椿宮
てっきり医務庁だと思ったのに、豪華なベッドで私は目を覚ました。
外は明るく、しかも日は傾きかけているようだ。寝すぎたせいか頭が重く少し身体がだるい。
「アルキオーネさま、お目覚めになりましたか?」
聞きなれた声。そちらを見ると、アルマク家の使用人で私付きのミーナだった。
「ここは?」
「椿宮ですわ」
「え?」
ミーナの説明によると、医務庁は賊の破壊行為のため、一部施設が使用できなくなったことなどを理由に、一時的に椿宮を解放して、ケガ人などの収容を行うことになったらしい。私はケガ人ではないから、その段階で家に帰すという案もあったらしいけれど、宮廷魔術師が引き続き様子を見たほうがいいという理由で、椿宮に運ばれたとか。
ミーナは昨晩からずっと、看病をしてくれたらしい。
「すぐにジュテスト医師をお呼びいたしますね。あと、旦那さまにもご連絡をしてまいります」
「ありがとう」
どうやら私はほぼ一日寝ていたらしく、もう夕刻らしい。夜中にかけつけた両親は、私の状態はそれほど悪くないことを確認して、とりあえず帰宅したとのこと。ちなみに、兄は、ずっと殿下の補佐をしているみたいだ。
ミーナから聞いた話では、昨夜の実行犯は既につかまり、取り調べに入っているらしい。とりあえず、賊は別として、幸いなことに医務庁関係者に死者はなかったと聞いてちょっとほっとした。被害が大きかったのは共同の仮眠室だったらしい。もっと遅い時間だったら、被害が大きくなっていたかも。
しばらくしてミーナがジュテスト医師を連れて戻ってきた。
ジュテスト医師は多忙だったようで、髭が伸びたままだった。
「すみません。ちょっと仮眠をしていたもので遅くなってしまって」
ジュテスト医師は頭を掻く。
「それはかえって申し訳なかったです」
ただ単に目が覚めただけなので、容体急変とかではない。呼び立てずにジュテスト医師の睡眠優先してもらったほうが良かった気がする。
「もう起きる予定でしたのでお気になさらず」
ジュテスト医師としては、私は医務庁の『英雄』なのだそうで、何より最優先事項だと、師長にも命じられているらしい。
「大きな異常はないようですが、魔力を限界まで使用したこともあり、もうしばらく安静にすべきでしょうね。アルマク嬢はご自身の膨大な魔力を使用するに耐える体力がなかったみたいです」
ジュテスト医師が診察をしながら告げる。
「上級魔術は、魔力だけでなくかなり体力を消耗します。だからこの国では、十六歳にならないと上級魔術を教えないようにしているのです。まあ、教わらなくてもあなたのように使えてしまう人もいるわけですが」
魔術は呪文を正しく知っていて、必要なだけの魔力量があれば、何歳でも使用可能だが、体力もある程度必要だ。特に初めて使う呪文の場合、加減が分からないため、必要以上に力を注ぎ込んでしまうせいで、消耗が激しいのだそうだ。
「少なくとも明日までは安静になさってください」
「わかりました」
別に痛いところはないのだけれど、ここで大丈夫だと意地を張ったら、かえって迷惑になりそうなので、おとなしく頷いておくことにした。
「ああ、エディという少年ですが、無事目を覚ましましたよ」
ジュテスト医師がにこりと微笑む。
「ちょうど、アルマク令息と殿下がご一緒にいらした時に目覚めましてね、あなたにお礼を言いたいと言っておりました」
「よかったです」
目覚めた時に一緒にいてあげたかったけれど、兄と殿下が一緒だったのなら少しは安心できたかも。
「じきにご両親もお見えになるでしょうけれど、先にお食事を運ばせますのでお召し上がりください」
「そう言えば、おなかがすいた気がします」
「でしょうね。少なくとも朝から今まで何もお食べになっていない訳ですから」
くすりとジュテスト医師は笑う。
「ご病気ではなく、燃料不足だという側面は否めませんから。しっかりお食べになって、体力を回復なさってください。ルシアーナさまもご心配なさっておられましたよ」
「ありがとうございます」
ジュテスト医師が立ち去ったタイミングで、ノックの音がした。
「アルキオーネ、大丈夫か?」
入ってきたのは、兄と殿下だった。私の目が覚めたことを聞き、のぞきに来てくれたようだ。
「はい。まだ少しだるいですけれど。殿下は大丈夫ですか?」
「問題ない」
殿下はニコリと微笑む。けれど少しだけ疲労の影があった。
「医務庁の事件についての捜査は近衛隊に任せて、私は孤児院の事件の方を追うことになったよ」
「昨日の賊は光輪派の過激な信者らしいから、完全に無関係ってわけじゃないみたいだけどな」
兄が肩をすくめて見せた。
「エディの証言から、定期的に魔素を服薬させられていた可能性が高くなった。それもかなり長期間にわたってね」
つまり、一度ならずも何度も龍の未来視を見るように強いられていたらしい。そしてその未来視をしつこく説明させた。
「エディは、船で足を滑らせて落ちる同じ未来視を何度も見ているらしい」
「なぜ何度も?」
「まだ幼いから、聞き取りしたところで、『寵児』なのか『巫女』なのかの判別がつかないのかもしれない」
殿下は眉間にしわを寄せた。
「おそらくあの子は『寵児』だろう。話によると、服薬させられていたのはあの子だけじゃないようだ。中には亡くなった子もいるらしい」
「……そんな」
龍の病にかかった人間にとって、魔素の服薬は命の危険が伴うことだ。
「確定的な証拠はないけれど、早急に踏み込む予定だ」
本来ならば、バックに神殿がいることもあるし、もっと慎重に捜査を進めてから行うべきだが、エディ以外の子供たちも保護しなければいけない。
「あのシュリーマンという神官長、最近急激に力をつけ始めたらしいのだけど、どうやら、それを支えていたのが、ポルダ夫妻の寄付金らしい。つまり椿宮の予算を横領して、勢力を拡大していたようだ」
「とりあえずポルダに話を聞いたところ、横領の教唆恐喝を認めた。神殿に踏み込むにはそれなりに手続きがいるから、陛下の許可を待っているところなんだ」
つまり。
あの神官長は、ポルダ夫妻を唆し、寄付金をせしめていたらしい。
「ポルダ子爵たちは、横領してまで寄付金をなぜ渡そうとしたのでしょう?」
私腹を肥やしていたドロワ男爵とは違って、自分になんの利益があるというのだろう。
「信仰、なのだろうな」
殿下は苦笑する。
「もう少しじっくりと調べる予定だ。すべてが分かったら君にも報告するよ」
「でも」
「君はもうこの事件と無関係ではないから。それにこの国でまだ、龍の加護を持つものを狙う輩がいたということは、今後の君の安全にもかかわることだ」
「だいたい、お前みたいな好奇心の塊を蚊帳の外に置いたら、かえって危ないだろうが」
兄がポンと私の頭を叩く。
「アルキオーネさま、お食事をお持ちいたしました」
「ああ、そうか。それじゃあ、しっかり食べろよ、アルキオーネ」
「私たちは、捜査に戻るよ」
ミーナがワゴンを引いて部屋に入ってきたのを合図に、兄と殿下はベッドから離れていく。
「くれぐれも部屋から出るなよ、アルキオーネ」
まるで私がすぐにでも飛び出していこうとしているかのように、わざわざ兄は念を押す。
ひょっとしたら。兄と殿下は何か隠しているのかもしれない。ただ、それについて考えるには、少し頭が重くて、私は考えることを放棄した。




