第38話 【攻略対象 辺境伯令息】『約束の花』と『代わりの男』
周囲の暗転を境に、エドヴィンの姿が忽然と消えた。
逸早く気付いたレーナが「エドがいない!!」と訴えるも、同行者らは半信半疑の様子だ。鬱蒼とした樹海の中で、ほんの僅かな間に物音も立てず居なくなることなど普通では考えられない。
「エドヴィン様に限って、そんなはずは……」
だから蒼白になりながら、辺りを見回す執事の感覚は普通のものだ。けれどその言い草は、1年前にここで一人暴走の挙句迷子になったレーナと比較してのものだろう。切羽詰まった状況といえど、それなりにショックは受けるレーナだ。と、同時になんとか名誉を挽回してやろうとの気合が沸き起こる。
領兵らも大声でエドヴィンを呼び、捜索を始める。けれど、見付からないのは勿論、攫われたか、歩き去った――どちらの痕跡も何一つ残っていない。
「明かりが消える前に聞こえた『帰らせない』って声は、これまで聞いていた精霊姫のものだった。だから、エドは彼女のところに連れていかれたんだと思う!」
確信めいた思いのあるレーナをよそに、領兵の隊長と執事は、エドヴィンが一時的に周囲を探索している可能性も有ると主張して、領兵3名をその場に留めることになった。残りの人員は、彼の連れ去られたと思しき精霊姫の祠を目指して、再び足を進め始めた。
幾ばくも経たず、祠を目指す一行は暗転前の迷宮状態に逆戻りさせられた。
先へ進もうとすれば、戻される。かといって戻れば居残り組のところにすんなり戻る。何らかの働きかけによって、迷わされていることが容易に推測できる異常さだ。
(何なの妖精姫!? ゲームじゃあすっかり弱ってる儚げな雰囲気だったのに! 樹海の奥にエドを囲い込んで、他の人間を近付けないなんて、随分と元気に好き放題やってくれるじゃない! 攻略対象が監禁されるなんて、何よそれ!!)
―― 良いんじゃない? 彼のお陰で精霊姫は満足したみたいだよ ――
突然、1年前に聞いたのと同じ超常の声が響いた。頭の中に直接語り掛けて来る声だ。今回もまたレーナにしか聞こえていない様で、この暗がりの中、はぐれない様に至近距離を歩く領兵や執事が何の反応も示していない。
―― 『約束の花』と一緒に、待ち侘びた愛しい男によく似た『代わりの男』まで手に入れて、すっかり元気を取り戻しているんだ。邪魔しちゃだめだよ ――
(約束の花、ね。やっぱりネリネの花に意味があったのね)
青年の言葉に、予測の域を出ていなかった考えを肯定されて、ようやくすとんと腑に落ちたレーナだ。
ずっとこの地――この世界に暮らす人々は気付かなくても、他の世界から来た異なる視点を持つレーナだから分かった「当然だと刷り込まれた故に、気付かないモノ」がそれだった。
朝になれば太陽が昇るのと同じくらい、常識として捉えれられている事は、いくら調査したところで挙がるわけがない。
(けど代わりの男って……エドヴィンを初代辺境伯の代用にするつもり? そんなのおかしいでしょ)
―― だって、君は彼を何とも思っていないでしょ? なら問題は無いじゃない ――




