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グランベヒーモス戦 VI

どれだけ時間が過ぎただろう。


何時間も過ぎた様に感じたが、実際には数秒しか経っていないのだろう。


「……ッ……くはっ……はぁ……はぁ……」


大和は、立っていた。目の前には、残り一枚となったボロボロの盾。それは次の瞬間に砕け散った。

周りを見渡すと、大和の後方にあった木一本を残して、残りはすべて消し飛んでいた。燃えていたりするのではなく、消し飛んでいたのだ。だが、不思議と地面は捲り上がっていなかった。

今の状態は、簡単に言えば、木の株だけのものがそこらじゅうにある、というようなものだった。

当然、サイカは生きている。


「……はぁ……はぁ、あ、あっぶな……」

『どうやら、あちらではとっくに戦闘は激化しているようだな。それに、今のは極大魔法か……ふふ、極大魔法を使える人材がいたというのか……面白い』

「黙らんかい! アフラ! いや、アホラ・マズダ!」

『やめんかい! 何がアホラじゃぁ!!』

「少しはこっちの心配しろボケアホラ! 今の時間ずっと傍観しやがって!」

『『『『『『『『『『そうだそうだ!』』』』』』』』』』

『なっ……?!』


まさかの“しもべ”の叛逆に硬直するアフラもとい、アホラ・マズダ。


「はぁ……しっかし、強力な魔法だな……あれでグランベヒーモスは……」

『死んでない』

「……そうだよなぁ……」

『あの一撃は、まぁいいところまではいったようだが……致命的な一撃にはなり得なかったらしいな。ところでアホラを取り消』

「ごめーん、聞こえなかったー。……うん、サイカは、大丈夫だな。アムシャ・スプンタ、ほかの皆、ありがとな」

『おーい、聞こえてるー?アホラじゃなくてア……』

「はいはい、アフラですよね、はいはい」

『うぐぐ……』


これまた予想外。思っていたよりも早く大和が訂正した為、どうもアホ……アフラ・マズダは奇妙な感覚に陥っていた。いやそこは違くないか、と。


そんなアフラ・マズダは無視して、大和は状況確認をする。

先程の衝撃波によって木が薙ぎ倒され、見晴らしがよくなった周囲を見渡す。そこで気付いたが、大和がいた地点の周囲の木は全て薙ぎ倒されていたが、隕石の落下地点に近くなるに連れて薙ぎ倒されている木の本数は少なかった。……隕石の落下地点の近くには衝撃波が来ないのか?それとも、来ないようにしているのだろうか?


実はこの時空から見下ろすと、隕石の落下地点から周囲数キロは木が全く薙ぎ倒されていないのだ。


これも魔法の効果なのか? と大和は感じたが、すぐにそうだと結論に至った。そもそも、隕石の落下地点から距離がある場所にいる大和でさえあの衝撃だったのだ。なら、さらに近い地点にいる者は耐えられるはずはないだろう。

つまり、隕石の衝撃波は周囲数キロでは感じられないという事だ。衝撃波が届かない空間がそこにあると考えてもいいだろう。

白百合達は無事だろうとすぐに理解した。


「まだ決着はついていない、のか……ん、見晴らしがいいな。これなら眷属となったモンスターが来てもすぐに発見できるな。なぁアフラ、アジ・ダハーカがどこにいるか、わかるか?」

『……………………いや、分からぬ。どこかにはいるはずだが……気配を察知できん……うん?』

「どうした?」

『いや、大和、お前の仲間がこちらに戻ってきている……なっ?! アルテミスの神格が顕現している?! ……相当大変な状況だな』


アフラ・マズダの言葉の抑揚から、現在色々ととんでもないことになっているのだろうとは感じた。


「今、どうなっている?」

『ふむ……現在、大和の仲間は全員、ではなく、アルテミス、ブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌを残してこちらに向かってきている。……ひと、ふた、みぃ……四つと少し、違う反応があるな。騎士団の連中か? それと、アルテミスは命をかけて戦っている、ようだ』

「命?! それって……」

『…………あと、2時間程であいつは自壊する』

「……クソッ」


大和は走り出そうとしたが、すぐに止まった。いや、アフラ・マズダに止められたのだ。

大和がアルテミスの元にすぐに行こうとしていた事など一目瞭然である。なんせ、大和の体がアルテミスのいる方角を向いていたのだから。同時に、右足も前に出ている。


『待て大和! アジ・ダハーカはどうする? あいつを野放しにするのは危険過ぎる!』

「それよりも! ……アルテミスは絶対に死なせない!」

『貴様! もしアジ・ダハーカが近隣の街にでも行ったらどうする?! きっと皆殺しにされるぞ?! 貴様は、街の住民全員とアルテミス一人を天秤にかけて、どちらを取るつもりだ!』

