遺跡
目が覚めてから二日が過ぎ、体はすっかり良くなった。
ただ私はまだ椿宮にいる。いなければいけないと言われている。
両親も兄も殿下も、それからジュテスト医師も理由を言わないが、どうやら私は何かに狙われているのかもしれない。体調は万全なのに、ここにいる意味は既にないのに。
ただ説明を求めようにも、みんなとても忙しそうなのだ。一応、私も空気は読めるので、あえて追及はせずにおとなしく従っている。今のところは。
外に出る許可は得られていないけれど、椿宮の中は自由にしていいと言われたので、とりあえず少し元気になったエディと散歩することにした。
とはいえ、エディは長期間による魔素の摂取、日ごろの栄養不足などがあり、ひと月ほどは経過をみなくてはいけないらしい。
「おねえさん。はしがある」
「そうだね。橋があるね」
私はエディと手をつないで、庭を歩く。
「むしさん、あるいてるっ!」
日本庭園を思わせる庭園には、池がありアメンボが水面をすべっていた。
「ホントだ! すごいねえ」
よく見れば広葉樹も多く、少し色づき始めている。
「アルキオーネさま、外は少し冷えますから、あまり奥までは行かれませんように」
「ええ。そうね」
ミーナに言われて、私は頷く。私はともかく、エディは完全に病み上がりだ。まだ無理はさせられない。
この庭園、全部見て回るとかなり時間がかかるだろう。少し起伏もあったりする。
「おさかながいる!」
「え、どこどこ?」
エディの指さす方向をみると、小さな魚影があった。何の魚かはっきりはわからないけれど、鯉ではなさそうだ。
「日本庭園に見えても鯉じゃないのねえ」
「なあに?」
「ううん。なんでもないよ」
エディはじっと池の中を覗き込む。
つい前世の感覚だと、巨大な錦鯉がいるような気がしてしまうのだけれど、さすがにそこまではないみたいだ。
よくみると小さな生き物がたくさんいる。網ですくったりしたら楽しいだろうなあ。さすがに宮廷の池でそんなことはできないけれど。
「わっ、あそこにもおさかな!」
「エディ、危ないよ」
身を乗り出したエディを私は慌てて支えた。
いくら庭園の池が浅いといっても、この子なら十分に溺れてしまう深さだ。
それにさすがに水遊びをする時期でもない。
「池の中がみたいのはわかるけれど、水に入ってはダメよ」
「……うん」
エディは少しだけしゅんとなる。
「あ、むこうに小さなおうちがあるから、あそこで休もうか」
私は水路の向こう側にある東屋を指さした。
「うん」
少しだけ小高い位置に作られたその東屋は、庭園を見渡せるように作られていた。
「アルキオーネさま、お茶にしませんか?」
「いいわね」
ミーナが水筒とコップを取り出した。実に準備がいい。
「エディ、お茶を飲もうか?」
「うん」
エディはコップを受け取り、可愛らしい仕草でお茶を飲む。
「今日はいいお天気ね」
「ええ。ですが、風が吹いてまいりましたので、そろそろお戻りになったほうがよろしゅうございましょう」
ミーナはショールをエディにそっと巻いてあげた。
「ぼく……まだ、あそびたい」
「うん。じゃあ、少しだけ遠回りして帰ろうか」
私は来た道と違う道を指さした。
「うん」
コップを片付け、私たちは来たルートとは違う道を歩き始める。方角的には、庭園の入り口に戻れるはずだ。
先程は橋をつかって水路を渡ってきたのだけれど、今度の道は水路の幅が狭くなっていて、飛び石で渡れるようになっているようだ。幅的に、エディでも渡れそうな距離だ。
「抱っこしようか?」
「ううん。ぼく、とべる」
エディはそういって、全く危なげなくぴょんぴょんと石を渡っていく。
ドレスを着ている私の方がおっかなびっくりなくらいだ。こういうことするなら、せめて乗馬服じゃないときつい。靴がヒールじゃないのが救いだ。
水路を飛び越えると、椿の木が並んでいた。
「あれ? ここ」
見覚えがあると思って、はっとなる。
ここは、私が見た未来視の場所だ。きちんと手入れされているし何よりまだ椿は咲いていない。
「ねぇ、おねえさん。りゅうがいる」
エディが指さした先に、青銅の龍のモニュメントが置かれていた。ちょうどエディが乗れるくらいの大きさと高さだ。
「わぁ。すごい」
止める間もなく、エディは龍のモニュメントの上にまたがった。
ガクン、と揺れ、突然、足元の大地がなくなった。
「アルキオーネさま!」
体が浮いたような気がした次の瞬間、大地に私はたたきつけられた。
「アルキオーネさま!」
「おねえさん!」
二人の声が聞こえる。
かなり上の方からだ。そちらを見ようと思ったが激痛ですぐに動けない。
「大丈夫」
叫んだつもりだが、声がかすれた。
体全体が痛いが、少なくとも腕と指は動く。
私は光玉の魔術の陣を描いて、打ち上げた。少なくとも生きていることはこれで伝わるはずだ。
真っ暗な上空に、打ち上げた光玉が輝いているのが見える。思ったよりは深くない。これなら、上から私の様子は見えるはず。
痛みが少し引いてきた私は、ゆっくりと体を動かしてみた。
「痛っ!」
上半身は動かせるけれど、足は痛くて動かすのは無理のようだ。
「ここは……」
目が慣れてきて、辺りを見回す。
洞窟のようだが、床はどうやら人工物。人が三人くらい通れるくらいの幅の道が、暗闇に向かって伸びている。
「まさか、これが──」
原作の『学院の赤い月』では、椿宮と学院をつなぐ地下遺跡があったはず。
その時、暗闇の奥に光点が生まれ、足音が近づいてきた。
「誰だ?」
聞いたことのある、誰何の声だ。
誰だったかと記憶をさぐり、私は思わず身構える。
現れたのは、シュリーマン神官長だった。




