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私を殺すラスボスは兄の親友  作者: 秋月 忍
中等部編

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ルシアーナ妃

「ルシアーナさま、もしよろしければ、診察をさせていただきたいのですが」

「ええ、いいわ」

 ジュテスト医師が遠慮がちに口を開くと、ルシアーナさまは素直に頷いた。ほんの少しだけ、体が楽になったことで心に余裕ができたのかもしれない。

「では、ダビー、私と君は一旦、外に出ましょう。それから、そちらのお女中、神像についてお話ししたいことがございますので、一緒に部屋から出ていただけますかな?」

「たとえ、医師とはいえ、ルシアーナさまと男性をお二人だけにすることはできません」

 家政婦長はキッとした目でガデリ司祭を睨む。

「アルキオーネ君を残しておきます。目端の利く子ですので、ご安心ください」

「ですが──」

「バーバラ、大丈夫よ。ガデリ司祭の言う通りにしなさい」

「……承知いたしました」

 ルシアーナさまに命じられ、家政婦長はしぶしぶといったていで、ガデリ司祭と兄とともに部屋を出ていった。

 家政婦長の方が熱心なプロティア信者と聞いていたけれど、熱心な光輪派という意味で、ガデリ司祭にはあまり敬意を抱いていないようだ。

 三人が出ていくと、ジュテスト医師は丁寧に診察を始めた。

「あなた、もう少しこちらへいらっしゃって」

 ルシアーナさまに呼ばれ、私はベッドに近づく。

「あなたが神託を受けたと司祭様はおっしゃったけれど、神官ではないの?」

 神託を受けるということは神に愛されている証拠だ。年齢的な問題はあっても、すぐに神官に任じられることの方が多い。普通の人はあまり気にしないことだけれど、ルシアーナさまはプロティア教について、非常に詳しい人だから気になったのだろう。

「ルシアーナさま、彼女はアルマク侯爵家のご令嬢です」

 ジュテスト医師は横から口をはさんだ。

「侯爵家の? まあ、それならわかるわ」

 ルシアーナさまは一瞬驚いたようだが、私が神官にならない理由をそこにみつけたようだった。

「神官になるより、良いところにお嫁に行かれた方が幸せかもしれませんね」

 ルシアーナさまはにこやかに微笑む。

「ルシアーナさまのお世話は、先程の方、お一人なのでしょうか?」

 前から聞いてはいたけれど、あえてルシアーナさまに確認する。いくら病気とはいえ、いや、病気だからこそ。本来なら看護の人間が何人かいてもおかしくない。感染症なら、仕方ない面もあるけれど、そうではないのだから。

「ええ。いろいろとね。最近、物入りだから人が少なくて。恥ずかしいけれど寵愛を失うってこういうことなの」

 ルシアーナさまは苦笑する。

「失礼ながら申し上げます。政府の椿宮に関する予算の減額はこの五年間されてはおりません」

 私は声を潜めた。

「現在の状況の原因について、リオン殿下が調査中です」

「あなたはいったい?」

「彼女は、リオン殿下の婚約者の最有力候補です。ルシアーナさま」

 脇からジュテスト医師が補足する。いや、最有力ではないのだけれど、そこを否定していると、もっとややこしくなりそうだ。

「……リオンの?」

「人事に関しましては、ルシアーナさまのご病状ゆえ、補充のための面接等ができないためだと。そしてリオン殿下はまだ未成年ゆえ、代行するには、ルシアーナさまの委任状が必要であるものの、許可が頂けぬと伺いました」

