第56話 【閑話】レーナ宅での休息
それは、樹海が平穏を取り戻した翌日。
攻略対象2人と小さな精霊姫1柱は、当然の様にレーナ一家の住む、領主館に程近い一軒家を訪れていた。
家族揃って午後のひとときを、ハーブティーと菓子で楽しもうと、居間のテーブルを囲んでいた時だ。
「2ヶ月ぶりのお休みで、しかもっ、家族水入らずの日だったんだけど?」
迷惑の二文字がありありと浮かぶ、憮然としたレーナに、訪問者らは気圧される気配もない。
「ふん、レーナに人生を狂わされた私たちを差し置いて、自分だけ平穏に過ごそうとは。甘いな」
『そーよ そーよ! あたしだってこんな姿で、彼の居ない街に帰って来るはずじゃなかったのよっ』
「おれだって レーナも居ない王都に連れてかれてたけど がんばって、さがしてきたんだぞ! やっと見つけたのに ここに泊まろうとしたら、コイツが ダメだって、おれのこと引っ張ってくし」
「当たり前だろ!」
不貞腐れて唇を尖らせるアルルクに、エドヴィンが冷笑で声を荒げる。
着の身着のまま、旅支度も計画もなく樹海にやって来たアルルクは、当初気心の知れたレーナ一家の元に身を寄せようとした。だが、それを察知したエドヴィンが、領主館へ連れていったのだ。厚遇はされており、今アルルクが纏う服も、昨日の鎧ではなく素材も仕立ても一流の貴族服だ。
「お前が幼馴染みでも、看過できん。レーナは、我がドリアーデ辺境伯家の庇護を受けたご令嬢だ。そこに、お前のような素性の知れん、目立つ鎧姿と髪色の男が寝泊まりしては、どんな風聞が立つか……」
『羨ましいのよね』
澄まし顔でご託を並べるエドヴィンに、肩に乗った小さな精霊姫が悪戯っぽく笑いながら余計な一言を付け加える。
「んなっ!?」
「そんなに庶民の暮らしが気になってたの? 確かに気は張らないかもしれないけど、不便だと思うわよ」
動揺するエドヴィンの意外な好奇心に首を傾げながらレーナが答えれば、緑の少女は俯きながら肩を震わせている。
和気あいあいとした様子に両親が頬を緩ませ、母が追加のハーブティーのカップ3客を盆に乗せて運んでくる。
「それにしても、アルルクちゃんったら随分男らしくなって!」
「織物家業が合わねーみたいだって、お前の親父がよく溢してたが、こんな成りになる素質があったんなら仕方ねーなぁ。いっぱしの剣士になってとーちゃん、かーちゃんを喜ばしてやれや!」
父母が、一年あまりですっかり大きくなったアルルクを前に声を弾ませる。
「1年間やすみなしで 王都のスッゲェやつらに鍛えられたからな! 自信もついたんだ!」
はにかんだ笑顔で言うアルルクが、隣家として付き合いの深かったレーナの家族に紛れて、居間のテーブルに着いているのはまだ分かる。
長方形のテーブルには、長辺側にベンチタイプの長椅子がそれぞれ1脚置かれている。父母は、その一辺に並んでおり、向かい側にレーナと、その他メンバー――右手にアルルク、左手にエドヴィンが着席し、小さな精霊姫は、エドヴィンの肩の上に腰掛けていた。




