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グランベヒーモス戦 VII

今回は少し短めですね。すみません。

「殺してあげます。グラン、ベヒーモス」


自然と、まるでそれが当然だとでもいうかの様に、アルテミスの腕が上がる。その腕の先には以前の物とは全く別物の弓があった。


その弓は、以前までの弓よりも明らかに豪華になっていた。つるを除く全ての部分に事細かな彫刻が施されている。花の模様や蔓の模様、動物の模様などが多種多様に描かれ、その一つ一つが踊っているかの様だ。

その彫刻は、一つ一つが小さな光を発していた。その一つ一つはまさに蛍の光と同じ様だが、それが幾つも集まる事によって巨大な光となっていた。その光は、神々しいと表現するに値するものだ。

……塵も積もれば山となる、と言うがこれはまさしくその通りだ。


その弓には矢は無かったのだが、ある時唐突に虚空から光の矢が現れる。それは現れると同時に自動的に弓につがえられた。

矢からは溢れんばかりの光が発されている。


グランベヒーモスは倒れながらも表情を曇らせる。ここまで表情が曇ったのは初めてである。

その表情からは、「逃げなければ」「避けなければ」と言うような言葉ならざる言葉がありありと表れていた。


グランベヒーモスは思案する。どうすれば避けられるか、と。そして出た結論は、体を限界まで捻ればギリギリ避けられるだろう、と言うものだ。それによって一筋の希望がグランベヒーモスにさす。


と、その時突然ブラフマーが鎖を手から離す。それと同時に鎖は虚空に光の粒となって消える。だが、倒れかけているグランベヒーモスには鎖は何の意味の無かった。その為、鎖が消えようと特に何も変わりはしなかった。


グランベヒーモスには。


鎖が消えると同時にグランベヒーモスは、「何故?」と自分に問いかけ、すぐに「鎖に意味がないと知ったのか」と自己完結してしまった。事実、グランベヒーモスは鎖があってもなくてもアルテミスの一撃を避ける事は出来たのだ。

だが、この時グランベヒーモスは大きな過ちを犯す。

ブラフマーから視線を、意識を逸らしたのだ。それによって、ブラフマーの動きを察知出来なかった。いや、察知しようとしなかった。


ブラフマーは鎖を離すと同時に、その手にあるものを出現させる。それは、あまりに強大で、強力無比で、絶対勝利すら孕む武具。アルテミスの矢と同格の神々しい光を放つ三叉の槍。


ブラフマーストラ。


それは紛れもなく、ブラフマーストラだった。あの当たれば、当たりさえすれば因果すら捻じ曲げて勝利を呼び込む究極の槍だった。

一度、視線を逸らしたグランベヒーモスはそれをすぐに後悔する事となる。


「はぁぁぁぁぁぁああああああっ!!」


グランベヒーモスが異変に気付き、ブラフマーを睨みつけるとほぼ同時に、ブラフマーはブラフマーストラを投擲する。

ブラフマーストラは光を当たりに撒き散らしながら、速度を遅めることなくグランベヒーモスの顔面目掛けて突き進む。


グランベヒーモスは大きく表情を歪める。当然だろう。何せ、その槍に当たりでもすれば負けるのだから。決定的で圧倒的な敗北を味わう事となるのだから。

グランベヒーモスは一瞬の思考の後、すぐに動いた。


切り札を、きった。


グランベヒーモスは倒れかけていた体を無理矢理捻る。

左腕を反時計回りに勢いよく降り回し、その遠心力を利用して体を更に捻る。そして体が見事にうつ伏せになる予定だった姿から側転でもするかの様な姿となる。すると必然的に、右手が地面に着く。

右手に力を込め、大地を鷲掴みする。そして、右手だけで体を横にずらす。

グランベヒーモスの体が横に移動する。たったの数十センチ程度の移動であったが、ブラフマーストラを避けるのには十分だった。


どこに向かって投擲されるのか、どこに直撃するのか、それを事前に知ることが出来るコースでブラフマーストラはグランベヒーモスに迫った。それによって、避けるのは容易い事だった。

