナ先輩が書面を整えると、リオンさまとマルドーネ公子がそれぞれサインをする。
「よし。決闘は明日の放課後、剣術部道場だ。獲物は競技用の木剣。ルールは剣術の試合にのっとって行うものとする。両者異論はないな」
レジナルド殿下の宣言に、リオンさまとマルドーネ公子は頷いた。
詳細が決まるとレジナルド殿下は早々にマルドーネ公子とマイアを生徒会室から退出させた。マイアは何か話すたびに泣きじゃくっていたし、マルドーネ公子は最後まで私を憎しみのこもった目で見ていた。
「まったく、新学期早々、やってくれたな」
レジナルド殿下はため息をついた。
「申し訳ございません……」
なんだかいたたまれない気持ちになって、私は頭を下げた。
「あら、あなたが謝る必要はないわよ。あいつは、昔から問題児なのよ」
レイベナ先輩が肩をすくめて見せる。
レイベナ先輩はマルドーネ公子と同じ北中等部出身だから、思うところがかなりあるらしい。
「ところで一体何があった? アルキオーネ」
兄に尋ねられて、私は今日、マイアとのいきさつについて話した。
「私が見ていましたから、アルキオーネさんの言っていることが正しいのは間違いありませんわ。タランチェさんはアルキオーネさんが何を言っても謝り続けていました。そして勝手に泣き出したところだけみて、マルドーネ公子がアルキオーネさんが悪いと言い出したのです」
「反論はしなかったのか?」
「美少女が涙を流していたら、私が何を言っても勝てませんからね」
兄に問われて、私は首を振る。淑女として頭を下げて話をぶち切る他に方法がなかった。
「あの場合、アルキオーネさんの対応は完ぺきだったと思いますわ。反論なさったら、余計に周囲に悪印象を与えてしまいそうですから」
エミリアさまは私を擁護してくれる。
とても嬉しいし、心強い。
もしエミリアさまがいなかったら、きっと自分が正しいかどうか不安になっていただろう。
「美少女って、さっきのビービー泣いてただけの女より、アルの方がよほど美少女だと思うけど」
「ありがとう。フィリップ兄さま」
フィリップ兄さまはほぼ身内だから、その意見はあまり参考にならないけれど、全面的に味方になってくれるのは嬉しい。
「でも、そのせいでリオンさまが決闘することになってしまって」
「私がしなくても、ダビーがしただろうし、何ならフィリップもその気だったと思うよ」
リオンさまは微笑む。
「勝っても負けても、私に損はない。副会長の座なんて、別に惜しくもないし」
「リオン、お前な……」
レジナルド殿下が呆れたという声を出す。
「そうですわ。殿下。殿下は生徒会から離れてせいせいするかもしれませんけれど、あの男の下で働くことになる私たちの身になってください。殿下がお辞めになっても、アルマクさんとランデバーさんは辞めさせないでくださいよ」
レイベナ先輩はため息をつく。
「公子は、アルマク嬢のことを逆恨みしているのです。北中等部ではいつも主席でしたから」
会計のロンバート先輩が口をはさむ。そう言えば、この人も北中等部出身だったはずだ。
「マルドーネ公爵も悪いのよね。それでも新入生代表には自分の息子がふさわしいからってごり押ししたりするし」
レイベナ先輩とロンバート先輩は、北中等部の生徒会で彼と一緒に活動して辟易としたらしい。
「心配しなくても大丈夫だ、アルキオーネ。リオンさまは強いから。あいつ、剣術ならリオンさまに勝てるかもしれないと思ったのだろうけれど」
世間ではリオンさまは魔術の天才、剣術はレジナルド殿下というイメージがある。事実そうなのだけれど、だからと言って、リオンさまが剣術を出来ないわけではない。
レジナルド殿下が剣術に優れ過ぎているだけだ。
「正直言って、あの男を生徒会に入れなくていい理由ができてほっとはしたけれど」
レイベナ先輩は苦笑する。
「まだ婚約もしていないくせに、自分が王配になる気満々よ。あんな男が婚約者の筆頭候補なんて、フィーナ皇女が気の毒よ」
「王配になるおつもりがあるなら、他の女性を跳ねのけるくらいの気概がほしいですわね」
エミリアさまがレイベナ先輩に賛同する。
「言っては何だが、奴は次席ではあったものの、アルマク嬢との差はかなりあったらしい。また剣術にしろ魔術にしろ人並みより少し優れている程度。マルドーネ公子とアルマク嬢のどちらかを生徒会にというのであれば、アルマク嬢のほうが私としては選びたい」
にこりとレジナルド殿下に微笑まれ、少しどきりとした。するとリオンさまが、私とレジナルド殿下の視線の間にすっと入った。
「兄上。アルキオーネ嬢は、私の婚約者候補ですから」
「わかっている」
レジナルド殿下はやれやれと肩をすくめて見せる。
こうしてみると、同い年だからそれほどの差はないはずだけれど、きちんと兄弟なのだなあと思う。リオンさまの方が意外と子供っぽいかも。
「ところでプロティアの巫女のことはどうするのですか?」
フィリップ兄さまが手を挙げた。
「おれとしては、あの女こそ生徒会に入れるのはどうかと思います」
「光輪派の話では、巫女は黒魔術師に狙われやすいらしい。生徒会がどうこうより保護の必要はあるかもな」
レジナルド殿下はため息をついた。
「ですが兄上、光輪派はプロティア教の主流ではないでしょう。光輪派のローバー・ダリン司祭については、未だ椿宮の横領に関しての主犯『ナスラン』を匿っているという疑惑がある」
リオンさまはきっぱりと言い放つ。少なくともリオンさまは光輪派を敵視しているし、おそらく光輪派もリオンさまに対していい感情は持っていないだろう。私も持っていないけれど。
「生徒会に入れる、入れないは別として、話を聞く限り、彼女はアルキオーネ嬢を故意に陥れようとしたとしか思えない。アルキオーネ嬢が横領事件の解決に尽力した話は公にはされていないけれど、まったく知られていない訳でない。彼女が『ナスラン』の関係者としてアルキオーネ嬢を恨んでいる可能性もある」
「仮にも神の巫女と呼ばれる人がそんな黒い感情を持っていていいものですかね?」
「アルキオーネさんの感想って、相変わらず独特ですわね」
エミリアさまが少し呆れたような顔をした。




