①─10 的中─クライマックス─
〈まえがき・転香〉
悪の組織『イバラバラ』の幹部にして、宇宙植物ジェラキのエキスを身体に取り込んだ怪人。冷たい星で育ったジェラキは、意外にも地球ではサボテンに近い性質を持っている。
もう一人の組織の幹部である汐止とは日夜ケンカをしており、そのせいでせっかく追い詰めた『ザクラ』に何度も反撃をくらっている。必殺技は、触れたものを凍らせる《凍った砂漠》。
「ぐ、ぐぬぬ……。こんな逃げられない場所で呼び出すなんて」
かいざは両腕を頭の上に伸ばして、二本の角を不安げに撫でている。昨日と同じだ。やっぱり、どこか気まずそうにしている。
それこそ水臭いよな。
一昨日会ったばかりでも──かいざも、もう私の友達なのに。
「んー、しばっちったらサドだよねっ! 明保ちゃんに直接『かいざ』って声をかけたら、わたちが出てくるしかなくなっちゃうもんね。さすがだね、サドっちかもしれないね。ぺちぺちぺちぃだ」
「かいざ。単刀直入に聞くけど、私のこと避けてない?」
私の言葉で、かいざは「ぎくっ」と、上目遣いで硬直した。背をずいぶん丸めてるのは、たぶん無意識なんだろう。
さすがの私も、昨日の今日で会えた相手に「避けてる」なんてことはふつう言わない。そんな重いやつじゃない。
けれど、かいざの態度は昨日から、目に見えておかしいのだ。
「もしかしてだけど、軽い気持ちで戦いに巻き込んだ『特異点』の私が一度とはいえ死んじゃったから、距離をとって、自分一人で戦おうとしてるんじゃないの?」
「さささ、さぁ? なんのことだろ? わたしにはわかんないな」
「それも気になる──いま自分のこと、『わたち』じゃなくて『わたし』って言ったよね。その辺も演技臭さのことも含めて、話してもらいたいんだけど」
かいざの目はめちゃくちゃに泳いでいた。本当に嘘とかつくのが苦手なんだろうな、という感じだ。
さっきかいざが言っていたことは、当たっている。はじめ意図していなかったこととはいえ、私は逃げられない状況に、かいざを追い込んだ。
かいざの立場から考えると、自由気ままに動いて私と日野さんを引き離すわけにはいかない。日野さんが私と会おうとする限り、それは『日野明保の意志』による行動だから、かいざが勝手に止めるのはルール違反だ。
そして私が日野さんに「かいざ、出てきて」と言って、かいざが何のアクションも起こさなかった場合──私はそのまま、日野さんに「愛夢かいざという別世界の存在が、あなたの身体を乗っ取って悪いやつと戦おうとしているんだよ」って、全部の事情を喋ってしまえる。当然、大事な公演を控えている日野さんはショックを受ける。これも、『日野明保の自由』を毀損する展開だ。
つまり、かいざは、日野さんに対して律儀すぎるがゆえに、私から逃げることができないのだ。
「……どうしても、話さなきゃだめ?」
「だめ」
かいざは目の泳ぎを止めて真剣そうに言ってきたけど、それで動じる私じゃない。『人の目』の変化には慣れている私だ。
諦めたように大きく肩を落としてから、かいざは申し訳なさそうに語りだした。
「しばっち──ううん、未来来ちゃんの言う通りだよ。わたしは、わざとちょっと変な子みたいな喋り方をしてる」
「やっぱり。どうして?」
「元の世界での話。わたしね……、恥ずかしい話なんだけど、付き合ってる男の人がいたんだ」
かいざは胸の辺りに両手を添えた。
そろそろ日差しが強くなってきてる。じりじりと顔の肌が焼けてきたけど、呑気に汗を拭けるような雰囲気ではなかった。
「でも、普通に暮らしてたある日──その人は、イバラバラの幹部に氷漬けにされた」
「氷漬け?」
「うん。今後五十年、目が覚めることはないんだ」
と、かいざは言った。
相応の重さは覚悟してたけど……、やっぱりこたえる。
どいつもこいつも。
ヒーローには、過酷な過去があるものなのか?