野球で例えるなら、これからストライクゾーンに投げるぞと言っているも同然なのだ。そんなボールなら、ホームランだって狙えなくは無い。

グランベヒーモスは頭一つ分体を動かす事でブラフマーストラを避けた。若干皮膚をかすったが、それは特に問題にはなり得なかった。……まぁ、その周辺の肉が瞬間的に壊死したが、グランベヒーモスの再生の力で難なく治った。


ブラフマーストラが音速を超えて、グランベヒーモスの真横を通り過ぎる。

だが、グランベヒーモスは安堵する事は無かった。

こうなる事ぐらい、容易に予想出来たのだから。


これは、アルテミスの一撃に全てを賭けている。


つまり、アルテミスの一撃を避けられない様にする為に、ブラフマーストラを投擲した。

ブラフマーは、避けられる事を考えて投擲したのだ。当たれば必ず勝利する。その力があるからこその効果だ。

もし投擲したのがトリシューラであったりしたのなら、恐らく避けなかった。

アルテミスの一撃を待っていれば、グランベヒーモスは体勢を出来うる限り立て直しただろう。もしその後にブラフマーストラを放ったとしても、下手すると避けられる可能性すらある、かもしれなかった。


グランベヒーモスは表情を歪める。

これでは、避けられない、と。クソッ……と、心の中で舌打ちをする。


アルテミスは、完璧にチャージを終えていた。輝きは先刻の数倍となり、太陽と見紛う程の光を放つ。

光は何時しか形を無し、アルテミスの前方に魔法陣を描く。その数、十。魔法陣は回転し、矢が発射されるのを今か今かと待ち望む。先程の矢と同様に、耐えられなくなった光が溢れる。


ミシミシと、矢が、弓が悲鳴をあげる。グランベヒーモスにとってはこの音すら死の宣告に聞こえた。この時、ブラフマー達三人は即座に戦線離脱し、アルテミスの後方に移動した。

この音は弓の悲鳴。恐らくこの弓はこの一撃を最後に半壊してしまうだろう、とアルテミスは感じた。長年使用した相棒の様な存在だった弓が壊れるのは悲しい事だ。だが、この弓でグランベヒーモスを殺せるのなら……この弓の本望だろうと信じる事にした。

そうでもしなくては、弦を弾き絞れなくなってしまうから。


パキンッ……と。弓は最後の言葉を残す。


ーーごめんなさい。そして、ありがとう。


アルテミスは心の中で謝る。そして、感謝の言葉。

それを述べると同時に、意識を切り替える。目の前のグランベヒーモスに焦点を合わせ、限界まで引き絞った弦を持つ指に力を込める。グランベヒーモスの顔面に狙いを定め、


「お、わりです……これで……」


バギィン、と弓が壊れるよりも若干早く、弦を離す。矢が弓を離れると同時に弓はアルテミスの目の前でバラバラに砕け散った。

弓は瞬間的に音速を超え、空気を切り裂きながらグランベヒーモスの顔面に迫る。矢が放つ神々しさを孕む光は、ブラフマーストラの比では無かった。恐ろしく美しい光は一線となり、グランベヒーモスに迫る。


『コ……の……』


矢は速度を上げ続ける。音速を超えても尚、とどまる事を知らない。

距離にして僅か十メートル。時間にして一秒すらかからないような距離にいるグランベヒーモス。其処に到達するまでのコンマ数秒の中での加速はグランベヒーモスの体内時間を停滞させる。


グランベヒーモスにとって、この瞬間の時間はまるで永遠にも、一瞬にも感じられた。矢は音速を超えているはずなのに、何故かゆっくり動く。

ゆっくりと、殊更ゆっくりと矢は動く。まるで、グランベヒーモスに恐怖を、より長く与えるかのように。


「か、った……」


アルテミスはそう小さく呟き、突然意識を失った。ガクンと膝が落ち、地面に膝をつく。それから少しずつ、上半身も傾いていった。



からん、からん。

弓の欠片が、アルテミスに寄り添う様に、地面を転がる。

からん、からん。

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