2─③ 使命─つかう/いのち─
〈まえがき・スペラトピア〉
遥成シンの住んでいる惑星。大昔に惑星の寒冷化が進んで移住してきた宇宙人が、自分たちにとっての理想郷としてデザインしたという。都市計画が進んではいるが、意外と科学力はそう高くない。近未来的。
なんとかシンくん(もとい、たぶんその身体の主)の傘を修理した私たちは、行き着いた喫茶店でそれぞれ注文をした。彼はアイスティー、私はクリームソーダ。あえて子どもっぽい飲み物を頼んだのは、「意外と可愛いもの頼むんですね!」と言われたかったからである。
そんな折、シンくんはこんな台詞から会話を始めた。
「じつはいま、お付き合いしている方がいまして」
やっぱり帰ろうかな、と私は思ったが、さすがに惨めすぎるので最後まで話を聞くことにした。
濡れた学ランは席のハンガーにかけてあり、爽やかなワイシャツが顔を出している。
シンくんは、決して明るくない顔でこう続けてきた。
「それが、この世界の危機に繋がるんです」
またか。世界の危機。
シンくんがそこで飲み物を勧める動作をしたので、私はクリームソーダに口をつけた。甘くておいしい。
外では、雨がどんどん勢いを増している。珍しいくらいの大雨だ。結果的には、着いてきて正解だったかもしれない。私たち以外には、客は誰もいなかった。
「お察しの通りかと思われますが、ぼくは別の世界から来ました。ぼくたちの世界では、星々がそちらでいう『大陸』、宇宙がそちらでいう『海』の役割を果たしています。それぞれの星の住民同士で連携がとれており、一個の巨大な世界文明を築いている──そんな世界だと認識してもらえたら」
「別の世界ね……なんだか久しぶりだ」
受け答えしながら、私はここ数年の自分について思い返す。中学二年生のときの一件があったあとも、何人かとは接触したけれど──そのどれもが、『なんとなくわかる』ってだけだった。あの事件みたいに積極的に接点を持つのは、レアケースなんだろう。
私はマドラーでクリームソーダをかき混ぜながら、旧い友人を連想した。
あの子、いまごろどうしてんのかな。
「ぼくは先ほど名前を出した、『スぺラトピア』という惑星で戦っていました。平和を乱す宇宙獣を、スーパー・パイロットとして迎撃するために」
「宇宙獣にスーパー・パイロットね。宇宙から怪獣が攻めてくるから、そいつが自分の星に危害を加えないように迎撃するのがあなたの役目だった、みたいな理解で大丈夫?」
「はい! その通りです、さすがですね」
健気に両手を合わせながら、シンくんはにこにこと私の確認を肯定してくれた。なるほど。
そんな大変そうなことをしていたのか。
……待てよ、っていうことは。
「もしかして、その『宇宙獣』がこっちの世界に来ちゃったのが、あなたがここに来た理由なの?」
「その解釈は半分正解ですが、もう半分は不正解ですね」
シンくんは切なげに目を伏せて、レモンティーに一度口をつけた。持ち上げられたカップから、果実の香りがこっちの鼻孔にまで漂ってくる。
あくまで淡々と、シンくんは告げた。
「その宇宙獣は、もとは普通の女性でした」
「それって……」
「はい。一年前のことです──惑星外調査のために遠くの宇宙へ旅をしたぼくの恋人は、道中で増殖・寄生能力を持つ『宇宙アメーバ』に襲われました。そのせいで、やつに寄生された彼女が帰ってくる頃には、すでに宇宙獣に変異していたんです」
コトン、とシンくんはカップを置いた。
──それは、なんと、言っていいのか。
いままでうら若き女子のアレがソレでどうだとか言ってたのが恥ずかしく、申し訳なくなるくらいの、悲劇じゃないか?
