②─2 双星─ふたつ/ほし─
〈まえがき・遥成シン〉
惑星スペラトピアの若きスーパー・パイロット。持ち前の誠実さと勇気で、数々の危機を救ってきた。宇宙戦艦『イズミ』をはじめとする様々な乗り物やロボットを操縦し、平和を脅かす宇宙生物を駆逐する。
冬の雨は時雨という。もとは冬のはじめごろから中ごろにかけて、つまり昔でいう十月とか十一月に降るものをそう呼んだらしいけれど、すっかり異常気象と温暖化が定着した現代においては、十二月ごろに降る雨を時雨と呼んでも罰は当たらないだろう。
というわけで、あいにくのそれだ。
「泣きっ面に蜂といえば、そうだよね」
お昼ごろ。学校から宿題を回収した私は、その直後に強い雨に打たれ始めた。
どうやら天気雨のようではある。このまま学校のそばのあばら家で雨宿りをしていてもいいのだけれど、宿題をやるには早く帰れたほうがいい。困った、せめて駅まで向かえればいいんだけど。
そんなことを考えていたときだった。
「うわ、雨か」
と、声が聞こえる。
顔を上げると、中等部の校舎で男女が顔を合わせていた。
雨に阻まれて、二人の表情はよく見えない。けれどなんとなく、男子のほうが女子のほうをちらちら見ているのはうかがえた。しばらく観察していると、どうやら男子は傘を持っていないらしく、女子の傘に入りたいと思っていることがわかる。
女の子のほうはそんな意図を察してか知らずか、鞄から折り畳み傘を出し、一人で広げてしまった。
「じゃ、先に帰るね」
「え……」
「ごめんね、私は塾があるから。それじゃあまた明日」
言って、そっけなく女の子は去っていってしまう。帰り際、つぶれた酒屋の軒先で雨宿りをしている私とすれ違ったけれど、とても急いでいるようには見えなかった。
しばらくすると、傘を持ってなかったはずの男の子が、鞄から折り畳み傘を広げて校門を出た。
どうやら、下心がバレていたらしい。
県立丁半高校は中高一貫校の高等部で、隣の校舎に県立丁半中学校を擁している。高等部の生徒のうち、三割くらいは内部進学勢だ。その事情が、私がクラスに馴染みかねている理由の一つでもある……たぶん。
中等部の男の子は、さっきの女の子と同じルートで私のほうへ向かってきた。そして通りがかる際、びゅっと風が吹いて、男の子の折り畳み傘をコウモリ型に半壊させた。
「……もうっ!」
男の子は愚痴って、私のいるあばら家の屋根の下に入ってくる。裏返った傘を修理する際に雨に濡れてしまうからだろう。
ありふれた光景だったけれど、現在進行形で青春をミスっている私にとっては、もはやこんなのでも眩しくて仕方ない。今日は少し濡れてでも帰っちゃおうかな……。よく考えたら、私は中学生の頃と違って財布も持っているのだ。たまにパン屋でのバイトもしている。コンビニでビニール傘でも買えばいい。
そんなふう、なんとなく諦めがついたときのことだ。
「やっと見つけました」
と、声がした。
それまでとは違う声色で。
脳裏に浮かんだのは、十四歳の頃に出会ったとある奇矯な友人のことだった。あのときもたしかこんなふうだった気がする。私がその場から去ろうとして、引き留められる。さっきまでとは印象の違う声で。
けれど、今回のケースはそれとは決定的に違う。
声は、きりっとしていた。
ゆらっ、ではなく──きりっと。
とっても真面目そうな男の子の声だ。
「…………」
人違いかもなぁ、と思って私は雨の中に進むことにした。
「ちょ、ちょっと待ってください! ぼくはあなたに声をかけたんです」
さらに呼び止められて、私はいよいよ逃げ場をなくした。観念して振り返った私は、そこで目を疑う。
さっきまでそこにいた、何の変哲もない男の子の頭に──近未来的なゴーグルが装着されていた。
