第3話 【前世の記憶】ひたすらリュザスを追い求めて
【30分前の部屋の主】
「ハレムエンド来たっ! くっ……わたしの主義には反するけどこれはゲームよ! ゲームっ」
弾んだかと思えば、ぶつぶつと不満げな声が響くのは、壁際に有るベッドだ。
一際多くのグッズで埋め尽くされたベッドには、深夜3時をとうに過ぎたというのに未だ寝る気配のない部屋の主が横たわっている。
仰向けで、天井に向かって突き上げた両手でスマホを捧げ持つ黒髪黒目の少女――羽角 玲緒奈は、その煌々とした画面を瞬きもせず見つめる。
「周回12巡目……全攻略対象コンプリート……全試練最高ランククリア……隠しルートっ……今度こそ!」
熱に浮かされたように呟く声は、18歳とは思えないほど掠れている。
画面を見つめる目の下には濃い隈がくっきりと居座り、見つめる目も充血してうっすらと涙が浮かんでいる。黒目がちな大きな瞳がチャームポイントの「庇護欲そそる美少女顔」も台無しな有様だ。
まだ体力気力みなぎる高校3年生、大学受験まで残り半年を切った玲緒奈に本来ならソーシャルゲームにのめりこむ時間など存在しないはずだった。けれど、このゲームだけは別格なのだ。
出会いは、まだ本格的な受験勉強に追われる前の2年生になりたての頃。気付けば、SNSやテレビで映し出される、このゲームのリリース情報に視線が吸い寄せられていた。そのゲームはいわゆる乙女ゲームと呼ばれるジャンルの物で、6人の攻略対象者との甘い恋愛を楽しみ、結婚を目指すもの。更なる特徴として、背景となる世界の荒廃を食い止めるイベントが同時に展開してゆくことが挙げられた。選んだ攻略対象によって荒廃を防ぐ様々な試練イベントが起こり、好感度の上昇率と、試練の解決度合いにより衰退速度が変わる仕様だ。
そして今回、ついに玲於奈は全攻略対象者との好感度を最高値に引き上げ、すべての試練を完全クリアすることに成功していた。
(今度こそ来てっ! 推しルート解放っ!! 神様、仏様、リュザス様っ、お願いしますっっ)
けれど、スマホに向かって願掛けする玲於奈の祈りも虚しく、表示されたのは煌びやかなヒーローたちに取り囲まれながら、華やかに微笑むヒロインのハレムエンドスチルだ。これも大変だったけれど、玲於奈が目指したのはこれじゃない。
「くぅぅっ! また攻略相手とのハッピーエンド止まりって!? もぉ! 世界救済エンドは!?」
今回も荒廃が止まるルートには辿り着けなかった。最難関と思われたハレムエンドすら世界救済には結びつかないらしい。ゲームの中の世界は荒廃の不穏を残したままだ。攻略対象との愛がこの先も続くテロップが綴られ『Fin』の華美すぎる飾り文字が、挑戦失敗を思い知らせるように大きく表示されてしまった。
「んもぉぉっ! わたしの最推しのリュザス様がちょい役で終わらないルートはどこなの!? グッズもいっぱい出てるし、スチルだって攻略対象に負けないくらい美麗なのに、ルートが見つからないせいで枚数が少ないのよ!」
そう、玲於奈がのめり込む理由はその「リュザス」にある。
このゲームは、何故かリリース前からキャラクターグッズが多数販売されていた。しかもメーカーが広告塔として推したのが『リュザス』だったようで、彼のグッズが最も多かった。テレビで、スマホの広告で、街角の看板で――何気なく目にする彼に心惹かれるようになり、優し気でありつつ憂いを含んだ神秘的な面差しに、いつしか恋心に似た執着心が沸いてしまったのだろう。受験勉強の合間の息抜きを言い訳に、グッズを買い揃え、ゲームがリリースされるや、彼ルートだけ・とちょっとだけのつもりでやり始めた。
それなのに、いざ始めてみれば攻略対象ではなく、ゲーム世界の『神』ポジションのキャラで、12巡目をたった今、最高ランクで終えた玲緒奈でも未だ彼のルートを見付け出せずにいる。そもそも無いのかもしれない――と云う予感は気付かないふりをし「公式発表で有無は明言されていないから」と、何度もプレイし続けている。
(今更「ありませんでした」なんて発表は、絶対に受け付けないんだから! 乙女の執着心と原動力を、これだけあおっているんだもの!)
チラリと視線が画面から逸れて、彼女を取り囲んだグッズの麗しい笑顔を浮かべるリュザス達に向かう。
「13巡目……くっ……、今度こそ」
もはや意地だ。
勉強の合間のほんの気分転換――そう思って始めたはずなのに「あの人に会わなければ!!」と云う訳の分からない想いに頭が占められ、貴重な3連休をこの小さな画面の世界だけで潰してしまうことになってしまった。
玲緒奈は、これまでゲームの類にのめり込む性質では無かったはずだ。それなのに、睡眠時間をほぼ捧げてしまうくらいに嵌まり込んでいる。
なぜそんなにも『リュザス』に惹かれたのか?
後から思えば、不自然極まりない執着心だったのに、この時の玲緒奈はまだ気付いてはいなかった。
気付かないまま、何かに憑かれた様に
13巡目スタートをタップする指が、画面に触れた瞬間―――
玲緒奈の意識は暗転した。