アルマク兄妹 エミリア視点SS
メルダナ公爵家は由緒正しい公爵家であるから、当然、教育に関しては厳しい両親だけれど、それでも家族には愛されているという自覚はある。
五つ年上の兄上と、私では生まれた時からできることに差があったから、性差による育て方の違い以前に、両親の教育が兄妹で違うのは当然のように受け入れていた。
淑女らしくあれ──それは、幼い頃から当然のように受け入れてきた言葉。いつの日にか誰かを愛し、愛されて、子を育み生きていく。その人生に疑問を持ったことなど、まったくなかった。
私が、リオン殿下に惹かれたのは、中等部に入る少し前。お父さまと一緒に宮廷を訪れた時だった。演習場で大人顔負けの攻撃用の魔術を練習中の殿下を見た。圧倒的な魔力。まっすぐで真剣な眼差しに胸が高鳴った。
絵にかいたような美しく強い皇子さま──それがリオン殿下だった。
私の気持ちはお父さまにもすぐ伝わったようだけれど、『皇族に嫁ぐのはやめておいた方がいい』と渋い顔をした。メルダナ公爵家には力がある。現状、皇太子は決まっておらず、政局は不安定だ。お父さまはそこに巻き込まれることに強い忌避感を持っているようだった。
お母さまは、「愛し愛されるのであれば、お父さまにお願いしてあげる」とは言ってくださったけれど。
中等部に入り、私はリオン殿下とお話をしたくて、はしたないと思いつつも、殿下の周りをうろうろしていた。
殿下は何をやっても優秀な方だった。ただ、ご身分が高いのと、優秀すぎるせいか、ご友人は少ないようにみえた。
私はといえば、入学から半年過ぎても挨拶をかわすのがやっとだった。殿下のファンである令嬢は多い中、挨拶ができるだけマシなのかもしれない。もっとも、殿下としてもメルダナ公爵家の私を無視するわけにはいかなかったのだろう。
そんな中、ダビー・アルマク先輩から、『領地経営研究同好会』の話を聞いた。私に、というよりは、殿下のファンのご令嬢全員に声をかけたという感じだったけれど。
実は殿下の所属する『魔術研究会』は一度体験に行ったことがあった。ただ、残念なことに、私はそこまで魔術の才がなくて、入部したらお荷物になることが目に見えてしまい断念した経緯がある。
殿下と同じ部活に入れれば、お話ができるかもしれない。
私はそんな軽い気持ちで『領地経営研究同好会』の門をたたいた。
同好会は人数が思ったより少なかった。
殿下のファンのご令嬢たちは、既に他の部活に入っているとか、お勉強の部活ということで躊躇したみたいで、集まったのは、主にダビー・アルマク先輩に交友のあるメンバーだけだった。
一年生は、私とアルマク先輩の妹であるアルキオーネさんだけ。
アルキオーネさんは、中等部の入学試験で首席をとった才女として有名だ。黒い艶やかな髪と黒曜石の瞳をもつ美人であり、アルマク侯爵家の令嬢でもあるため、リオン殿下、レジナルド殿下の婚約者候補の一人とされている。
そんな令嬢が、リオン殿下の一番の友人であるアルマク先輩の妹であるという事実に、私はショックを受けた。
挨拶をかわすだけでやっとな私に比べて、彼女は殿下に近い位置にいる。
何より、殿下が彼女を見る目が、優しいもののような気がした。
そんな中、官吏の入試問題をやることになって、彼女の優秀さをまざまざと見せつけられた。
中等部の勉強をはるかに越えた知識量だ。魔術省にはいろうとしているフィリップ・ランデバー先輩が感心するほどである。
「あなた、まさか侯爵令嬢の身で、官吏になるおつもりなの?」
てっきり、『そんなことはない』みたいな返事が返ってくると思っていたのに。
「今までそんなふうに考えたことはありませんでしたが、頑張ってみるのもいいかもしれませんね」
彼女は嬉しそうに微笑む。
上級貴族に生まれた令嬢とは思えない答えに私は驚いた。
「でも官吏などになったら婚期が遠のくのではなくって?」
思わずそう言ってしまう。
令嬢である彼女が働く必要などないし、むしろ相手の男性が嫌がる可能性が高い。
「それで遠のく縁談なら、なくてもいいかなーと」
アルキオーネさんはなんてこともないというように衝撃的なことを言い放った。
その後のアルマク先輩の様子から見て、普段からそういう考え方をする人なのだということが見て取れる。
それがとても新鮮だった。
次の同好会の日に、アルキオーネさんがクッキーを持ってきてくださった。
驚いたことに、彼女が厨房に入って、自ら焼いたものらしい。
アルマク先輩、ランデバー先輩の話からみて、それは珍しいことではないようだ。
「これ、あなたがお作りになったの?」
「はい。趣味なので」
驚く私にアルキオーネさんは、なんてこともないという顔で頷く。
上級貴族の令嬢が厨房に入って料理をするなんて、普通では考えられない。下々のものがするべきことをするなんてと、むしろ恥ずべき事とされている。
「趣味って……」
素朴なバタークッキーは、口に入れるとバターの香りが広がってとても美味しかった。
「美味しいわ」
とても驚いた。
そういえば、アルキオーネさんは調理部にも入っている『変わった侯爵令嬢』と揶揄されている。
彼女のしていることは淑女のすることではないかもしれない。だけれど。彼女のお菓子を食べるみんなの顔はキラキラしている。人を幸せにしているのだ。
思えば、ずっと私は『誰かに幸せにしてもらう』ことを夢見ていた。でも、アルキオーネさんは違う。自分が誰かを幸せにすることで、自分も幸せになろうとしている人だ。
幼い頃は私もお菓子を自分で作ってみたいと思ったことがあった。だけれど、それを口にすることはできずにいた。いけないことだと言われたことはなかったけれど、勝手にダメだと思っていた。
