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アジ・ダカーハ戦 IV

鳴り響く爆音。それは森中に木霊し、まるで花火を打ち上げたかのようだった。

つまり。

それほどの一撃だったという訳だ。


アジ・ダカーハはグニャリと、その顔を歪ませた。


揚羽の心の中で、何かが弾けた。

ズキリと針で刺されて。

一瞬、目の前が曇った。

それと同時に、チクリとナニカが痛んだ。


その直後、アジ・ダカーハは高速で振り返り、揚羽を捉える。そして、


「──ッ」


神速の拳が、揚羽の腹部に命中する。その後、森を揺るがす爆風と共に揚羽は宙を舞った。揚羽は多大な身体能力をRから託されていながら、その拳に反応するのが致命的に遅れたのだ。


その原因、それは言うまでもなく揚羽の思考にある。


揚羽は蓮司がアジ・ダカーハの一撃を受けた瞬間を見て、心に痛みが走った。それは人として当然とも言えるものである。が、それは数瞬も気を抜いてはいけない戦いにおいて、邪魔でしかなかった。同時に揚羽は、そんな戦いは初めてであるが故に、尚更邪魔であった。


だが……それを初めてでも行えという方が無茶な話でもある。人間が人間を一時的にであろうと「やめる」という覚悟は、そう簡単に出来るものではない。

ただ、それが出来て漸く上に行ける。それが出来たものこそ、上に立つ者なのだ。リーダーというものは、常に人間を捨てていなければいけないのだ。それ故に無慈悲な決断も出来るというものだ。

稀に“そうではない”存在もいるにはいるが。


「カッ、ハッ……」


揚羽の小さな体は、大木を何本も薙ぎ倒しながら森を突き抜け、漸くその動きを止めた。


それを見届けたアジ・ダカーハは悠々とした動きで後ろを振り返り……驚愕した。

そこにあったのは、深く穿たれた地面だった。いや、もはやそれは車のわだちの様であった。先刻、Rが森を一刀両断した際の地面の様に、ただ一直線に、深く穿たれた地面があった。それはRと比べればまだまだ小さなものではあったが、確かにRと同じものだ。

一緒に落ちていた剣の欠片は、アジ・ダカーハの一撃を防いだ際に砕け散ったものだろう。


その轍が一直線に向かって行くのは、揚羽の吹き飛ばされた方角。


まさか。


アジ・ダカーハはその不穏な考えを、あって欲しくない考えが現実にならない事を祈りながら再度後方を振り返り、そして、それは現実となった。


そこにあったのは、あまりの飛翔速度で吹き飛ばされた揚羽の体が衝突し、そして砕け散った木々ではなく……

綺麗に切り裂かれた木々であった。それも、揚羽が衝突したであろう位置に存在していた木々が、である。

そしてその先、揚羽の動きが止まった位置には、二人、いた。


揚羽と、蓮司である。


『?!?!』


アジ・ダカーハはそれを、目の前の光景を、一切理解出来なかった。いや、正しくはその頭は理解するのを拒んだ。


何せ、“見えなかった”のだから。

確かにアジ・ダカーハは揚羽が木に衝突し、その動きを止めるまで目を離さなかった。なのに、その目は蓮司の姿を捉えられていなかった。

見ていたのに、見えてなかったのだ。


『ガッ、ギュィ……』


絶句。

アジ・ダカーハはただ、絶句する事しか出来なかった。


それは遠くから傍観していたRも同様であった。


ただ、それはその光景を知覚した者のみに起こりうることであり、『アルテミス』の者達にとってそれはあまりに一瞬すぎた出来事だったが故に、驚く以前の問題であったが。

その時、椿の小指が、一瞬だけ動いた。だが、それに気付いた者はいない。





キリキリ痛む腕をどうにか無視しながら、蓮司は視線を落とす。

そこには、意識を失いかけている揚羽がいた。だが、揚羽は蓮司の姿を見つけると、勢いよくその意識を元に戻した。それはまるで、布団から飛び起きた様であった。


「……え、なん、で、え、え?」


揚羽は今起こっている出来事をまだよく理解していない様だ。蓮司の姿を見て目を白黒させる。そして、それから間も無く自分の腹部を触りだす。それは丁度アジ・ダカーハに殴られた場所だった。

