相談
遅刻。短め。すみません。
翌日のお昼もロイヤルルームに四人で集まった。兄はともかく、私は殿下とこんなに近い距離感を維持して大丈夫なのか、かなり不安ではある。
つい忘れそうになるけれど、私は殿下に殺される運命なのだ。
とはいえ。今の殿下を見ていると、たとえ殿下がマイアに恋したとしても、私を殺すような人には見えない。もしそうなら、私がよほどマイアの命を脅かすような行動をするということだ。
現段階で殿下は人の命の重さを知らない病んだサイコパスではない。もちろん人は変わるものだ。それは私も含めてだけれども。
「結局、母上には会ってもらえなくて」
話を切り出したリオン殿下の表情は暗い。
なぜ、そんなにもルシアーナさまはリオン殿下を避けるのだろう。
あまり記憶が定かではないのだけれど。
原作で、椿宮の主はリオン殿下だった。おそらくルシアーナさまは既に亡くなっていたと考えられる。
あくまで推測でしかないけれど、こんなふうに、何度も母親に会うことを拒絶されていたら、孤独感は増していくのではないだろうか。
原作の『過去』のリオン殿下がこの問題にどう向き合ったのか知るすべはないけれど、原作の展開を回避するためにも、ルシアーナさまの病気を回復するように頑張るべきだ。
「いつから、そんなに殿下を避けるようになられたのですか?」
「体調を崩されてから食事をご一緒することがなくなって、自然に会わなくなった感じだけれど、避けられているなあとはっきり気づいたのは、ここ三か月ほど前くらいかな」
殿下が苦笑いを浮かべる。
愛しくて、つれない夫と似た息子に会いたくないというのは、まったくわからないというわけではない。
けれど、殿下と陛下は別の人間だ。少なくとも髪色は全然違う。陛下はレジナルド殿下と同じ金髪。もちろん髪色を除けば、若い頃の陛下にとても似ているという話はきいたことはあるけれど、そこまで息子を忌避するものだろうか。
「本当にルシアーナさま本人のご意思だろうか?」
兄がぽつりと呟く。
「どう意味だ、ダビー?」
食事をする手を止め、リオン殿下は兄を見る。
「例えば、間に立って取り次ぐ人間が、あえて二人を会わせないようにする、なんてこともあるのではないか?」
「それは、ポルダ家政婦長のことですか?」
兄はポルダ家政婦長に対して思うところがあるのかもしれない。
「ジュテスト医師の話では、ゴルの服薬に真っ向から否定的だったのはポルダ家政婦長みたいだった。現在ルシアーナさまの傍に仕えるのはほぼ家政婦長だけだろう? ルシアーナさまのご意思かどうか判断できないと思うんだ。まあ、俺が勝手にそう思っているだけだけれども」
兄はコホンと咳払いをした。
「現在、椿宮では人手が不足している。少なくとも料理長は人員の増員を要求していた。それを拒絶されている理由のひとつは人事権を持つ女主人であるルシアーナさまが病状にあられるということ。普通に考えれば、家令、もしくは殿下が代行するようにすべきだ。少なくともサイン一つできないほどの状態ではなさそうなのに」
意識がなくて昏睡しているわけではないのは、ジュテスト医師の話からもわかる。
「ルシアーナさまがそれを拒絶なさっているなら、傍にいる人間が殿下に相談してもおかしくないだろう? 椿宮の仕事が回らなくなって困るのはルシアーナさまと殿下だ。主のことを想うなら、一足飛びに陛下に直談判してもいいくらいだと俺は思う」
「人件費の変化がないから、本当に人員が足りていないのかは、現場の人にしかわからないことだけど」
少なくとも仕事が回っているうちは『回る』から『不必要』という判断をされる可能性はゼロではない。ただ、ギリギリで『回している』状態を良しとするのはブラック企業の考え方だ。宮廷の場合、そんなギリギリで回すほど切り詰めてはいないだろうとは思う。
「経費の件だが、ジムに確認したが、保冷箱も製粉機も購入したいと言ったことはないし、購入してもいないとのことだった」
そちらの方は既に確認済みだったのだろう。
「念のため、母上の面会記録を確認したのだが、バックス商会の訪問は記録されていなかった。もちろん、納入だけの場合、宮に記録は残らないかもしれないのだが、ドレスを面会なしで購入することはあまり考えられない」
「……なんて詰めが甘い」
「おい、アルキオーネ」
思わずつぶやいた言葉を兄に窘められる。
「ということは、ルシアーナさまのことはともかくとして、バックス商会の商取引に関しては、完全に『架空』もしくは『横領』の疑いがあるということですね」
「ああ。ニック・ドロワ男爵は何らかの形で関与しているだろう。単独犯なのか、共犯者もしくは黒幕がいるかはわからないが」
リオン殿下は首を振る。
「話は変わりますが、お母さまに昨日、ルシアーナさまについてお話ししましたら、近日中にお見舞いをすると仰っていました。公式に申し込みますので、断られるにしろ、正式なお手紙が来ると思いますわ」
メルダナ公爵夫人からの公式な申し込みを断るとしたら、やはり本人の直筆の手紙で断るのが慣例だ。本人が無理なら、リオン殿下が代筆すべきで、まちがっても使用人が勝手に書いたりしてよいものではない。
「それは助かる。ありがとう」
「いえ、これくらいどうということはございませんわ」
殿下にお礼を言われて、エミリアさまの顔が朱に染まる。なんて可愛らしいのだろう。
「ああ、それから、司祭の話だけど、知り合いの司祭に頼んでみようかと思っている」
「お兄さま?」
相変わらず謎に人脈の広い兄だ。
「ガデリのおっちゃんなら、割と話が分かるほうだから、引き受けてくれそうだ」
「ガデリ……フロド・ガデリ司祭ですの?」
エミリアさまが驚きの声を上げた。
「その人、有名なのですか?」
神殿の人にあまり興味がないので、私は思わず聞き返した。
「アルキオーネさん、ご存知ないのですか? フロド・ガデリ司祭は、次期大祭司の呼び声も高い方ですのよ」
「あれ? おっちゃん、そんなに偉いのか?」
兄はエミリアさまの話を聞いて、目を丸くする。
「あのおっちゃん、剣術部出身で、たまに試合見に来たりするんだよ。司祭なのに、めちゃ強いし」
「……意外な経歴なのですわね」
エミリアさまは信じられないというように、首を傾げた。




