第13話 人間増殖
その後も大きな戦いは5回ほどあった。
戦いを重ねるたび、進歩していけたと思う。
今では、魔法を増やすことも難なくできるようになった。
結界石を一度にひとつかふたつほど奪い返していっている。
アシュエンさんの作戦で、慎重に、しかし確実に奪取できる場所しか選ばず、勝利を重ねていっている。
もはや、みんなの顔に絶望はない。
例え少しずつでも前に進んでいるんだ、という安心感がある。民たちは畑を耕したり、家を作ったりして、早くも復興を始めている。
そうそう、進歩した成果として、自分が魔法を使えるようになった時はめちゃくちゃ嬉しかった。
俺は水よりも火に適性があったらしい。最初水を出そうと頑張った時は、ものすごく力んでも、うっすらと手汗をかいたかかいてないか、くらいだったのは悲しかったな・・・。
今は火の玉1個くらいなら、集中すればできる。ただし魔力がそんなにないらしく、1日に2、3個で限界だ。どっと疲れる。まあ、例え小さな火の玉一個でも、無限に増やすことができるので、量はカバーできるんだけど。
でももうちょっと魔力欲しかったな女神様・・・。
それより今日は、俺にとって気の進まないことをやらなくてはならない日だ。
この前の作戦会議の結果、人類を増殖させることに決まったのだ。
結界石を奪取していくにあたって、どうしても守らなければならない範囲が広がっていく。しかし、人類は急激には増えない。バリケードなどで防壁を築くのにも限界がある。やはり、戦力を増やそう。という結論に達したのだ。
俺もその作戦会議に参加させてもらったが、良いとも悪いとも言えなかった。
日本にいた頃なら、戦争の道具に使うなんて!と猛反対しただろう。でも、ここは紛れもなく戦場で、人類は崖っぷちで。1箇所守りが破られるだけで魔族がうわっとなだれ込むように攻めてくる。魔族は人間なんかよりもずっと強い。
作戦会議をずっと聞いていて、優秀な兵士を増やさなかったら、これ以上進めないと思った。
まず、実験として、優れた魔法使い美女・セシールさん。彼女を増やすことに決まった。
この結果次第で次も行うかをレイモンさんが決める。
「・・・」
彼女の前に立つ。
複雑な気持ちで何も言葉が出てこない。
「マスダ殿。私はいつでも大丈夫です。お願いします」
ゆったりと微笑むセシールさん。
「・・・わかりました」
彼女の姿を網膜に焼き付けるようにじっと見つめてから、目を閉じる。
(増えろ)
「「わあ」」
驚きの声にパッと目を開けると、目の前にはセシールさんが二人。一瞬目がおかしくなったのかと思った。
「「本当に増えるんですね」」
声も仕草もそっくりだ。もはやどちらが本物か分からない。
「えっとー・・・どちらが元のセシールさんですか?」
「「私です」」
全く同じ声色で、同時にこちらを見る。
「いやいや、私が元になったセシールですよ」
「ええ?いえいえ、私です」
どちらが本物かで言い争いが始まった。
オロオロしていると、サッとレイモンさんが入ってきて、
「あいわかった。では私からそなたら二人に、新たな前途を祝して新しい名を授けよう」
と言って、彼女は「シリー」と「セス」となった。
二人ともレイモンさんに心酔しているので、逆に感動したみたいだが、俺だったら絶対嫌だ。自分が本物だと信じたいし、なんで名前を捨てなきゃなんないんだ、と思うだろう。
***
その夜、レイモンさんと二人で話し合った。
もし人間を増やした場合、どのような名を名乗るのか。どうやって、不公平にならないように扱うのか。
「本当は俺が1万人いたらいいんだが」
レイモンさんはそう言って、大きなため息を吐く。
「そうですね・・・本当に切羽詰まったら、そうせざるを得ないでしょうね。でもそしたらどうなるんでしょう。誰が本物になるんでしょう?」
