医務庁
「私の乗ってきた馬車に乗せよう」
殿下は男の子を抱いたまま、馬車止めに向かう。
「アルキオーネ!」
走ってきたのは兄だ。ただならぬ様子に慌てて追ってきたのだろう。
「ダビー、急病人が出た。医師に見せに行く。悪いが私とアルマク嬢の二人で行ってくる。後は頼む。いざとなったら私の名で押し通せ。護衛は半分残していく」
「わかりました」
手短に話す殿下に、兄はそれ以上質問せずに頭を下げた。
「ザーフナント、馬車を出す用意を」
殿下はそのまま皇室の馬車に男の子をのせつつ、御者の名を呼んだ。
「はい。ただいま」
馬の面倒を見ていた御者が弾かれたように、準備をはじめる。
「ロイスナート、隊を半分に分け、残りはここに残るメンバーを守れ」
「承知いたしました」
殿下が護衛騎士と話している間も、私は少年の頭を膝に乗せ、額を氷の魔術で冷やし続ける。とてもしんどそうだ。先程まで意識はあったのに、今は呼び掛けても答えない。眠っただけならいいのだけれど。
「殿下! お待ちください!」
神官長のシュリーマンが大声を上げて走ってきたようだ。
「その子は持病があって、動かすのは危険なのです」
「服薬している薬があるのか?」
殿下は冷静に問いかける。
「それは……」
「どういう病なのだ?」
殿下の質問にシュリーマンは口ごもった。
「心配なら、この子は医務庁に連れて行く」
「待って下さい。孤児を手続きなく連れだすのは規則違反です」
「それはあくまで孤児院のルールであろう? 法律にそのような記載はないはずだ」
「しかし!」
「連れ出すのが禁止なら、この子を私が引き取ろう。縁組に必要な書類を用意し、椿宮に送るがいい。斡旋料が欲しいというならくれてやる。これ以上皇子である私に文句があるなら、後日、正式に陛下に抗議の旨、言上すればよい」
殿下としては珍しく居丈高に言い捨て、馬車に乗り込み「ザーフナント、医務庁へやってくれ」と叫んだ。
動き始めた馬車をみて、さすがにそれ以上の抗議は無意味と踏んだのか、シュリーマンは諦めたのかそれ以上、彼の声は聞こえてこなかった。
「よろしいのでしょうか?」
さすがに不安を感じて、私は殿下を見る。
「大丈夫だ。あの手の輩は札束で簡単に殴れる」
殿下はいつになく意地悪い笑みだ。
「でも──」
「神官長がたとえ気に入らなくても、皇子である私相手に何かすることはできない。残してきたみんなが気になるが……」
「それは兄がなんとかすると思います」
さすがに荒事にはならないだろうし、ちょっとしたもめごとなら兄が口車でごまかして丸め込むはずだ。それに殿下も護衛騎士を残してきているから、危害を加えられるようなことはないと信じたい。
「ただ、ひとつ、気になることがあります」
「なんだい?」
確証がもてることではないと前おいて。
「先ほどの女性の神官の声。未来視で聞こえた女性の声に似ていたように思います」
「そうか……」
殿下の顔が険しくなる。
「だとするとやっぱり怪しいな。この子、あの時のアルマク嬢に似ている気がしていたんだ」
殿下はエディと呼ばれた男の子を覗き込んだ。
「ええと、つまり龍の病?」
「ああ。杞憂であればいいのだが」
この場合、龍の病そのものであれば、先程の神官長の様子もわからなくもないけれど。
あの時の私というのは、ゴルを服用して体調を崩した私のことだろう。
「憶測で物を言っても仕方がない。とりあえず、専門家の意見を聞くことにしよう」
「はい……」
私たちを乗せた馬車は、そのまま医務庁へと向かった。
医務庁に入るとすぐにジュテスト医師が呼ばれた。
本来なら殿下と言えどもアポなし訪問すべきではないのだけれど。
「ふむ……頻脈ですな……」
ジュテスト医師は男の子の脈をとり、意識のない男の子の指を白い箱に差し込むと、箱が激しく光った。
「これはひどい」
ジュテスト医師は顔をしかめる。
「命の危険があります。早急に処置いたしませんと」
ジュテスト医師は立ち上がり、人を呼ぶ。それから私の方を見た。
「アルマク嬢は、黒龍の息吹、でしたっけ?」
「はい」
「申し訳ございませんが、手を貸していただけませんか? 彼から水の魔素を緊急で抜く必要があります」
「待て。それは危険ではないのか?」
殿下が慌てて止めようとする。
「黒龍の加護を持つ彼女なら、速やかに吸着できます。いう通りにやっていただければ、それほど難しいものではありません」
「……わかりました」
私が頷くと、ジュテスト医師は箱から透明な石を二つ取り出し、一つを私に渡した。
「私の言う通りに続けていただければいいので」
「はい」
私は頷き、彼がするとおり、男の子の手に石をのせた。
「魔素吸着」
「魔素吸着」
石を通じて、私の体にも一気に魔素が流れ込んできたのが分かった。
透明な石が見る見るうちに黒色に変わっていく。
「すごい」
殿下が呟く。
「手を放しても大丈夫です」
ジュテスト医師に言われて手を放した。
見れば、ジュテスト医師のものより、私ののせた石のほうが圧倒的に黒い。
「あの……これはいったい?」
「おそらく、この子は、銀龍の加護を得ています」
ひとまず処置が一区切りついたところで、ジュテスト医師は説明をした。
「何の病だったのかはわかりませんけれど。龍の力が大きく働いていますが、どちらかといえば、無理やり他の魔素が体内に入ったせいでしょう」
「魔素が体内に無理やり入ることってありえるのか?」
殿下が首を傾げる。
「普通に食物から入ってくる魔素は微量ですので、あまり考えづらいですね。魔獣でも食べれば別ですが」
「魔獣ですか」
魔獣の中には珍味として食べられているものもあるにはあるらしいけれど、そもそも帝都のど真ん中で、魔獣を嫌う光輪派の神殿の管轄する孤児院で、そのようなものを食用にしているとは思い難い。
「つまりは、無理やり薬のような形で魔素を摂取したと考えられるのだな」
「ええ、そうです」
リオン殿下の問いに、ジュテスト医師は静かに頷いた。
「待ってください。ということは、どういうことですか?」
「誤診で服用させる可能性はゼロではないですが……」
ジュテスト医師は首を振る。
「あの時、男の子は何かに怯えていた。おそらく、誤診ではなく、無理やり服用させていたのだろう。目的は『未来視』だろうな」
「そんな……未来視は個人的なものしか見られないから、そのような実験動物のようなことは行われなくなったと、この前聞きましたが……」
国の重鎮ならまた話はべつかもしれないが、孤児の男の子の個人的な未来を知ったところで、一体何になるというのだろう。
「アルマク嬢。この前、アルマク嬢は『龍使い』が神官の中にいるのではないかと疑っていたな?」
「ええと。はい」
殿下の相談相手が神官である可能性が高いならという話だった。
「龍の寵児なのか、巫女なのか。それは……未来視を見てみないとわからないとザナン伯爵は言っていた」
「ひょっとして、それを見極めるためにということですか?」
そんなことの為に、こんな小さな子の体調を崩すようなことをするのだろうか?
「本当に龍使いであるなら、可能性はあると思う」
「そんな、バカな」
私自身が考えていたことではあったけれど。
神の教えを説く神官が本当にそんなことをしていたとしたら。
「許せません」
「そうだな」
私の言葉に、殿下は大きく頷いた。