「それが、わたしが『ザクラ』に変身する力をもらった半年前のこと。いまのわたしは十四歳だから……、次に彼氏が氷の中から目覚めるときには、わたしはもうおばあちゃんになってるんだ」
「そう、なんだ」
「あの人はわたしをかばってくれた。適合値が高いとかなんとかで、イバラバラから狙われていたわたしを守るためにね。でも……、なんだかやってられないなって。周りにいる人が自分のせいで傷つくくらいなら、最初から誰も近づかせないほうがいい。だから、普段はわざと変な性格の子を装ってるんだよ」
仮面をかぶってるんだ、とかいざは言った。
──平和になるまで。
──恋人が目を覚ますまで。
その間は本当に信頼できる人間しか、自分の周りに寄せつけない。
「聞かせてくれてありがとう。でもさ、一つ言っていいかな」
「なに?」
「その問題って、私の件でもう解決してない?」
周りに迷惑をかけたくないから、自分の世界に閉じこもる。
私が、いままでやってきたことだ。
私がそう言うと、──偉そうに説教を垂れてきた張本人であるところの愛夢かいざは、むきになったような怒り顔で抗議してきた。
「未来来ちゃんのこととはわけが違うの! 周りに引かれちゃうとかそういうのじゃなくて、本当に命のやり取り。だから……」
「同じだよ」
私は言った。
かいざの顔面に、人差し指を突きつけて。
「過去にどんなに悲しいことがあって、どんなに臆病になってしまいそうでも、それは、これから幸せになろうとしないことの理由にはならない。少なくとも、私たちの世界では」
わーお。
大マジで言ってるのが自分で信じられないくらいの啖呵だな。
かいざは言い訳でもするみたいに、俯いて、両方の手を合わせてうじうじと手いじりを始めつつ言った。
「似た者同士だからかな、未来来ちゃんのことは頼ろうとしちゃった。でも、この世界の『特異点』と普通の怪人の間に、あんなに力量差があると思わなくて……」
「けど、あれは私が勝手に間に入っただけ。そうじゃなきゃ、守りきる自信はあったんでしょ?」
「まぁね。でも、結局帰ってこられたとはいえ、未来来ちゃんを傷つけちゃった。こんなわたし、ここにいる資格ないよ……。いっそもとの世界に帰って、別の子に協力してもらえるだけのエネルギーを集めてたほうがいいくらいなんだと思う」
「まだ帰さないよ。かいざがそんなに自分を責めるんだったら、私はこの世界で、かいざが笑っていられるように戦う」
「…………わ、わわ。急にかっこよすぎないです?」
「当たり前のこと、ちゃんと言葉にしてるだけ」
いままでできなかったこと。
友達のおかげで、できるようになったこと。
「思い出くらい作らせてよ。平和になっちゃったら会えないんでしょ?」
「……うん」
「じゃ、参戦決定。私も戦う」
私は姿勢をほどいて、山下に吹く風を感じた。ちょうど太陽が雲に隠れたタイミングで、一層涼しさを享受する。
かいざは、
「うう──しばっち、好き!」
って、私に抱きついてきた。
「結局そのキャラでいいのかよ」
「ずっとこうしてるうちに馴染んできちゃって」
とのことだ。
それで私に抱きついてきてるあたり、なんか、素の愛嬌を隠しきれてないような気もする。私との違いはそこかな。
せっかくの涼しい風が台無しだけど、まぁいいだろう。時間がもったいないから、そのまま話す。
「私の能力──頭に浮かんで来た言葉をそのまま言っただけだけど──『開幕』は、たぶん対象にとった相手の能力を借りられる力。その証拠に、私が『カスミザクラ』に変身したとき、かいざは逆に変身が解けていた」
「う、うんっ。急に力の輪郭がぼんやりして……、気づいたときには、変身が解除されてたよぉ。頑張りすぎるとよくあることだから、あんまり気にしてなかったけどぉ」
私に抱きついてきているかいざがぐわんぐわんと揺れているので、私やかいざの声も揺れて聞こえる。
大きくなったり、小さくなったり。
まるで私たちの自意識みたい。
「その力を私も扱うために、一つ確認しておきたいことがあるんだ──昨日の戦闘のことだけど、私って、最後にかいざに応援してもらったでしょう? 『がんばって』って」
「うんうん、だね」
「あのとき、私には特に力が強くなった感覚がなかったんだよ。私がかいざを応援したときみたいに、目元が輝いたりすることもなければ、パワーも湧いてこなかった。なんでだと思う?」
んー、と考える声が頭の後ろから聞こえる。
これ、いつまで続くかなぁ。
「そうだねぇ。昔、仲間の子と変身アイテムを交換したことがあるんだけどね」
「ちょ、ちょっと待った。変身アイテムとかあったの?」
「え、あるよ?」
「全然見えなかったんだけど」
「そりゃあ、わざわざ見せるようなものでもないからねぇ」
かいざは当たり前みたいに、ゆらっと間延びした声でそう言った。
そっちの世界だとそうなの?