だが、揚羽はその殴られた筈の場所をいくら触っても、痛みは全くなかった。それはまるで、殴られたのが嘘だったかの様に。


だが、殴られなければ吹き飛ばない訳がない。


「痛、く、ない、か?」


疑問に覆われた揚羽に向かって、蓮司は声を掛ける。


「う、うん……全く、痛くない……けど、どうして……?」


揚羽は蓮司を見上げる。そこで初めて気付いた。自分が蓮司の腕の中にいる事に。

何故だろう。揚羽は唐突に、体温が上がった様に感じた。特に、頬の。


「……よく、分から、ない、んだ……」

「ぅ、え?」


そんな揚羽を無視したのか、蓮司は小さく微笑みながらそう言った。その瞳には一切の嘘が含まれていないことは、揚羽でさえ理解出来た。


実は揚羽がアジ・ダカーハに殴られた時には既に、蓮司は揚羽のすぐ後ろにいた。そして、アジ・ダカーハの拳が揚羽の腹部に突き刺さったその時、蓮司は無意識に揚羽の背中に手を置いた。

そしてその直後、自分でも何が起こったか分からない程の速度であらゆる事をした。

揚羽の背中に置いた手。それは、衝撃を逃す“逃げ道”だった。揚羽の腹部を襲った衝撃は背中の蓮司の腕を通り、体に移動し、足を移動し、最終的には足の底から地面にその衝撃を逃した。

その後、アジ・ダカーハからは暴風が吹き荒れた。その衝撃は凄まじく、先の勇者が放った極大魔法の衝撃とほぼ同格であった。その衝撃を受けた揚羽の体はいとも簡単に宙を舞った。その先には多くの大木。それに揚羽が当たれば、揚羽は背骨に大きなダメージを負うだろう。

またも蓮司は、無意識に地面をかけた。その際、地面に轍を残した。同時に宙を舞っていた揚羽の双剣の片方を持つ。

揚羽が一つ目の大木に衝突する直前、双剣で大木を斬り倒した。そのまま二つ目、三つ目、四つ目、と斬り倒していった。更に同時進行で揚羽の背中を手で優しく押し、その宙を舞う速度をゆっくりと下げていった。それに時間がかかったが故に、アジ・ダカーハは本当に殴ったかの様に誤解したのだ。

そして揚羽の動きが止まり、宙を舞っていた体は重力によって地面に落ちた。その途中、蓮司は揚羽を受け止めた……そして、今に至る。


その行動全てを、蓮司は全てを無意識に行っていたのだ。

蓮司の言葉に揚羽が小さく呻いたと同時に、地面にあった揚羽の双剣の片方が崩壊した。


「気付いたら、こうして、揚羽、を、支えて、た……」

「……れん、じ……」


揚羽の目が、細まる。そして、揚羽は笑顔を作ろうとしたが、それよりも早く意識を失った。すぅ、すぅ、と小さく呼吸を繰り返しながら、眠りについた。

それを見た蓮司は安心して、アジ・ダカーハに振り向こうとした時、それは聞こえた。

それは寝言であり、果たして本当なのかは分からない。もしかすると寝言であるが為に発せられた言葉だったかもしれないし、真実だったのかもしれない。その真意を知るのは揚羽だけであるが、それを揚羽が覚えているかも分からない。


「れん、じ……だ、い…………す……き……」

「……え」


蓮司の動きが、止まった。





それから数瞬後、空にある咆哮が響く。

それは蓮司を思考の海から無理矢理引き摺り出す。咄嗟にアジ・ダカーハを見るが、そこにはその咆哮に耳を傾けるアジ・ダカーハがいた。


ーー何を、してる?