耳の辺りに白いパッチがあって、そこから伸びている青い半透明の板が、目元全体を覆っている。やがて、私たちの世界で他人と話すときは帽子をとるのが礼儀であるのと、たぶん同じように──その男の子は右の耳元のボタンを押し、目元の板をしまってみせた。
そして、お辞儀をしてくる。
「はじめまして、ぼくは遥成シンといいます。よろしくお願いします!」
ぺこり、と彼は深く頭を下げた。
容姿は一見して、十四歳の男子中学生のそれだった。着ているものは何の変哲もない学ランだし、髪型も一山いくらのショートカット。それでも、例のゴーグルと、溢れんばかりの『ぼくは異世界人です』オーラが、この雨の景色から彼を浮かせている。
「小柴未来来、だけど……」
「よかった、合ってたんですね! 小柴さん、さっそくですがお願いがあります」
そう言うと、遥成シンと名乗ったその男の子は、私のもとにささっと駆け寄ってきて、いきなり私の両手をとってきた。
ふえっ。
私、異性と手を繋ぐの、小学生以来なんだけど。
「ぼくはしばらく前、全校集会のときにこの世界へ来ました。小柴さんはこの世界の『特異点』なんですよね。最近あなたの周りで、何かおかしなことは起きませんでしたか?」
「……現在進行形で起きてるけども」
「いえ、そうではなくて。たとえば、見知っていたはずの人物や近くにいた誰かが、あるとき突然、別の人格と入れ替わってしまったというような」
さっきと答えが変わらないことに気づいたのか、遥成シンくんはばつが悪そうに手を離して、
「ぼく以外で」
と言った。
雨がぽつぽつと降り続ける。
「いや、最近は特に……」
「そうですか。それならよかった」
遥成シンくんはきょろきょろと辺りを見回して、あどけなくこう言った。
「このあと、時間ありますか? よかったら少し、お茶だけでも──色々とご説明したいことがあるから」
心の中でのこの子のあだ名が『ナンパくん』になった瞬間だった。
うん……、これはどっちだ? 悪いやつなのかいいやつなのか、まだわからない。身につけてる装備は悪役っぽいけど、ぱっと見の態度や表情は、とても悪いやつには見えない気がする。
とはいえどちらにしても、私は宿題をやらないといけない。
「ごめんね、ちょっとやることがあって」
「なるほど。もしかしてその鞄の中にある、数学のワークがそれですか?」
と、びたりと言い当てられ、私は警戒した。
身構えて睨みつけると、遥成シンくんは慌てて胸の前で両手を振る。
「す、すみませんっ! ちょっと調子に乗っちゃいました。このゴーグルで、うっかり目に入っちゃったので」
彼は耳元のボタンをもう一度押し、例の半透明の板を出してみせる。
「透視能力でもあるの? それ」
「はい、そうです」
私は彼をじーっと睨む。
じーっ、と。
最初はピンと来てない様子の遥成シンくんだったけど、しばらくして視線の意味がわかったらしく、さっきよりも取り乱して学ランを揺らしてきた。
肩に水滴のついた学ランの袖を。
「ご、誤解です! ぼくは決して、小柴さんの身体は見てませんからっ!」
「……本当に?」
「本当です! スペラトピアのスーパー・パイロットは、断じてそんな真似はしません! このゴーグルは透視する対象を選べるんです!」
「じゃあ、うら若き乙女の私物の鞄を内緒で透視したこと自体は、認めるんだね」
私が言うと、遥成シンくんはばつ悪く頬を染めて、
「う……そうです」
と、視線を逸らした。
ふうん。
この、純朴そうな男の子が私の鞄を、ねえ。
「話くらいは聞いてあげてもいいよ」
と、私は急ハンドルを切ってそう答えた。
小柴未来来には一つ弱点がある。
基本信じられないほど異性にモテないので、ピュアな男の子の言動にはどうも付き合ってしまうのだ。
〈あとがき〉
エクストリーム皮膚炎レベル999999、みたいなのにかかってます。療養しつつ進めていく……。冬に雨が降るとなんとなくうれしいです。




