未来視
この国の魔術師を束ねる魔術師の塔の『教え長』は、いわば、塔で一番偉い人だ。国家権力的には主席宮廷魔術師のほうが上らしいけれど、その辺の力関係は非常に難しい。
とにかく一番魔術に詳しいのが教え長と考えれば、それほど間違ってはいないだろう。
「それでこちらのご令嬢が龍の巫女というわけですかね?」
「そう……なのですかね?」
ザナン伯爵の質問に思わず質問で返してしまった。
正直なところ、龍の寵児だと言われたのもつい最近のことだし、そもそも、よくわかっていない。
大体、龍の力が体に満ちてくるとかそういうものでもない。どちらかといえば、ただの『病歴』だ。そう考えれば、龍の力が反発云々も、禁忌事項ができたと思えば話は簡単である。何かワーッとすごいパワーでも湧くならお得感があるのだけれど。
「寵児でも巫女でも彼女にとってはどちらでもいいことです。彼女の未来視を変えるにはどうしたらいいかという一点につきます」
リオン殿下が横から口をはさむ。
まさにその通りだ。
「巫女の未来視の多くは、寵児の場合と違って、本人の選択ではないから、衝動を消費して止めるという方法ができません。一つ一つ情報を精査するしかありませんな」
「結局、そういうことですか……」
なんかがっくりだ。
「安全な未来などもとからない訳ですから、備えられることを良しとすべきでしょうね。残念ですが」
巫女の場合は、未来視よりも、何らかの『知識』を得ることが多いらしい。
言われてみれば、十歳の時、私は前世の記憶を思い出した。
「ああ、何か心当たりがあるのですね?」
ザナン伯爵がにこりと頷く。
「ええと、はい」
前世の話をしようと口を開きかけ、声が出なくなるのを感じた。苦しくはないけれど、言葉にならない感じなのだ。
「あなたが龍の力で知りえたことをそのまま人に伝えることはできません。禁止しているのが、神なのか龍なのかはわかりませんが」
ザナン伯爵は軽く肩をすぼめた。
「そのあたりが研究が進まない原因でもあります。巫女の持つ知識はその巫女によって違います」
「……わかります」
ようやく声が出た。
「ただ、一つ言えることは、あなたのみた未来視を回避するヒントは、すでにあなたの中にあるはずです」
「それは……なんとなく」
「しかしアルマク嬢、だからといって、異国に留学というのはあまりにも君に負担がかかりすぎる」
リオン殿下が口をはさむ。
「いっそ、私が君に危害を加えないように『服従』の呪文を使うとか──」
「殿下が私に服従するっておかしいですよ……」
服従の呪文を使えば、確かに殿下は私に対して危害を加えることはできなくなるけれど、皇族を服従させるって普通に考えて間違っている。
「その未来視で、リオンを唆す声は『手に入らぬものはない』といったのだな?」
「ええと、そうです。知らない声でした。ただ、声を聞いて誰かわかるかどうかはわからないです」
視覚情報が強すぎて、声の記憶はあまり自信がない。
「なるほど。つまり、その声の主は、アルマク嬢が『巫女』だと知っていて、殿下に龍を召喚させようとしていた可能性が高いかと存じます」
ザナン伯爵は顎に手を当て考え込んだ。
「私は別に、龍を呼ぼうと思ったことなど一度もないが」
「未来視はそれを見た時点で、何も変わらなかったらおこるであろう未来でしかございませんよ、殿下」
ザナン伯爵は静かに口を開く。未来は始めから絶対などありえないのだと、ザナン伯爵は念を押す。
「椿宮が荒れ果てるような未来になった場合に、殿下は龍使いの連中とつるんでいたかもしれないということですか?」
兄の指摘に、殿下は嫌な顔をした。当然、殿下には全く嬉しくない話だ。
「こんなことを考えたくはないのですけれど。もし、ルシアーナさまになにかがあって、横領の証拠もうまくつかむことができなかったら──殿下は真面目な方なので、気に病まれると思います」
