龍の病
遅刻。短め。すみません。
当たり前のことなのだけれど、帝国医師団に属する宮廷医師の診察を受けるのは本来なら『皇族』に限る。いくらうちが侯爵家だからと言って、ホイホイ診察してもらえるというものではない。
ゆえに、私は兄だけでなく、リオン殿下にも付き添われて医務庁に入った。
熱は既に下がっていて、頭はすっきりしているからいかにも大げさな気がして申し訳ない。
自分的には、ここまでしなくてもいいのにという想いは少なからずあるのだけれど、リオン殿下はとにかく診察を受けるべきだと譲らなかった。
「うちの主治医に診てもらえばいい気がするのですが」
「経過を知っている医師の方が話が速い」
「アルキオーネ、殿下の言う通りだ。一から説明するとなると、なぜおまえがゴルを服用したかとか、絶対聞かれる。それはやめた方がいい」
兄に言われて気づく。
いくらなんでもルシアーナさまの病状について話すのはまずい。
単に自分の興味本位でゴルを服用したとなれば、私は相当にヤバイ人間だ。
「……はい」
私は諦めて、ジュテスト医師の診察を受けることにした。
案内されたのはこの前と違って、ジュテスト医師の部屋だった。診察室というより、検査室という感じ。棚には、ガラスの器具がたくさんおかれている。調剤もここでするのか、机の上には乳鉢などが並んでいた。
説明は殿下が受付で済ませてくれたので、部屋に入るとジュテスト医師は私を椅子に座らせ、手を取って脈を図り始めた。
兄と殿下は私の後ろに置かれたパーティションの裏のソファで控えてくれている。
「やや頻脈です」
そうだろうか。あまり自覚はないのだけれど。診察でドキドキしているせいとは違うのかな。
ジュテスト医師は険しい顔をした。聴診器で心音を聞き、目、口をチェックされていく。
「こちらを指にはめてください」
四角い箱みたいなものを渡され、私は人差し指をその中に入れる。まるで前世のオキシメーターみたいだ。
なんだろうと思っていると、突然、その箱が光った。
「ああ……まずいですね」
ジュテスト医師はふうっと息を吐いた。
なんだか不安になる展開だ。
「参考までにお聞きしますが、アルマク嬢は龍の病にかかられたことがございますか?」
「龍の病……ええと、黒龍の息吹を十歳の時に」
「左様でしたか。そうと知っておりましたら、ゴルの服用をおとめすべきでした」
ジュテスト医師はさらさらとカルテを記入していく。
「殿下。アルマク令息、こちらへどうぞ」
ジュテスト医師は立ち上がって、殿下と兄を招いた。
「一般的にはあまり知られておりませんが、龍の病はなぜ、龍の名がつくかご存知でしょうか?」
「その年に龍の姿を見るから?」
「……そうではないよ、アルマク嬢」
私がそう言うと、殿下は首を振った。
「龍につながりのある病だから、そう呼ぶのだ。龍と繋がってしまった人間が、不調をきたすから龍の病だ」
「え? 本当に龍がまき散らしているということですか?」
龍が原因などと言われても、前世の知識がかえって邪魔して、頭に入ってこない。
「まき散らすという言い方は適当ではないです。龍の病に罹患するというのは、ある意味では龍の加護を得た、龍の寵児でもあるからです」
ジュテスト医師は険しい顔のまま立ち上がると、棚から小さな箱を取り出した。
「寵児って、でも、私は死にかけたと聞いておりますけれど」
「龍は一方的に力を送ります。あるいは、奪っているのかもしれませんが、龍の病を経た人間は多かれ少なかれ、その龍とつながりができます」
意味が分からない。
「もっともふつうの人間は、つながりができたと言われても気づくことはまずありません。あえて言うなら龍が持っている系列の魔力がほんの少し強まるだけですから」
ジュテスト医師は箱からこぶし大ほどの透明な石を取り出すと私に差し出した。
「魔素吸着」
ジュテスト医師の言葉とともに、私の手のひらに置かれた石が赤く染まり始める。
「しばらくの間、これを肌身離さずお持ちください」
「あの?」
「現在、アルマク嬢の体内では、龍の力が取り入れた火の魔力に反発しているのです」
ジュテスト医師は静かに告げる。
「熱が出たということは、龍の力があなたの中に入った異物の力を追い出そうとした結果です。とりあえずは、早急にゴルによってあなたの中に入った火の魔力を取り除く必要があります。龍の力が体内で働く状態は望ましくない」
「危険なのですか?」
兄が心配気に口をはさむ。
「龍は神とは違うけれど、神に近しい大きな力を持つもの。必要にその力を体内に感じることは人の身にはかなり負担になるでしょう。龍は器の体力まで気にはしてくれないようなので」
場合によっては器が壊れると、医師は首を振る。
「龍の力を感じるって言われましても」
鼻血出して、熱が出たという現象と龍がどうもつながらない。自分の中で魔力が膨らむ感じもないし。
「龍の力が体内で働く時、寵児は何かを見ると言う話です。私もよくは存じません。世界の秘密だったり、未来の予言のようなものだったりするらしいです」
ジュテスト医師は首を振る。
「未来の……予言?」
それを聞いて私は凍り付く。
「アルキオーネ?」
「私、見たかも」
声が震える。
「荒れた椿宮で高等部の制服を着たリオン殿下が私を……」
殺そうとしていた。
さすがに最後の言葉は口にはできなかったけれど。
何かを察したのか、リオン殿下の顔がさっと青ざめたのが分かった。




