予知
「落ち着いてください」
しんと静まり返った中、ジュテスト医師は冷静に口を開いた。
「龍が何をもってそれを見せるのかは謎ですし、それが正しい未来なのかもわかりません。そもそも鮮明に覚えていることは非常に珍しいことですし」
「私も龍の病にかかると、体内の魔力バランスが傾くことはよくあるが、そのような予言のようなものを得られるのはほんの一握りの人間だと聞いたことがある」
リオン殿下は青ざめた顔のままだ。
みなまで話してはいないけれど、私の様子からただならぬものを見たことを察したのだろう。
「おそらく、アルマク嬢はもともと魔力量が多いため、龍とのつながりが深いのでしょう。なんにしても医師の私が言えることは、ゴルのような魔力を補充する薬剤を服用することは危険だということです」
「……はい」
私は頷いて……それから気づいた。
「ルシアーナさまも龍の病ですよね?」
私は黒龍ゆかりだが、ルシアーナさまは確か『赤龍のまどろみ』だったはず。
「治療にゴルを使っても大丈夫かという意味でしょうか? ルシアーナさまの場合は、赤龍に大きく力を持っていかれていますので、赤龍由来の火の魔力を補充しないといけないのです」
「ええと、そのことではありません。すみません」
私は首を振る。
「まずはジュテスト医師、ありがとうございました。私の体調不調の原因については理解しました。ゴルの服用は致しませんし、治療が必要なのもわかりました。今後気を付けることはございますか?」
「しばらくは安静になさってください。数日は魔力の授業もお休みになられるとよろしいかと。診断書をお出しします」
「ありがとうございます」
私は丁寧に頭を下げた。
「一つお尋ねしたいのですが、龍の力が体内で働く時、寵児は何かを見るとおっしゃいました。ひょっとしたらルシアーナさまも何かご覧になったのではないでしょうか?」
「さあ? 私はうかがっておりませんし、そもそも万人がみるものでもないので」
ジュテスト医師は首を傾げる。
私のように『何かを見る』のはレアケースで、たいていは魔力が少し増えたりするとか、龍に係る魔術が得意になったりするくらいだとジュテスト医師は話す。
「実は、ルシアーナさまは頑なに殿下に会おうとなさらないので」
医師に話すこととは違うのかもしれないけれど。
「ひょっとして、何か殿下と妃殿下の間に起こるトラブルを防ごうとなさっておられるなんてことはないかなあなんて思ったのです」
「おい、アルキオーネ、話がぶっ飛びすぎだぞ」
兄は呆れたようだった。
「ルシアーナさまは、龍の寵児のお話はご存知なのでしょうか?」
「それは知っていると思う。皇族に入ったら、龍について知らないでは済まないから」
龍は帝国にとって脅威であり、恵みであり、神と近しいものだ。
「光輪派への傾倒も、未来を回避したいゆえのものかもしれません。私の推測にすぎませんけれども」
見えた未来が回避したいものであったのなら、頑なな行動も納得できる。
もちろん、悪夢のような予知をみたからといって、自分の命を削るように治療を拒絶したりするのは、極端な気はするけれど。
「……アルマク嬢、もう一度君が見たというものを詳しく教えてもらってもいいか?」
リオン殿下は意を決したように私を見つめる。
「椿宮の庭園が見えました。随分と荒廃していて人の姿はなくて、橋も壊れていました。水も止まっていました」
この前見た椿宮の庭園からは想像できないほどに、荒れ果てた光景だった。
「赤い椿の花が落ちていましたから、冬なのかもしれません」
モノクロの世界で、椿の花だけが赤かった。
「殿下は高等部の制服を着ていました。背は今よりももっと高かったかもしれません。殿下の前には、意識を失っている私がいました。どこかから声がしました。たぶん女性の声です。殿下には手に入らないものなどないと言っていました」
「誰の声?」
「わかりません」
私は首を振った。聞いたことのない声だった。