「ぼくは極大レベルにまで成長した彼女を、戦艦の砲撃で駆除しました。しかし、そのとき飛び散ったアメーバの肉片に、かろうじて自我が残っていたんです。ぼくはそれを、すぐにシャーレの中に閉じ込めました」
「そ、それは、まぁ」
決して引くわけじゃないけれど、すごい話だ。
愛していた彼女が事故で宇宙怪獣になったから、仕方なく戦艦を操縦して駆除し、でも余りの肉片に自我があったからそれは回収した、と。
まぁ、世界が違えば価値観も違うしな……。
「三週間前までは全く問題なかったんです。彼女とは電子信号を介して、簡単な会話もできていましたし。大好きな彼女を、ぼくは変わらず愛していました。ただ、ある日──」
「ある日?」
「あの子は消えてしまったんです。別の世界に」
と、シンくんは真剣な表情で言ってきた。
うん、まぁそうくるよね、と私は思う。
「これでようやく、さっきの無礼について説明できます。ぼくが小柴さんの鞄の中を透視したのは、もしかしたらそこにぼくの恋人が混入していないかな、と思って……。だけど、やっぱり女の子の持ち物を勝手に覗くなんて最低の行為でした。すみません」
シンくんはそう言うと、店員さんに怪しまれかねない勢いで、深々と頭を下げた。
私は慌てて、それを制止する。
「ちょ、ちょっとやめなって! あなたはいちおう、いまの外見は中学生の男の子ってことになってるんだからさ。私が年下の男の子をいじめてるみたいになっちゃうでしょ」
「えっ? ぼくの年齢は元々、十四ですけど」
「……そうなの?」
「はい。小柴さんは何歳なんですか?」
フシギそうにシンくんは尋ねてきた。
女性に年齢を聞くのも、ともすればマナー違反ととられかねない言動だけど……、きょうび聞かない話でもあるし、こっちの世界限定かもしれないのでよしとする。
私は素直に、「十六歳だよ」と答えた。
「そうなんですか! じゃあぼくにとっては先輩ですね」
話が逸れていることに気づいたのか、シンくんは頬を赤らめて「こほん」と咳ばらいをする。可愛い後輩仕草ではあった。
それにしても。
たったの十四歳で、そんな辛い境遇に立たされてるのか。
「鞄の中身を透視しちゃったこと、改めてお詫びします。ごめんなさい」
「いや、それはいいんだけど……」
煮え切らない会話に、私は歯がゆい気持ちになった。
私が言えたことじゃないけれど、いまの会話一つをとっても、ところどころ言葉遣いが幼い。
そりゃあ世界が違えば、言葉や年齢に関する価値観も違うのかもしれないけれど──それにしたって、身に余りかねない使命を背負わされてないか、この子?
眠くなる雨音と重めのトークテーマが合わさって、喫茶店内では異様な雰囲気が醸成されつつあった。
「最初の説明では混乱させちゃったかと思いますけど、今回のぼくの使命は、ぼくの恋人、もとい『宇宙獣177』を安全に連れ帰ることなんです。もっとも、宇宙アメーバが寄生して肥大化させた凶暴な部分はすべてぼくが駆除しているので、いまは元々の純粋な子に戻っているはず。さほど心配する必要はないかと」
「なるほど、それならよかった。私のところには報告に来ただけ、って感じかな?」
「ほとんどそうです。あとは手がかりがないか気になったのと、帰る際に近くにいなきゃいけないので、いまのうちにコネクションを、と思いまして」
ふむう。
まぁ、私が口を出すことじゃないのか……? 普段の使命がどうだとは言っても、今回はどんな形であれ、一度は喪った恋人と再会したいというのが彼の気持ちらしいし。
止めようがないし、関わりようもないな。
「この身体のこととか、もっと話したいことがあるんですけど、とりあえず少し席を外しちゃいますね。すみません」
シンくんは立ち上がって、お手洗いのほうへ去っていった。その間、私は二年ぶりの異世界とのまともな接触に、感じ入っていたのだけれど──シンくんが完全に見えなくなったのと同時に、とある人がこっちに近づいてきた。
この喫茶店の、長いピンク髪のウエイターさんだ。
私たちはシンくんの案内で、適当な店に入っている。身体の主であるあの冴えない男の子が知っていた場所なんだろうか……。行きつけの店でもないので、私は当然、そのウエイターの彼女のことも、全然知らなかった。
だからこそ、両手を後ろに回した、ドレススタイルの彼女が、テーブルの間近まで来て話しかけてきたとき──私は咄嗟に対応できなかったのだと思う。
「シンくんと、はなした?」
と、彼女は聞いてきた。
──え?
聞き間違いかもしれないと思って、私は答えられずにいた。その女の人の声は、およそ人間の、ましてや接客人のものとは思えないくらい、か細かったからだ。
私が何も言わないのを見ると、ウエイターの人はさらに続ける。
「シンくんと、はなし、ましたか?」
「え、まぁ、はい……」
やっと確信が持てたので、そう答える。
なんだろう──二年前のケースと同じなら、異世界から来た人物の姿は元の持ち主の姿と同じに見えるはずだもんなぁ。少なくとも、この世界に生きる一般の人たちには。じゃあ、あれかな。元の持ち主の名前もたまたま『シン』といって、何か勘違いさせてしまったのかな? 見たところ私と同じ未成年だし、色々と縁がある人だったのかな、うん。
呑気に、そんなことを考えていると。
ウエイターの彼女は後ろ手に隠し持っていた、長い鎖の先に大きなトゲトゲの鉄球がついた古き良き武器──モーニングスターをぶん回し。
さっきまで私たちが手をついていたテーブルを、
一振りで、
真っ二つに叩き割ってみせた。
「ころすね」
それが、最後の言葉。
私が本当のマジの全力のダッシュでその子から逃げ出す前に、最後に聞こえた言葉だった。
〈あとがき〉
急展開……その前にリアタイ勢の方、更新遅くなってすみません!!! しばらく体調不良や忙しさでダウンしていました……。忙しさは据え置きなのですが、お待たせしたぶん逆に更新スピードを上げたいなと思っています! で、できれば……。