「そのときも同じ現象が起こったかな。ダメもとと、純粋に応援したい気持ちで『がんばって』って言ったけど──効果がないこと自体はうすうす予想できてた」
「そっか……」
じゃあ、私が戦闘に出るのは難しいかな。
「そうでもないよっ! あのね、そのとき仲間のゆきちゃんが研究してくれたんだけど──『ザクラ』を応援するときに大事なのは、『位置』なんだって」
かいざは私の後ろから、そう言った。
位置。
それだけ聞いても、何もわからない──どういうことだろう?
「身も蓋もない現実なんだけどね。『ザクラ』の力が応援されるほど強くなるのは、その人の身体の中に通う植物のエキスが活性化するから。つまり──その植物のエキスに向けて声をかけることが大事なんだって。物理的に」
物理的に。なるほど。
つまるところ、かいざの身体──もとい、日野さんの身体──があるところに声をかけなきゃいけない、ってことか。
「その『植物のエキス』ってやつは、いまは日野さんの身体の中にあるってこと?」
「いやいや。さすがにそんなアブナいことはできないからねぇ──この世界に来るときに、わたちの精神と一緒に転送してきたんだよ。明保ちゃんが肌身離さず持っている、このお守りの中に」
かいざはようやく腕をほどくと、健康的なハーフパンツのポケットからお守りを取り出してみせた。それは文字通り、お守りだった。表面にも『御守』としか書かれてなくて、効能はよくわからないけれど、この北閥丸神社で売っているものであることはたしかだ。
神様を信じている日野さんらしい。
私は神を信じこそすれ、信用はしていないのだけど。
転送してきたっていうのは、たぶん私のところに来た手紙と同じケースなんだろう──人間のように明確な意思疎通が可能なものは魂しか転送できないけれど、小さくて軽い有機物はそのまま送れるって感じか。
「じゃあ、もし私が戦うことになったら、自分じゃなくてかいざか日野さんに注目を集めないといけない、ってことか……」
「わたちに向けられた応援がちゃんとしばっちの力になるかは、まだなんとも言えないけどねぇ」
「うん。それは今度実験しなきゃ」
そう言って、なんとなく別れる流れになる。
この世界において、愛夢かいざはいつまでも愛夢かいざではいられない。いくら記憶を埋め合わせできるとはいえ──身体の主である日野さんが不審に思ったり、生活に影響を出したりしない範囲でとどめておく必要がある。
そして今日の場合、そのタイムリミットはそろそろだろう。
他ならぬ私も家に帰って、『タイフーン戦士』と『カードキングバースト』と『しゅがしゅがパール』の、日曜朝のキッズ番組三シリーズを見たい頃合いだし。
ほかにやることも、あるし。
「じゃあ、今日はこの辺かな」
「うんっ! それと、えっと、しばっち……ほんとに、ありがとね」
「まぁね。せいぜい感謝するといいよ」
私の軽口に、かいざは「ふふっ」と笑ってくれた。
──可愛い。
いままであんまり意識してなかったけど、いい顔をする子だ。
「半年前。『カスミザクラ』になりたての頃ね……、先輩ザクラのさいばちゃんに、言われたことがあるんだ。
『ヒーローってのは、二人いるんだぜ。一人は、人知れず人のために戦う自分。一人は、平和な世界で誰かのためにがんばる自分。両方大切にできるようになってからが、本当の一人前だ』って」
「……へえ」
ずいぶんいなせな先輩がいたものだ。
結局誰かのためにがんばっている辺りは変わらないし、仕事量としては一人前どころか二人前と言ったほうがいいような気がするけれど、でも。