「殿下は嫌だと仰いながら、刃を手にしておられて……私はそこで目が覚めました」
「つまり、私は君を傷つけようとしていたということか?」
リオン殿下の声は震えている。
「わかりません」
私は俯く。
「要するにはっきりとわかるのは、椿宮の庭園が荒れているってことだな?」
兄が私に確認する。
「はい。冬枯れの時期というのもあるのでしょうけれど、まるで手入れされていない状態のようでした」
椿宮の庭園は冬こそ美しいとされている庭園だ。庭園の橋が壊れたのであれば、普通は修理するだろう。
「こういうことを言うのはなんだが、例の横領問題などもある。ルシアーナさまのご容態次第では、椿宮は放棄されるようなこともあるんじゃないだろうか?」
兄はリオン殿下の肩に手を置いた。
「アルキオーネと殿下の間に何が起こるのかはわからないけれど、まずは、椿宮をそんな状態にしないようにすることで、未来は変えられると思う」
「……そうですね」
まず最初はそこからだ。
「そこで思ったのだけれど、ジュテスト医師、今度ルシアーナさまの診察に行くとき、一緒にガデリ司祭と俺たち兄妹を連れて行って欲しいのだけれど」
「お兄さま?」
「とりあえず、光輪派ではないけれど、司祭が説得すれば、ゴルを飲んでくれるかもしれない。司祭に説明してもらって例のせんべい? を渡してみたら、案外うまくいくような気がするんだ」
「ああ、例の薬の味を消すやつですね」
ジュテスト医師は納得したようだった。
「司祭さまにご同行いただけるのはこちらとしてもやりやすくなるかもしれません。プロティア教の教義に背いてはいないと言っていただけるのは非常に助かります」
「……すまない、ダビー。アルマク嬢も」
リオン殿下はそっと頭を下げる。
「殿下が謝る必要はない。殿下はまずは、例の横領事件の調査の方に全力を傾けて欲しい。今は椿宮が荒れる原因を取り除いていくしかないのですから」
「それはそうだな」
リオン殿下は頷く。
ルシアーナさまの問題と横領の事件は別のものなのか、一緒のものなのかはよくわからないけれど、まずできることからやっていくしかないのだ。
「アルキオーネもそれでいいな?」
「はい」
私は頷いた。
「なあ、アルキオーネ。お前は、リオン殿下のことはどう思っているんだ?」
帰りの馬車の中で、突然兄が口を開いた。
「どうも何も、優秀な方だとは思いますけれど」
非常に頭が良くて、しかも心配りもできる人だ。
「そうじゃなくて。お前の話からみて、予知の話はどうみても痴情のもつれって感じだろう?」
「そうでしょうか?」
私は首をひねる。
もちろん恋愛が全く関係ないわけではない。
ただ、原作のアルキオーネが恋しているのは、リオン殿下ではなく、レジナルド皇子だし、リオン殿下が恋をしたのは、マイアだ。
アルキオーネとリオン殿下の関係は、よくわからない。
「殿下のことは嫌いではないですけれど、それだけですよ。殿下だって、私のことは何とも思っておられないでしょうし」
「そうかなあ」
兄は首を傾げる。
「殿下は割とお前のこと、気にしていると思うぞ」
「それはよくある珍獣枠の気にしているですよ」
リオン殿下の周囲にいないタイプだから面白いくらいには思われている気はするけれど。
「エミリアさまの方がよほどお似合いではありませんか?」
「うーん。それはどうかなあ」
「エミリアさまの何が不満なのですか?」
私は思わず、兄を睨みつける。
「彼女は家柄が良すぎて、殿下の身が危うくなる可能性がある。水面下では継承権争いはあるようだから」
それは何となくわかるけれど。
「俺としては、レジナルド皇子よりはリオン殿下の方がお前にあっているとは思う。同じ皇族に嫁ぐならという意味だけれど」
「お兄さま?」
「ただ、それはあくまでお前が殿下に惚れているならという意味だ」
兄はポンと私の肩を叩く。
「……考えすぎです。お兄さま」
「まあ、お前の中身を知って嫁にしたいと思うほど、殿下も物好きだとは俺も思わないけれどな」
兄はそう言って苦笑いをした。