アルキオーネさんは、『淑女』という『枠』を平気で越えていく。それでいて、誰よりも優れていて美しい。
殿下をはじめ周囲の男性が彼女に惹かれていくのもわかる。
私も彼女のように、誰かの決めた『枠』を越えたい。いつの間にか、そう思うようになった。
青砂という孤児院を慰問中に、子供が一人倒れ、アルキオーネさんと殿下がその子を医務庁へ連れて行ったあと、周囲の空気は少しピリピリとした感じになった。
とはいえ、読み聞かせを途中でやめるのもおかしな話なので、私はデリックの冒険の音読を続けた。
デリックの冒険は、勇者デリックと相棒のグリフォンが世界中を旅するお話だ。小さい頃から私が大好きだったお話。
そういえば、お姫さまが王子さまと結婚するお話より、ずっと好きだった。
ところが、本を読み終えた時、一人の男の子が手を挙げた。
「ねえ、デリックは、どうしてグリフォンを倒さないの?」
「え?」
ありえない感想に頭が真っ白になる。
なぜ、相棒であるグリフォンを倒すという発想が出てくるのか。
「だって、グリフォンって魔獣でしょ? 悪いやつでしょ」
「悪いやつ?」
もちろん、グリフォンは魔獣だけれど。
物語の中で、デリックの一番の友達であり、家族でもある。そして、デリックとともに、人々の為に戦ったりもする。
信じられない言葉に、私は愕然となった。
「確かにその物語は、魔獣を美化していますね」
近くで聞いていた神官が、子供の意見に迎合する。
「そう考えると、実に有害な絵本といえます。このような絵本は子供に聞かせるのはふさわしくありません」
「嘘……」
幼い頃から大好きだった物語を全否定されて。しかも集まった子供たちから否定的な目を向けられ、私はどうしたらいいのかわからなくなった。
「あのさあ、子供はともかく、神官のあんたが、帝国で一番有名な物語の世界に文句付けるのって、どうなのさ」
いつの間にか傍に来てくれていたアルマク先輩が、私を非難した神官に向かってそう言い放った。
「そもそも、物語にいちゃもんつけるほど女神プロティアは狭量じゃないだろう? プロティアはもっと優しく寛大だろ? すべてを照らす太陽の神なのだから」
アルマク先輩は、私をかばうように前に立って話す。その背中がとても大きくて、たくましい。
「坊主、デリックがなぜグリフォンを倒さないか教えてやるよ。この物語、実は続きがある。グリフォンは冒険が終わった後、プロティアさまの力で、人間になるんだ」
「え? そうなの?」
子供は、目を丸くした。
「そうして、デリックと人間になったグリフォンは、また次の冒険へとでかけるのさ」
「へー。やっぱりプロティアさまはすごいんだね」
「ああ、そうだな。なんといっても太陽の神だから」
にかっとアルマク先輩は人好きのする笑みを浮かる。子供たちは満足のいく結末だったようで、笑顔になった。私を非難した神官は仇でも見るような眼で、アルマク先輩を見つめていたけれど、表立っては何も言えないようだった。その後、孤児院を出るまでアルマク先輩は私の傍から離れないでいてくれた。
「先輩、ありがとうございました」
「いや。別に。メルダナ嬢は何も悪くないよ」
なんてこともなかったかのように、アルマク先輩、ダビー先輩は首を振る。
本当に軽くいろんなことを飛び越えていく兄妹で……私にはとても眩しく感じられた。
「アルキオーネが骨折してしまって」
欠席が長引くアルキオーネさんの様子をダビー先輩に聞きに行った私をみて、少し気まずそうな顔をした。
「骨折ですか?」
「ああ。まあ、とりあえず大きな危険は去ったから、そのうちうちの屋敷に帰れることにはなったのだけれど」
例の孤児院の件があって、しばらくアルキオーネさんの安全が心配されていて椿宮に留め置かれていたらしいのだけれど、その椿宮での事故で、アルキオーネさんは骨折してしまったらしい。
神官長たちは捕まって、事件は解決したことはしたみたいだけれど。
「一応、メルダナ嬢にも話しておくよ。皇帝陛下が、リオン殿下とアルキオーネの婚約をアルマク家に打診してきた」
「つまり、正式なお話ということですか?」
「ああ。まだ、親父は返答していないし、アルキオーネも承諾してはいないけれど──」
ダビー先輩は非常に言いにくそうだ。
「俺個人としてはアルキオーネの安全を確保するためにはいい話だと思っている。メルダナ嬢には悪いけれど……」
「いいえ。私もそう思いますわ」
アルキオーネさんが龍の巫女である以上、これから先も危険が伴うことが考えられ、国家として、放置できないのも理解ができた。
「……すまない」
「ダビー先輩が謝られる必要はございませんわ。私、ずいぶん前から、こうなるような気がしておりましたから」
そう。リオン殿下の目が、いつもアルキオーネさんを追っていることは最初から気づいていた。
アルキオーネさん自身は私に気を使って、殿下と距離を置こうとしているみたいだったけれど。
「ですが、自分で思っていたより、ずっと冷静で平気なことに驚いていますわ。不思議ですね」
強がりではなくて。
こんなに穏やかな気持ちで、受け止められるとは思っていなかった。
「アルキオーネさんに、私のことは気になさらずとお伝えしなくてはなりませんね。私を理由に殿下を拒否するようではいけませんから」
「メルダナ嬢、そこまで無理しなくてもいい」
ダビー先輩は首を振る。
その黒い瞳はどこまでも優しくて。つい甘えたくなる。
「本当に、人たらしな兄妹ですこと」
私は小さく呟いた。