「その意味が、なんとなくわかってきた気がする」
と言ってくれたかいざの、満足げな笑顔を見ていると──迂闊に水もさせなかった。
どうしてあっちの世界の人たちが、この世界を救うための人選にかいざを選んだのか、わかる気がする。
「じゃあこれから共同戦線だねっ! 今度こそ、絶対に守りきるから」
「頼んだ。私はマジで狙われたらすぐ死ぬし」
自分でも清々しいくらいの頼りきる宣言をして、私たちは解散した。正確に言うと、神社から学校までの間にある小ぶりの山を一つ一緒に越えながら、途中までは一緒に歩いた。
その間は、普通に友達としての会話をした。
そっちの世界にはどんな文化があるの、とか。好きな食べ物の話とか、流行ってる音楽の話とか。かいざから振られて、好きな人がいるかどうかとかも聞かれた。全然いねえよと笑い飛ばすか身の周りの人がみんな好きだと答えるかで迷って、後者を選んだら、本気だと思われてドン引きされた。
そのようにして、ダンスレッスンを控えた日野さんと、世界を救う使命を宿したかいざと、ただの一般人である私は別れた。
そして。
「……さて」
学校の正門前で、私は小さくつぶやく。
私は、そこで止まった。学校があるというだけで、見た目はただの住宅地。横断歩道を構える道路のうち、市立鏡ヶ丘中学校があるほうの歩道に、私は一人で立っている。
校舎に掲げられた時計を見るに、時刻はちょうど七時くらい。
待っていると、大人が一人、やって来た。
ほかの人通りはない。
私は意を決して、その人の前に立ちふさがった。意に介さないその相手に、畳みかけるように指を突きつける。
「私、一年生の頃に悪質な嫌がらせを受けたことがあるんです」
そう言った。
「明らかに嘘だってわかる内容の、崩れ字で書いたふざけたラブレターを下駄箱に入れられました。それの封筒の中には、カミソリの刃も入ってました」
怪訝そうにこちらを見つめるそいつに、言葉をぶつけた。
剝き出しの言葉を。
「とても厭な気持ちになったので、担任の先生に相談しました。私だって幸せになろうとしたんです。でも先生は子どもの戯言だと、取り合ってくれませんでした。そのとき私は、被害者であることに慣れてしまったんです──だからあなたのことが、私は自分と同じくらい大嫌いです。でも、いまはそれよりも、言いたいことがあります」
「なんだ、小柴」
「こっちの世界では、日曜日に学校はないんですよ」
私がそう言うと、二年二組の担任である鹿島先生──もとい。
世界征服を目論む悪の組織『イバラバラ』の幹部にして、氷の能力を持つ怪人であり、現在は日本の中学校のいち教師に憑依しているところの異世界人・転香は、ゲスい笑顔でこう言った。
「そうだったんですかぁ。それなら早く教えてくれたらよかったのに」
転香はあっさりと、それまでの堅物そうな伸びた背筋を砕いて、長めの黒い前髪を左手で掻き上げた。露出したその額には、小さいトゲが何本も生えている。
だから、いま教えてあげただろ。
〈あとがき〉
かいざの事情と、言い渡す罪状。次回からテンポアップします!
前回も書きましたが、想像以上に多くの方に読んでいただけてとても嬉しいです! が……まだまだ上に行きたい!! 本作はまだ始まったばかりの物語──ブクマや評価、X(@mukotsu_tomiya)のフォロー、拡散等して更新をお待ちしていただけると、もっともっと喜びます!!
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