最終決戦 I
────舞台は、整った────
最強に近い力を持つ二人の人間と、二体の化け物。
その決戦はまさに、戦争と形容してもあながち間違ってはいないだろう。いや寧ろ、戦争という言葉でも足りないだろうか。
ただ言える事は……それが並の戦いではないという事だ。
────さぁ、今が始まりだ────
爆音こそがその戦場の音楽。
剣戟こそ音楽を奏でるリズム。
そしてそれらは見事な調律を保つ。
……その、音楽ならざる音楽は、どんなものよりも異質で、異常で、非常識で、それでもって、どんなものよりも音楽らしい。
これこそ原初。
それこそ、始まり。
────存分に、力を振るえ────
彼らは、始まりの音楽を響かせ命を削り合う……
◇◆◇
爆音こそが音楽である。
それは一切の比喩ではなく、その戦場で打ち鳴らされる。
大和とRが、グランベヒーモスとアジ・ダカーハが合流してから早くも十数分。その戦場では、既に最高レベルの戦いが始まっていた。
「──ふんっ」
大和が振るった槍は円軌道を外れ、明らかにおかしな軌道を辿ってグランベヒーモスの右前足に叩き込まれる。
だがグランベヒーモスはそれを間一髪のところで避け、同時に触手を突き出す。
が、その触手は大和に直撃する事はなく砕け散った。Rが大和とグランベヒーモスの間に入って来たからだ。そのRは両手に刀を出現させ、目にも留まらぬ速さでグランベヒーモスを斬り刻んだ。
だが、それを遮るようにアジ・ダカーハがRの前に滑り込む。そしてRの刀を二本共、弾く。
その直後、当然の如くアジ・ダカーハは追撃を仕掛ける。
──しかしそれは大和によって防がれる。
Rに集中し過ぎたが故に、大和の存在を数瞬忘れていた。その所為か、大和がアジ・ダカーハの懐に入るのは楽だった。
蜻蛉斬りによる高速の突きが叩き込まれる。その連撃数は、軽く百を超えた。その為、アジ・ダカーハの感覚では一撃しか喰らっていないように錯覚した。
遅れて来る九十九の攻撃は、アジ・ダカーハをグランベヒーモスもろとも吹き飛ばした。
アジ・ダカーハとグランベヒーモスは五百メートル程吹き飛ばされ、そこで漸く体勢を立て直す。
二人と二体は、睨み合った。
それはどれ程の時間だっただろうか。実際には数秒の睨み合いではあったが、彼らにとっては数分、数十分に及ぶ睨み合いだった。
睨み合い──それは威嚇と同時に、読み合いも兼ねている。
相手を威嚇し、それによって相手がどちらに動くかを観察するのだ。自分の威嚇に、相手は反射的にどちらに動くのか。どのタイミングでフェイントをいれるのか。その全てを、たったの数秒間で頭の中に構築する。まだそれは予測でしかないが、数秒間の成果としては十分過ぎた。
だが、ある者だけはそれを行わなかった。
その数秒を睨み合い以外に使用した者がいた。
数秒間の戦闘シュミレーション。その後最も早く動いたのは、グランベヒーモスだった。そしてそれは同時に、大和とRの戦闘シュミレーションを瞬間的に崩壊させた。
そう、グランベヒーモスこそが睨み合い以外をしていたのだ。
それはまるで……脱皮、だった。
──戦闘が、一気に加速する──
「「はぁっ?!」」
グランベヒーモスは、纏っていた殻を割り、真の姿を表す。それはベヒーモスを乗っ取った姿ではなく、ありのままの、アンリ・マンユの姿だった。そしてそれは同時に、
『グランベヒーモスを相手としての戦闘シュミレーション』を、無に帰す。
見た目は、言って仕舞えば悪魔そのものだった。人間の様な姿かたち……二本の腕と二本の足に、アジ・ダカーハの巨体よりも更に一回り大きな体。体色は全面的に黒く、体の所々に血の様な暗い赤の刺繍があった。実際には刺繍ではなく、体内を循環する血が部分的に浮き上がったものであるが。
そして、ライオンの様な顔に、ライオンの様な鬣もあった。一瞬見ただけではライオンと変わりないが、その表情はライオンの顔よりも数段恐ろしかった。グランベヒーモスとしての表情よりも更に悪を深めた顔である。 それはまるで、底なしの穴を眺める様な、底の見えない恐怖にも似たものを相手に与えていた。
背中には、やはりと言うべきか悪魔の様な羽があった。だが、羽は一つしかなかった。
『この羽は……憎きアフラ・マズダに毟られたものよ……」
アンリ・マンユに乗っ取られていたベヒーモスは、その体からアンリ・マンユが抜けていくと同時に死滅した。瞬時にその体は灰となり、風に吹き飛ばされる。
そしてその灰が全て吹き飛ばされると同時に、グランベヒーモスもといアフラ・マズダと、アジ・ダカーハが動き出す。