「く……それは……」

『一人を犠牲にして百人を救え! それこそが勝利だ! ……それに、神は例え死んだとしても、この世界に転生する。再び、この世界に現れる……また、会える……なら、』


大和には聞こえた。プツンッ……と言う音が。糸が、切れた音が。


「…………なら、なんだよ……それなら、死んでもいいってか?」

『また会えるのなら、それでも……』

「ふざけるな……例えまた会えるとしても……それは、今までのアルテミスじゃあ、ないんだぞ……」

『……何?』

「お前、もし死んだ筈の人間がある日墓から這い出てきて、また会えたねと笑顔で話せるか? ……俺には……出来ない」


アフラ・マズダは、黙り込む。大和の言いたいことを理解したからだろうか。……否。

アフラ・マズダは大和の言いたいことをなど、誰よりも理解している。何故なら、以前アフラ・マズダは聞いたことがあるからだ。実際に死亡し、転生した神の言葉を。それは、紛れもなくその神の本心だった。


……また会えたな、アフラ・マズダ。けど、これじゃあ……生きる死体(リビングデッドみたいだな……


苦笑いと共に放たれた、言葉。

その言葉は、深く突き刺さった。そこらの剣や槍の刺突などとは比べ物にならないほどに、鋭い言葉が、心を抉るようにして突き刺さった。

一生消えない痛みが、今でも胸にある。その傷は、大和の言葉を聞いて、より一層痛む。


ズキ、ズキ、と。

ギリ、ギリ、と。

メキ、メキ、と。


出来るものなら、アルテミスをいの一番に助けたい。そう思っているのは、何も大和だけではない。


『分かっている……分かっているとも! ……だが! ……アジ・ダハーカはどうすればいい! あいつは全てを壊すぞ!』

「なら、そいつをすぐに殺してからグランベヒーモスを……」

『敵を舐めすぎだ……それ程優しい相手でもないのだぞ!』

「けど……けど……」

『アルテミスは……諦めろ……』


大和は、俯く。



「なら、そいつは俺が倒してやろう。アジ・ダハーカ、だっけ?」



そんな時、場違いな程に明るい声が大和の耳に届いた。一瞬幻聴かと思いながらも顔を上げると、そこには一人の男がいた。その為、幻聴などではないとすぐに理解する。


背丈からは、中学三年から高校一年ぐらいの年齢だろうと感じられる。容姿は、まぁイケメンとまではいかない程の、一歩手前とでも言うような顔だった。その顔は何処か優しさを持つようで、それでいて強い意志を内に秘めたような表情だった。

服装は、全身黒い服だ。その服には所々白い線で模様が付けられている。そして、その模様は薄っすらと光を放っていた。

言って仕舞えば、中学二年生の人が好んで着そうな服である。

腰には刀が一振り、差さっている。

鎧などは、何一つ付けていない。まるで、そんなもの必要ないとでも言っているかの様だった。それ程の実力がある様には見えないのだが。


「なぁ、聞いてる?」


『大和、まだあいつを信用するなよ。それに、実力もわからないやつにアジ・ダハーカはまかせられんぞ』


アフラ・マズダの注意に小声でわかってると返し、目の前の男に話しかける。


「あ、あぁ、聞こえてるさ。だが、お前にアジ・ダハーカが倒せるとは思えないのだが?」

「えー、なんでさー」

「そもそもお前が戦っている所を見た事なんて無いからな。どれぐらい戦えるのやら」


事実、大和は目の前の男の名前すら知らないのだ。そんな人物を信用する程大和は馬鹿ではない。


「あー、じゃあ、戦っている所を見せればいいんですね……っと、ちょうどいいことにトロールが五体も来た!」

「なら、あれを五秒以内に全て倒せ。なら信じよう」


五秒以内。それは、アフラ・マズダが決めた最低ライン。もしこれよりも遅かったのなら信じる事はしない。何故なら、神の力を付与させた大和なら五秒で倒せるからだ。その大和ならアジ・ダハーカと互角に渡り合える。

つまり、大和と同じ速度か、それ以上の速度で敵を倒せるのなら、それは大和と同格かそれ以上という事だ。


だが、大和やアフラ・マズダはそんな事などないと、どこかで思っていた。


「わかったー」


流石に諦めるだろうと高を括っていた二人にとって、その返答はあまりに予想外だった。何故?! となりながら男を見る。

その男の後ろには、既に拳を振りかぶる五体のトロール。あと一秒もしない内に、男は木っ端微塵となるだろう、と言うほどの速度だった。


予想外の返答に、まさか、そう思っていたアフラ・マズダはすぐに落胆する。なんせ、トロールが迫っていながらも、微動だにしていないからだ。まるで避けようとすらしていない。

やはり、こんなものか。

そう、アフラ・マズダは思った。


『大和、あの男を……』


助けてやれ、と言おうとしたその時、


キィィィ…………ン


刀を引き抜く音がした。だが、何も変わってはいない。

男の立ち位置も、トロールの拳の向かう先も。


大和はハッとして駆け出そうとする。謎の音の所為で一瞬だけ固まってしまった為、男を助けられなくなりそうだからだ。

あの音によって、意識がそちらを向いてしまった。それによって、致命的に反応が遅れたのだ。

大和に焦りが生まれる。

同時に、男がグチャン、と潰されるという最悪の光景が頭に浮かぶ。


……だが、それは現実にならなかった。


「終わったよ」


瞬間的に、五体のトロールは、肉片と化した。見事なまでに、サイコロカットされていた。


「はっ……?!」

『な、に?』


遅れて、衝撃波がやってくる。衝撃波、というよりも少し強めの風は動きを止めた大和の頬を撫でる。髪を揺らし、服をバサバサと勢いよく動かす。少し経つと、まるで動く事に飽きたかのように髪と服は止まった。