「待って、それはどういう意味?」

 ルシアーナさまは首を傾げた。

「まだ誰が関与しているかは定かではありませんので、内密に願いたいのですが、椿宮では少なくない金額が何者かによって横領されております」

「横領ですって?」

「はい。人事の件もそれに絡んでいると思われます」

「……アルマク嬢」

 ジュテスト医師が手元の時計をみて、私に急ぐように無言で促す。あまり長くはガデリ司祭も家政婦長を引き留められないと言いたいのだろう。

「ルシアーナさまはなぜ、リオン殿下をお避けになるのでしょうか?」

「……それは」

「現状を変えるために、ここのところ毎日リオン殿下は妃殿下に面会を申し入れているはずです。ひょっとして、龍の病の『未来視』が原因でしょうか?」

 私は大きく息を整えた。

「先日、私も龍の『未来視』を得ました。このままでは、椿宮は近いうちに放棄されます」

「なんですって?」

 ルシアーナさまは驚きのあまりに咳きこんだ。ジュテスト医師がその背をなでて落ち着かせる。

「リオン殿下との対話を拒み続けて、何を守ろうとなさっているのですか?」

「待って。私にも質問をさせて」

 ルシアーナさまは私をじっと見た。

「あなたはアルマク侯爵家の令嬢で、リオンの恋人なの?」

「恋人ではありません。あえていうなら、リオン殿下の親友の妹といったところでしょうか」

「そうなのですか?」

 驚きの声を上げたのは、ジュテスト医師。なぜ驚かれるのかがわからない。

「リオンとの関係はまあいいわ。あなたも龍の寵児だと?」

「はい。ジュテスト医師にそのように伺いました」

 実際に龍の病にかかったのは十歳の時だ。

「龍がみせる『未来』は個人的なもののはずよ。あなたがどうして椿宮が放棄されることと関係があるというの?」

 疑われるのも無理はない。私とリオン殿下は婚約しているわけではないのだから、私が椿宮についての予知をみるのは、普通ならあり得ないことだ。

「おそらく、私が荒れ果てた椿宮の庭園で殿下に殺されそうになるからです」

 さぁっとルシアーナさまの顔が青ざめていく。

「落ち着いてください。殿下は高等部の制服でしたから、少なくとも二年は先の話です。未来は、変えられるはずですから」

 最初は私も怖いと思ったけれど。兄の言う通り、できるところから変えていくしかないのだ。

「リオンが……怖くはないの?」

「怖くないとは言いません。ですが、まだ何もやってもいないことで殿下を責めるのは間違っています」

 自分が私を傷つけると聞いた時の殿下の震えた声を思い出す。

 少なくとも今のリオン殿下が何の理由もなく私に害を与えるとは思えない。そもそも私とリオン殿下の間には、まだそこまでの愛も憎しみもないのだから。

「私とリオン殿下に何が起こるのかは全く想像がつきませんけれど、少なくとも椿宮の庭園を守ることはできると思います。横領事件の真相を暴くこと、ルシアーナさまが健康を取り戻すこと、その二点をクリアできれば椿宮が放棄されるようなことはないでしょう」

「それは……そうでしょうけれど」

「そのうえで、その後のことは考えたいと思っています」

 一点変えたら全てが変わるのかという疑念は確かにある。だけど、変えたいと願い、備えることが一番大切だ。

 備えてもダメだったなら、私はそれまでだったと諦めるしかない。

「あなたは強いのね」

 ルシアーナさまが呟く。

「私はリオンを刺してしまうの」

「ルシアーナさま?」

「覚えているのは、リオンを刺した感触と、リオンの服に広がる血のしみだけ。なぜなのかも、どこでなのかも、いつなのかもわからない」

 ルシアーナさまの声が震える。

「だから、リオン殿下を遠ざけているということですね」

 私の問いにルシアーナさまは頷く。

「リオン殿下の服はどんな服なのか、おぼえていらっしゃいますか?」

「わからないわ……血の色だけが赤い印象があるけれど」

 ひょっとしたら、ルシアーナさまの見た光景も私と同じモノクロだったのかな。

「血の色が目立つということは、薄い色の服でしょうね。でしたら殿下には、ルシアーナさまとお会いするときはしばらく血痕のめだたぬ黒い服などを着てもらいましょう」

「え?」

「それから、刺すというからには、刃物があるという環境です。お会いするときは、刃物のない環境を用意した方がいいでしょう。もちろん帯剣は禁止。鋏はもちろん、ペーパーナイフに至るまでない方が安心ですね」

 普通に考えるのであれば、病に伏したルシアーナさまが健康であるリオン殿下を簡単に害することは難しいはずだ。だから心配することはないかもしれないけれど、不安は一つでも取り除いた方がいい。

「ちなみに、そのお話は誰かになさいましたか?」

「バーバラには話したわ」

「そうですか……」

 それならたとえ家政婦長に悪意がなくても、ルシアーナさまの気持ちを汲んで、リオン殿下とルシアーナさまが会わないように立ち回る可能性はある。

「龍の見せる夢を払うには、プロティアさまにすがるしかないと彼女は言ったわ。私も……そう思っていた。でも安心はできなくて、息子を避け続けてきた。今、あなたの話を聞くまではそれしかないと思っていた。あなたはすごいのね」

「そんなことはないです」

 私は首を振る。

「それが正しい夢なのかはわからないと私に仰ってくださったのは、ジュテスト医師です」

「そう……では、私は相談すべき人に相談しなかったということね」

 ルシアーナさまは自嘲めいた笑みを浮かべる。

「今までごめんなさい。ジュテスト医師。確かにゴルを飲んだら体が楽になった気がするわ」

「ようございました。うまくいけば、視力はすぐにでも回復するでしょう。あとはできるだけ、無理をしてでもお食べになってください。毎日薬を服用し、食事をとっていれば、味覚も戻ってくるはずですから」

 ジュテスト医師はわずかに微笑んだ。少しほっとしたのだろう。

「ところで、リオンは毎日私に会いたいと言っているの?」

「はい。そのように伺っております」

 ルシアーナさまは首を傾げた。

「私が知る限り毎日ではないわ」

 ちょうどその時、扉の近くで兄が何か言っているのが聞こえてきた。おそらく家政婦長とガデリ司祭の話が終わったのだろう。

「……そうですか。私の聞き間違えかもしれません。どうか今お話ししたことは、誰にもお話になりませんように。それからもし、ゴルの服用を誰かがお止めになるようでしたら、『鬼まんじゅう』を食べたいとジムさんに伝えてください。そちらも含めて殿下と相談しますので」

 扉を叩く音がした。

 ルシアーナさまは私とジュテスト医師に軽く頷くと、入室を許可する。

「それでは、今日はこれでお暇いたします」

 家政婦長とともにガデリ司祭と兄が戻ってきたのを合図に、ジュテスト医師は頭を下げる。

「司祭さま、今日はありがとうございました。お弟子さんのお話も素晴らしかったわ」

 ジュテスト医師を無視するかのように、ガデリ司祭にだけルシアーナさまは挨拶する。私の話から、あえて変わらない態度をとる方がよいと判断したのだろう。

「いえ。少しでも早い快癒をお祈りしております」

 ガデリ司祭は特に何も気にした様子もなく、穏やかに微笑んだ。

合言葉はオニマンジュウ。

(どこまでも引っ張っていくスタイル)

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