第18話 【攻略対象 辺境伯令息】虹色の蝶にリュザスの影を見る
パカポコと馬車は進み、ガタゴト・ガサガサと悪路の様相を呈し始めて幾ばくもせず、馭者が到着を告げてきた。
執事によって開かれた扉をまず飛び出したのは、エドヴィンだ。
領主邸を訪れたレーナらに、父親が見せたのと同じく、景色を紹介するように片腕を広げたポーズをとってみせる。
「ここが我が領地の守りであり、恵みでもある母なる森『精霊姫の樹海』だ!」
道も途切れ、膝まで届く草原が続いた先には、忽然と緑の壁が現れていた。
壁と見えたのは、奥を見通せないほど密度高く生い茂った木々が作り出した自然の固まりだ。びっしり不規則に生い茂った樹木が日光を奪い合い、あちこちに枝を伸ばし、葉を茂らせ、地面を這う蔓草や下草までもが負けじと大きな葉を広げている。
活き活きとした生命力あふれる緑の姿は、なるほどここが精霊姫に連なる土地『精霊姫の樹海』だと納得させられる。
ゲームの画面では分からなかった、実物の迫力に圧倒されつつ、 玲緒奈だった時にも見たことのない樹海の光景にレーナのテンションは爆上がりだ。
「すごい! 入ってもいいの!?」
開け放たれた扉から、ぴょんと飛び降りてエドヴィンを振り返る。すると、たった今出て来た場所に向かって手を差し出したまま、目を丸くするエドヴィンに気付いて「ただの村娘に気遣いしなくて良いわよ」と告げれば、彼は、ちょっぴり不満そうにその手を引っ込めた。
「父上からの許可はいただいているし、護衛もいるから案内しよう。だが、精霊姫様に護られた土地とは言っても、足場の悪い樹海だ。遠くまでは踏み込めないぞ? 地元の者でも帰ってこれなくなることがあるからな」
「確かに……。森の奥は真っ暗にも見えるものね」
じっと目を凝らすが、生い茂った木々の緑はずっと先では鮮やかな色を失い、薄暗がりとなっている。
「レーナ、では一緒に行こうか」
今度は目の前に手を差し出してきたエドヴィンは、とてもイイ笑顔を浮かべている。何をムキになっているんだと呆れたレーナだが、このくらい感情の表れた顔の方が実在する人間味があってずっと良い、と口角を上げたのだった。
カサカサ
瑞々しい緑の地面は、進むほどに頭上の木々が落とした枯葉、朽ち葉に覆われ始めて茶色く変じる。
更に奥へと進めば、湿った土の匂いが立ち込めて、木の葉の間に僅かに見える太陽の光も、夜空の星ほどにささやかなものとなって行く。
陽の届かない地面は、辺りの空気も暖めない。薄暗い景色は、居る人の気持ちを心細く冷えさせる。
本格的にひんやりし始めた暗い森が、この先も延々続くだけの景色を見て取ったレーナは、引き返しを提案しようとクルリと振り返った。
「あ」
「どうした、レーナ。怖ければ引き返してやろうか?」
思わず声を上げたレーナに、意地悪気な笑みを浮かべているであろうエドヴィンの声が聞こえる。暗くてはっきりとは見えないが。
「そうじゃなくて、あれ!」
エドヴィンに掴まれたのとは逆の手で、森の先を指し示す。10メートルほど先を、見たこともない虹色の美しい蝶が輝く鱗粉を散らしてひらりひらりと舞っている。
「なんだ? あれ」
首を傾げるエドヴィンに、同行している執事や護衛の騎士らから答える声は上がらない。どうやら、この地に住む彼らにとっても見慣れないモノらしい。
その場にいる全員に、ひらりひらりと動かす羽根を見せつけるように、ゆっくり、ゆっくりと虹色の輝く蝶は遠ざかって行く。虹の色はこの世界の最高神リュザスの色だ。その色を持つ蝶は、この世界に生きる彼らの眼には崇高なものにも映っているのだろう。
だが、レーナは違う。
(え!? 未確認生物で、リュザス様の色を持って、ゲーム本筋に大きく関わる攻略対象の前に現れるなんて、絶対に何か重要なヤツよね!?)
レーナの心に強く蘇ったのは、まだ彼女が羽角 玲緒奈だった時に、寝食を惜しんで生命をすり減らすほどに恋焦がれ、会いたいと望んだ最推しに萌える気持ちだ。
(今度こそリュザス様に会えるかも!!!)
どうしてそう思ったのかは分からない。けれど、虹色の姿が遠ざかるほどに、衝動的に強い想いが込み上げたレーナは、エドヴィンに握られた手を振りほどいて駆け出した。




