第37話 【攻略対象 辺境伯令息】帰らせない。精霊姫の執着
地図を頼りにゆっくりゆっくりと一行は進み続ける。その間、精霊姫の絶叫どころか獣の鳴き声一つ響かない。
何者かに固唾を飲んで見詰められている、べったりと纏わりつく気配を感じる。
(これは、精霊姫の気配かな。嫌なくらい執着質な気配ね。伝説になるくらい昔から愛し続けるなんて普通じゃないもんね)
じりじりと進み続ける。
随分歩いたと感じた頃、何度目かのボタンサイズの小型発光器を見つけた。弱々しい光しか放たない古いものの傍には、明るい光を放つ新しいものが置かれている。
「え? 誰かが先にここに来たの?」
「いや……」
レーナの呟きに、眉間に皺を寄せた苦々しい表情でエドヴィンが応える。それからレーナの傍をそっと離れ、地図を手にした執事と、同行した領兵をまとめる隊長の男を呼んでひそひそと話を始めた。
「どうしたの?」
「レーナはちょっと休憩していて」
微笑んで返すエドヴィンの表情は、珍しく美しすぎる陶器人形の顔を思わせるもので、咄嗟にレーナは鳥肌の立った腕をコシコシとさする。
「―――から―――で」
「――なので、―――でも」
ひそひそと囁くように話す彼らの表情は、日常会話を交わすような何でもない様子だ。だが、エドヴィンの美しすぎる表情に違和感を覚えたレーナは、きょろりと周囲を見渡した後、小さくため息を吐いて彼らの元へと近付いた。
「同じ場所をぐるぐる回らせられてんのね?」
「っ! レーナ、そんなことは」
「さすがに気付くわよ。エドの顔を見るだけでも、おかしいことがあったって分かるもの」
「だが大丈夫だ、地図の通りならじきに精霊姫の祠に着く! そしたらすぐに屋敷へ帰って―――」
『帰らせない』
エドヴィンの言葉に被せて、同行者でない女性の声が響く。と同時に、地面に灯った小型発光器はおろか、領兵らが手にした携帯用の魔道灯の灯りまでもが一斉に消えた。
樹海が、月の無い闇夜に沈んだかのように、一筋の光も差さない暗黒に包まれる。
音すらも闇に飲まれたのか、無音の時間が過ぎる。
感覚では、恐ろしく長く感じられる虚無の時間。それが明けたと実感出来たのは、ほんの数秒の後、一行が持ち込んだ全ての灯りが再び光を取り戻した時だった。同時に、纏わりついていた妙な気配も消え去っている。
「何だったんだ、今のは」
「明かりが消えただけ……か?」
領兵らが、魔道具を確認しながら口々にさざめき会う。暗闇が去ったとこで安堵の空気が流れるが、状況は急変していた。
「ねぇ! エドがいない!!」
素早く周囲を確認していたレーナが叫ぶ。
(やられた! 精霊姫にジロジロ見られてるみたいな、変な感じがするとは思ってたけど……。まさか人攫いなんて!)
樹海へ入ってからずっと感じていた、執着質な気配に警戒を抱いていたレーナは、暗転を境に、急に消えたその気配を、何かコトを起こし終えたからだと確信していた。
そして精霊姫が執念を向ける相手とは――と考えれば、すぐに答えは導き出せる。
案の定、と言う訳だ。