ひょっとしたら。『学園の赤い月』のリオン殿下は、何もかもが上手くいかなかった世界線なのではないだろうか。それならば、愛に飢えた愛を知らない人物像になってもおかしくない。
「そうなれば陛下の叱咤激励も逆効果となり、殿下は孤独に苛まれてしまうことが想像できます。きっとそのような心の隙間を狙われるということなのではないでしょうか」
「なるほど。それが、龍の巫女の知識から推測したことだな?」
興味深そうに陛下が頷く。
「そう……ですね。これは声に出せるのですね」
言葉にできることと、できないことの違いはいったい何なのだろう。前世の知識をそのまま話すことはできないけれど、一度私の中でかみ砕いて私が考えたものなら大丈夫ということなのだろうか。
「ということは、リオンが孤独を感じなければいいのだな」
陛下に問われて私は首を傾げる。
孤独を感じる時なんて、人それぞれだ。人に囲まれていたって孤独を感じるときはあるし、逆に、常に人に囲まれていたらそれはそれで窮屈すぎる。
「失礼ながら陛下が時には父親の顔をお見せになり、殿下を愛しまれればよろしいかと」
「……そなたは儂に厳しいなあ」
「しごくもっともな意見ですな、陛下」
ふぉふぉっと、ザナン伯爵が笑う。
「私は別に孤独ではありませんから、お気遣いは無用です、陛下」
リオン殿下は少し嫌そうな顔で頭を下げる。
まあ、普通に考えて、十四歳の男子がお父さんに素直に甘えられる方が珍しいから、これは当然かな。
「しかし、アルマク嬢、そなた本当に息子の嫁になる気はないか?」
口調だけは軽いけれど、なんだか本気っぽさを感じさせる声音だ。
「陛下、皇子両殿下にはもっとふさわしいご令嬢がたくさんおられましょう。陛下は自分の嫁にするわけではないから、面白いと感じていらっしゃるだけです。それに家臣団の方も反対なさるはずですし」
「私は賛成いたしますけれどね?」
ザナン伯爵が横から話を混ぜ返す。
「龍の巫女であることが知られれば、それこそアルマク嬢は狙われるようになる。あなたを保護する意味でも、あなたの知識をこの国の未来に生かすためにも悪くない選択肢だと思いますよ。アルマク家は侯爵家ですから、家柄としても申し分ないわけですから」
「それは……困ります」
私は助けを求めて、兄の方を見た。
「陛下、せっかくのお申し出ですが、この場でアルキオーネが返答できるような問題ではないかと。どうしてもと仰るのであれば、両親の方を通じていただければと存じます。ただ──」
兄は私の方をちらりと見た。
「アルキオーネは、器量も悪くなく、頭もいい。龍の巫女の力もある。ですが、我が妹は通常の令嬢とは一風変わったところがございます。淑女らしい姿をお求めになられるなら、まったくふさわしくない。アルキオーネは厨房で料理を作り、男のように官庁で働きたいと思っている女性であります。そしてまた、そういうところがアルキオーネらしさでありますので、それを我慢させるような相手に嫁ぐのは無理だと思います」
「ダビー、お前な」
リオン殿下は少し呆れているようだ。
「ふむ。兄はそのように言っておるが?」
「まったくもって、兄の申し上げるとおりにございます」
さすが兄。私のことをよくわかっている。
「貴族の令嬢らしからぬと言われても仕方がございませんが、らしからぬ部分が私でございます」
だからそれで縁遠くなるのであれば、縁遠くてもいい。
「ふむ。ただまあ、儂としてはそこまで含めて、面白いと思っておる。まあ、あとはリオンとレジナルドがどう思うかだが、なあ、リオン」
「面白がるのはどうかと思います、陛下」
ほんの少し声を荒らげたリオン殿下の顔は少しだけ赤いような気がした。




