第19話 【攻略対象 辺境伯令息】試練の予兆
「待って! 待つんだ、レーナ!!」
エドヴィンのひどく焦った叫び声が聞こえるけれど、レーナは蝶に引き寄せられるように、蝶の後を追う。しかも迷いない足取りは子供とは思えないスピードで、どんどん森の奥へと進んで行く。
ひらりひらりと優雅に羽根を上下させる蝶は、追うレーナとは絶妙な距離を保って、森の奥へと彼女を誘導する。
すぐに森は光を通さない闇夜の暗さに包まれ、虹色に輝く蝶だけが視界に映る恐ろしい空間となった。
けれど蝶だけを見詰めて追い駆けるレーナは周囲の異変には気付かず、彼女をひたすら追うエドヴィンも周りに気を配る余裕はない。だが、彼らの後を追っている執事や護衛達は視界も足場も悪い樹海の中で、足を取られ、位置感覚を失って、ひとり、またひとりと遅れていく。
「レーナ!!」
ようやくエドヴィンが、何かに憑かれたように駆け続けたレーナに追い付いたのは、彼女が呆然と立ち尽くす、ある場所に辿り着いたところだった。
そこだけ真っ暗い樹海の闇が切り取られた様に、銀色に輝く神秘的な光景が広がっている。
輝くのはどこまでも透き通った湖だった。
水があると分かるのは、枯葉や虫が水面を揺らして僅かに歪む水底を認めたその一瞬のお陰だ。でなければ、何もないと認識してもおかしくない透明度の高さだ。
虹色に輝く蝶は、そこが目的地だったのか、水際に降りると細かく羽根を震わせ、ストローの様な口吻を伸ばして居る。時折視界に蛍の様な灯りが横切るのを見遣れば、同じく何羽もの虹色の蝶が水際へ飛来して水を飲んでいる。
「こんな場所、知らないわ」
呆けた様に呟くレーナの腕を、やっと追いついたエドヴィンが捕まえる。ここで彼女とはぐれたら、執事や護衛たちを置いてきてしまったこの状況で、更に事態が悪化してしまうからだ。すでに子供2人で森の奥深く、通信手段もない状況に陥っている今も、充分にまずい状況なのだが。
「もぉ! なにやってるんだよレーナ!! こんな森の奥深くなんて私も来たことが無いぞ!!」
「だって、リュザス様に呼ばれたかと思ったから……」
思わず声を荒げたエドヴィンに帰ってきたのは、予想外に弱々しいレーナの声だった。しかも、彼女が告げた神の名と、呼ばれたと言う恐れ多い内容に、エドヴィンはヒュッと息を飲む。
「呼ばれたって……。おかしいぞ、有り得ない。それともレーナは聖女なのか?」
この世界で神の声を聞くには、最高神リュザスを祀る神殿の頂点である王都大神殿で、何人もの高位神官が多大な魔力を捧げることでようやく神託と言う名の彼の声を与えられるのだ。それも、祭壇に設えられた巨大な蛋白石に映る文字を読み解く方法で、だ。実際に耳に届く声など無いし、こんな森の奥で聞こえるものではない。だから、エドヴィンは当然の様に疑問を口にした。
「せっ……聖女のワケないじゃない! わたしはただの一般村娘よ」
焦って告げるけれど、疑惑の目を向けるエドヴィンの表情は、晴れない。変な疑惑を持たれてはたまらない、とばかりにレーナは話題逸らしのネタを探してキョロキョロと視線を巡らせる。すると、おあつらえ向きに湖の一部――何羽もの蝶が密集して集まる一区画だけ、緑の生い茂った湖の外縁とは異なり赤茶けた土くれが剝き出しになっていることに気付いた。
「ね、ねえ! そんなことより、あそこ! この周りだけ草が生えてるのも不思議だけど、あそこだけ草が無くって、土が焦げたみたいに荒れてるのって変じゃない?」
「えええ……。私からすればこの場所全部がおかしいものに見えるが」
話題逸らしを渋るエドヴィンを無視して、異常箇所を凝視するレーナだったが、よく見れば見るほど、その場所の異常さが気になった。妙な既視感が沸き起こったのだ。
(これって、もしかしたらゲームで見たあの景色に似てる……)
ふと思い出したのは、ゲームで課せられたシュルベルツ領に関わる「試練」の内容だ。
衰える森の力を取り戻す試練は、達成できなければ樹海の木々は立ち枯れ、崩れ落ちて不毛の大地に変わってしまう。その景色に描かれた地面が、あの一部分のように剝き出しになっただけでなく火山岩の様に黒く焦げ、水を保たぬ荒地だったではないだろうか。
嫌な予感に、レーナはごくりと唾を飲み込んだ。