「・・・生きるか死ぬか必死の時に、誰が本物か偽物かなんて気にしないさ。少なくとも私はな」
そうだな。そうしないと死ぬしかないのなら、殺される運命しかないのなら、自分のコピーがどれだけできたって構わないだろうな。生きることができるのなら。明日もご飯を食べることができるのなら。
「僕の世界で、クローン・・・生き物を複製することは、とても大きな問題でした」
「ああ・・・私も先ほどのセシールを見て、やっと分かったよ」
「便利だからこそ・・・すぐに戦力になるからこそ・・・難しいですね。命っていうのは・・・良いとか悪いとか簡単に言えませんけど。少なくともこの戦いが終わったら、僕は人間を増やしたいとは・・・思えません」
「そうだな。それがいい」
その日は好きでもないビガーをジョッキに2杯も飲まないと眠れなかった。
***
僕はレイモンさんが人間を増殖することは諦めたと思っていた。
しかし、その三日後の作戦会議で、今度は最も強い戦士であるヴォートさんを量産することになった。
その数、500人。
ヴォートさん自身の、たっての希望らしい。
いやおかしいだろう。
500人って。
彼は第一騎士団に所属する優秀な戦士で、個の能力が秀でているらしい。そんな彼を増やして、魔族軍に切り込み隊をやらせ、掻き回すことが目的だとか。勝利するというより撹乱する。
「それって捨て駒扱いじゃないんですか?」
そう言わずにはいられなかった。
「マスダ様。お言葉ですが、我らは駒です。全体の勝利のため、使えるものは全て使う。指揮官は冷徹に判断を下さなければならないのです」
他でもないヴォートさん本人に言われ言葉に詰まる。
「・・・でも、」
「私は、魔族に憎しみを抱いています。私が何人増えようともその憎しみは抱き続けるでしょう。これこそが、魔族を躊躇なく殺すのに最も必要な感情だと私は思っています」
「お願いします、マスダ様。私を増やしてください。そして私に殺させてください。憎き奴らを」
深々と頭を下げられる。
「・・・一晩、考えさせてください」
その日は悶々と考えていたが、答えは出なかった。
***
結局、俺は作戦会議の意向に従うことにした。自分で考えるのを放棄したのだ。
作戦会議で決まったから、そうする。
それだけだ。
俺にはなんの責任もない。
責任を負うのはレイモンさんだ。
そうだ。
何が起ころうと、俺は責められない。
そんな言い訳を延々と繰り返すことしかできなくなっていた。
朝。
ヴォートさんが待つ広場へ向かう。
このことは一部の者しか知らない。
さく さく さく
足元の草を踏みしめる音。心を空っぽにしたはずなのに、体が重い。
なのに天気は気持ちいくらいの晴れだ。青い空に、白い雲がたなびいて、爽やかな風が森を揺らしながら走り抜けていく。
「では、お願いします」
「・・・」
唇が鉛になったんじゃないかと思うくらい重くて、口も開けなかった。
(増えろ 増えろ 増えろ 増えろ・・・)
目を閉じて、ひたすら念じ続けた。
「マスダ様、もういいです」
誰かにポンと肩を叩かれてハッとする。おそるおそる目を開けるも、怖くて上を見ることができない。しかし、ヴォートさんの、ヴォートさんたちの足が沢山のあることは嫌でも視界の隅に入ってきた。
「ではヴォート。作戦通りに出発せよ」
「「「「はっ!」」」」
横からレイモンさんの声が響く。
顔を上げると、ずらっと並んだ、全く同じヴォートさんたちが直立不動で立っていた。
全く同じ顔、同じ背、同じ服。
これは幻覚かと思ってしまう。
彼らは次々と用意された馬に乗って出発する。
ドドドドドド
急激に吐き気が込み上げてきて、うずくまる。
「マスダ様、大丈夫ですか!?」
慌ててコウさんが背中をさすってくれる。
「うえええええ・・・」
レイモンさんはずっと立ったまま前を見つめていた。
この人を理解できない。初めてそう思った瞬間だった。




