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―初心者君だよね?
同じクラスにいるさ、安原ってウザくね?
既に正体がバレている。summermusicのグループにも知られているということだろうか。
summermusicから始まるアドレスに注意しときなよ。
どういうことなんだろう。悪口を言われるかもしれないから、注意しないといけないってことだろうか。
―そうなの?よく分からないけど。
―あの女、自意識過剰なんだよねー。
なんてーの?被害妄想だっけ?それに、優等生気取りだしさぁ。
まぁ、頭がいいのは事実だけど、ガリ勉だしねー。
メールの内容を見る限り、ただの愚痴に見える。
ただの愚痴なら、聞き流してしまえばいいか。
―そうなんだ。明日見てみるよ。そろそろ寝るから、おやすみ。
気付けば、もう十時になっていた。長い、一日だった。使いすぎたのか、頭が少し痛い。
でも、楽しい。時間の流れを、忘れるほど。
最初にバレた時は本当に焦ったけど、あと三週間、今度は僕が特定していく番だ。
このMTってシステムは、他の場所でも行われていいほど上手くできてる気がする。
ネットみたいに、不特定多数の友達を持っているような感覚でもある。
―まぁ、見てみなよ。おやすみー。
summermusicも、愚痴を言っただけだったし、注意しなきゃいけないほどとも思えない。
とりあえず、しばらくは様子を見てみよう。
風呂に入ってゆっくりしてから携帯を見たけど、メールは無かった。
僕は、ベッドに入ってすぐに眠ってしまった。
朝、起きると、メールが十件ほど入っていた。
summermusicでも、mellowでもないものばかりだった。
―平城ってウザいよね。マジどっか行ってほしい。
―広田ってヤツ、ほんとにキモいよ。
―クラスにいる萩、オタクだよね。
どれも、悪口ばかりだ。この人達全員がsummermusicのグループの人間なのだろうか?
だとしたら、野蛮という意味も分かる。ただ、悪口を言われている人の中に男子の名前もあった。
平城って人は確か、同じ班の男子だった気がする。単純に、男女が対立しているわけじゃ無さそうだ。
十件のうち、同じアドレスは二個しかなかった。summermusicのグループは人数が多そうだ。
とりあえず、僕は少しずつ言葉を変えながら、上手く受け流すように返信しておいた。
教室の雰囲気は一体どういう風になっているんだろう。
僕の足取りは次第に重くなっていった。
MTの世界でのことを現実世界へ持ち込んではいけない。
このルールがある限り、教室がMTの影響を受けることは無いだろう。
みんなは、僕の転校初日みたいに、明るい教室を演じ続けているんだろう。
僕は、教室の扉を開けた。
「おっす」
門脇は、既に席に着いていた。
「おはよう」
僕はそう言ってから教室内を見回した。何事も無かったかのような、普通の教室だ。
それでも、何人かは携帯を開いているけど。
「初日、どうだった?」
門脇が耳元でささやくように言った。
「…何のこと?」
「MTだよ。すぐ慣れそうか?ってこと」
門脇は周りを気にしながら言った。
「あぁ、うん。親切な人が、いろいろ教えてくれたからね」
僕も同じように、小声で返した。
「そっか。良かったな」
ネットと同じだ。いいヤツもいれば、悪いヤツもいる。僕は、上手くいいヤツを見つけられればいいんだ。
「おはよ」
自分の席に行くと畠さんともう一人の女子があいさつしてきた。
「おはよう」
僕はそう言って、畠さんの隣の人を見た。確か、この人が安原さんだ。見ただけで分かるはずも無いんだけど、メールの内容を思い返してみた。
「…何?」
安原さんが怪訝そうに尋ねてきて、慌てて僕は目をそらした。
「ごめん、なんでもない」
印象が悪くなったかもしれない。ふと思ったけど、多分もう遅かった。
―転校生君さぁ、前にいじめられたりしてたでしょ?
一時間目の終了後、携帯を見ると、こんなメールが届いていた。
しかも、summermusicからだった。
僕は転校理由を父親の転勤とみんなに言った。このクラスの誰かが数日で県外のことまで、わざわざ情報を集めに行ったとは思えない。
誰にも、言ってないのに。いくらなんでも、そこまでバレるわけがない。
―いじめられてなんてないよ?誰がそんなこと言ってたのさ(笑)
―んー、気のせいかなぁ。悪口にみんな返信するほど他人に合わせて嫌われないように頑張ってたのになぁ。
僕は、その言葉でようやく気付かされた。
今朝届いていたメールは全部、僕を試していたんだ。
僕は全部に返信してしまった。嫌われないように。summermusicの言っていることは、的確に僕の心理をついていた。
たぶん、返信内容や返信の有無でその人の性格をある程度特定するんだ。
僕は全てに返信してしまったし、悪口に対して否定なんかもしていなかった。
でも、ほとんどの人は他人に合わせるんじゃないのか?否定できる人もめったにいないはずだ。僕だけ、特別な返し方をしてしまったのか?
―ハハハ、頑張ったんだよ、アレ。朝っぱらから疲れちゃったよ。
―いじめられてて、メールする友達もいなかったせいで、打ち慣れてないせいでしょ。
完全にsummermusicのペースに飲まれそうだ。本当に僕がいじめられていたと分かっているのかもしれない。
僕は必死でどうやって回避するかを考えていた。
「ねぇ、次の理科、移動だよ?」
平城が話しかけてきた。
「あ、うん。ありがと」
僕は返信をしておこうか迷ったけれど、平城が待っているみたいだったから、やめた。
そういえば平城の悪口のメールも届いていたことを思い出した。そんなこと考えてる場合じゃないのに。
「夢中になるのもいいけど、授業に遅れるのはよくないから注意しなよ」
平城は笑いながら言った。
「打つの遅いから、知らない間に時間が過ぎてるんだよね」
僕は言ってから、打つのが遅いという言葉を後悔した。
日常会話にも情報は溢れてるんだ。打つのが遅いだけで、絞り込まれることもあるかもしれない。
「まぁ、そのうち早くなるよ」
平城は何も無かったかのように言った。
「うん。だといいけどね」
MTに慣れている人達は、洞察力に長けている。あと、情報収集能力にも。
どれだけ自分を偽れるか、どれだけ他人を騙せるか、それも、MTの勝ち抜き方の一つだ。
僕は、みんなに知られすぎているかもしれない。
もっと、騙さないと。