アジ・ダカーハはこちらを見ようともせず、その咆哮を聞いていた。それは奇妙なほどに、ただ、ひたすら。

その直後目の前にRが表れた。


「おい、蓮司、動けるか」

「……あ、あぁ」

「なら、揚羽を連れて今すぐここから逃げろ」


は? と蓮司は素っ頓狂な声を上げた。


「……これから行われるのは、最終決戦だ。そこで、お前は戦えるのか?」


Rの言葉を聞いた蓮司は、自分のボロボロの腕を見下ろしてすぐに理解した。これでは戦えない、と。

これでは、足手まといになるだけだ、と。


「……分かった、俺、は、すぐに戦線、離脱する」

「物分りが良くて何より。すまないな、蓮司」


Rはそう言うと、すぐに立ち上がり、アジ・ダカーハに向かって走り出した。

いや、正しくは、アジ・ダカーハがいた場所に向けて、だろうか。既にそこにアジ・ダカーハの姿はなかった為だ。


これは直感ではあったが、それが答えなのだとすぐに分かった。

きっと、アジ・ダカーハはグランベヒーモスの元に向かったのだろう。そして、そこで、最終決戦が行われるのだろう。


再度自分のボロボロの腕を見下ろし、すぐに自分がすべき事を自分なりに考えた。そして出てきた答えは、撤退の二文字だった。

自分がいても、もう意味がないだろうと言うのは、自分がよく分かっていた為だ。蓮司は揚羽を支えながら、ゆっくりと歩き出す。すると、間も無く『アルテミス』の者達が肩を貸してくれた。


安心が体を包み込み、その意識は緩やかに閉じていった。


だが、意識が完全に途絶える数瞬前、椿が仲間を振り切り、Rの走っていった方角に向かって疾走していたのを、見た。


◇◆◇


空から襲い来る鱗たち。

それは鋼鉄の雨の様だった。


その鱗は光を反射し、キラキラと光沢を放っていた。もし遠くからそれを傍観していたのなら、それはきっと綺麗だっただろう。だが、それは例え綺麗であっても、殺意をふんだんに込められたものであって。

それを向けられた大和は、そんな事を考えている暇などなかった。


「や、ば」


咄嗟に槍を頭上に構え、命令する。


「全員、俺に力を貸せッ」


それは、アフマ・マズダたちに向けられた言葉。

そしてそれに対する返事はとても簡単だった。


『『『『『『分かった』』』』』』


その直後、鱗の雨があられの如く大和頭上に降り注ぎ、爆音を立てる。


それはガトリングガンを壁に向けて撃った様な、連続した爆音。当然、弾詰まジャムる事など一度もない。

それは五秒間もの間、大和に向けて殺到した。


そしてそれが終わると同時に、グランベヒーモスは優雅に地面に降り立った。大和に向けて視線を送る。そこには砂煙が立ち上がり、大和の姿を確認出来なかった。

が、グランベヒーモスは直感で分かっていた。


「いってぇ」


そこにはまだ大和がいるという事を。


「なッ」


その直後だった……大和の姿が見えたのは。同時に、大和から石ころが投擲されたのは。

それは音速を超え、ソニックブームを起こしながら一直線にグランベヒーモスに向かい、そしてグランベヒーモスの触手を一本、粉砕させた。


「嗚呼、くそったれ、ホントRに期待しなければよかったかな」


大和は愚痴を零した。

そして、空を見上げた。


それから数瞬後、グランベヒーモスの隣にアジ・ダカーハが降り立った。


「悪かったな」


それと同時に、Rが大和の隣に降り立った。Rは、拳を大和を向ける。大和は無言でその拳に自分の拳をぶつけた。


「俺はお前に背中を託すぞ、R」

「背中を託す、まかせたぞ大和」


その直後、二人の目つきが一際鋭いものになる。それは、アフラ・マズダが数瞬恐怖してしまう程に。


今、最終決戦の幕が上がる。

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