大和とRは……すぐには動けなかった。
戦闘シュミレーションの崩壊は、二人を大きく動揺させたのだ。
『まずは貴様、大和──いや、アフラ・マズダから始末するッ!!』
アフラ・マズダはグランベヒーモスだった頃よりも更に数倍の速さで肉薄する。完全に油断していた大和は、それに反応するのが致命的に遅れた。
Rが焦りながら手に刀を出現させ、大和の前に立とうとする……が、それはアジ・ダカーハによって邪魔される。
「くそっ、邪魔だッ」
『ギャッ……ギ、ガァァッ』
Rの渾身の力を持って放たれた斬撃ではあったが、アジ・ダカーハを押しのけられなかった。Rにも、少なからず迷いがあった為だ。
その直後だった。アンリ・マンユは拳を握り、大和の腹部に強烈な一撃を浴びせたのは。
「大和ォォォォォッ!!」
完全に無防備だった。
大和はまだ、実戦経験の量は少なかった。それは同時に、瞬間的な判断が鈍いと言う事だ。それに対して相手は、大和とは桁違いの量の実戦経験を積んできている。
その差が、今、現れてしまった。
アンリ・マンユは、ニタリと笑った。
ベキ、バキ。
音を立てて、何かが壊れる。それはガラスの割れる音よりも、低い。
「ガ……ッ」
その音源は、大和の腹部。
アフラ・マズダやアムシャ・スプンタによって強化された体を通り抜けて、骨を崩壊させる。言うなれば発勁と似ている。
継続する衝撃を相手の体内に撃ち込む発勁。それと違う所を挙げるなら──その衝撃が全て骨に伝えられているという事だろう。
その拳は、言うなれば、“骨を砕く拳”。骨組みを崩壊させ、内側から崩す。そんな一撃である。
それが、大和の腹部に直撃する────
「──ッ、ぁぁああああああああああああッ!!」
と、同時にアンリ・マンユの突き出された右腕と胸に複数の斬撃が叩き込まれ、大量の血が噴き出す。それをアンリ・マンユが知覚したのはそれから数秒後だった。
それと同時に、Rの表情が変わる。それは、疑問の表情だった。
『?!』
それに反応し、アジ・ダカーハは一瞬Rから視線を外す。それは自分と同格の相手との戦闘中にするものではなかった。
「ハッ、油断すんなよアジ・ダカーハ」
アジ・ダカーハがそれに気付いた時には、Rの攻撃は終了している。
斬撃と魔法の連撃が容赦無くその体に刻まれる。
【独創魔法剣術】
Rが生み出した、Rの為の剣術。それは魔法と剣術を完璧に合わせた隙の無い技。だがそれは同時に、Rしか使用出来ない。
その理由は簡単である。Rが創り出した武器でなければ、その武器が耐えられない為である。
重量、硬度、魔法の浸透性、その他にも多くの条件が完璧に合わさった武器を……Rと言う存在のみが知り得る力加減で振るってこその【独創魔法剣術】なのだ。
その為、Rの創り出した武器をR以外が振るっても何も起こらないし、R以外が作った武器をRが振るっても何も起こらない。
……だが、Rのある予想が正しければ……
【独創魔法剣術】は、一撃一撃がアジ・ダカーハに深手を負わせられる程の威力を持つ。そんな攻撃が平然と数百と放たれる。
Rは魔法を発動し、それを武器に込める。そして数発分武器を振るうとすぐに魔法を解除する。そしてまた魔法を発動し、武器に込め、振るう。それをただ繰り返すものだ。
だが、それは簡単に出来るものでは無い。
そもそも、武器に魔法を込めて、それを直ぐに解除すると言うのは人間離れしているのだ。
魔法を武器に込める、と言うのも十分高度な技術なのだが、その魔法を自ら解除すると言うのは不可能に近いとさえ言われる技術なのだ。
武器に一時的に付与された属性は、時間と共に消えていくのが普通である。大体、付与してから長くて十分程するとその能力は無くなる。
だが、その時間は短くとも十秒は続く。付与してからの十秒間は完全に魔法が武器に染み付く時間なのだ。その時間は、何をしても付与された魔法を解除する事は出来ない。筈なのだ。
だがRは、それを平然とやってのける。
それこそ【独創魔法剣術】。
アジ・ダカーハの体全体に斬撃が走り、アフラ・マズダを超える量の血を噴き出す。
だが、Rと互角に戦える能力を持っているだけはある。
アジ・ダカーハの体に染み付く回避の動きが条件反射的に行われたのだ。それによってギリギリで致命傷は避けた。
……避けはしたが、すぐにRに対処は出来ない。
その隙にRはアジ・ダカーハの横をすり抜け、大和を援護しようとした時……
……アンリ・マンユの蹴りが、大和の顔面を捉えていた。
「大和ォォォォォォォォォォッ!!」
Rは、反射的に叫んでいた。