ここまで、約五秒間。その間、大和の思考は停止していた。まさか本当に倒してしまうとは思っていなかったからだ。突然現れた男が自分と同格だなんて、予想だにしなかった。

どうやらこの考えは大和の表情に出ていたらしい。大和の顔を見た男はやっぱりかぁ……と言いながら頭を掻いた。


「そりゃあ、ビビるよね……僕は……まぁ、R(アールとでも読んでくれ。僕は、時間を旅してる。そこで色んな体験をしたから、こんなに強い訳さ」

「時間を……? 何時から、なんだ?」

「中学二年の頃から、かれこれ四年だね」


返答を聞いて、さらに驚いた。目の前の男は、自分なんかよりもベテランだと言う事を知ったからだ。

何時からか、大和は自分をもう一人前だと思っていたらしい。自分は、もう普通に戦えると。だが、Rの存在はそれが嘘なのではと思わせるのには十分だった。


「力は、見せた。だから、アジ・ダハーカは任せてはもらえないか」


Rは、力のこもった言葉を放つ。一瞬、今までのRとは違うような何かを大和は感じたが、すぐにそれは消えた。どこか、アジ・ダハーカに執着するようですらあるその何か……というよりも気配とでも言うのだろうか、それを一瞬、ほんの一瞬だけ、感じた。


『ふぅむ……』


アフラ・マズダは、悩んでいた。

確かに腕は立つようだ。だが、腕が立つからと言って信用していいという訳ではない。

と、その時大和は一つ……ある事を思いつく。

アフラ・マズダにやってみてもいいかと聞く。するとアフラ・マズダはすぐにそれを了承した。アフラ・マズダは思いつかなかったらしい。

それと、アフラ・マズダはその案を聞いた時、『おうぅ……』とすこし変な声を上げた。もしアフラ・マズダに実体があったのなら背を少しばかり仰け反らせていた事だろう。


「……なぁ、R……あっ、おれは大和。よろしく」

「ん? よろしく。……で、何か?」

「そこ動くなよ」

「? り、了解……」


突然の大和の挨拶と動くなコールにRは意図せず固まってしまう。それを確認した大和は蜻蛉斬りを構え、Rの顔面に向けて突きを放った。

それも全力で、である。蜻蛉斬りは蜻蛉の羽が刃に触れただけで切れてしまう程の斬れ味を持つとも言われる槍だが、その槍は空気を容赦なく斬り裂き、音速を超えてRの顔面に迫る。


そして次の瞬間にその槍は、勢い良くRの顔面を通り抜けて行った。……否、Rの顔面のすぐ真横、それも本当にギリギリな位置を通り抜けた。

Rの髪が遅れてやってくる風に揺れ、すぐに静まる。


Rは、動かなかった。一歩たりとも。

R程の身体能力があるのなら、簡単に避ける事が出来ただろう。もはや、反撃すら出来たはずだ。だが、Rは動かなかった。

それは信用してもいいという事の表れでもあった。

もしRが敵だったのなら、必ず動いていた。それ程の殺気も込めたのだ。


Rはふっ……と少しばかりカッコつけたように息を吐き、


「当てない事ぐらい、分かっていたさ」


と言った。だが、


「けどね?! やっぱり怖い! 何かこう、全身の毛穴がゾワゾワッてした! サワサワッてしたぁ!!」

「まぁまぁ、こうでもしなきゃ信用出来ないもので」


大和はRを宥める。その時大和の頭の中には、アフラ・マズダの声が響いていた。


『うむ、任せてもいいやも知れぬな。それに、ちょうど良く大和の仲間も帰ってきたところだ。あやつらにもアジ・ダハーカ討伐を手伝って貰えばいいだろうな』


大和は言葉を声に出さず、アフラ・マズダの様に心の中で話しかける。


『みんなが帰ってきた、か。うん、それがいいだろうね』


大和は今後自分が、仲間がどう動くか簡単に頭の中で考える。


「R、アジ・ダハーカをよろしく頼む。これからすぐに俺の仲間もくるから、そいつらとでも一緒に行動してくれ」

了解りょーかいっ


これで、アルテミスを助けられる。そう大和は心の中で考え、思わず口の端を少しばかり上に吊り上げる。

少し離れた所には、ベヒーモスに乗ってこちらに向かってくる者達がいた。


大和は、目前に迫る戦いに少し、体を強張らせるのだった。


「あ」


その背後で、Rはあるものを取り出した。それは、ぐしゃぐしゃになった紙切れだった。

それを広げて、Rはやってしまったと言うように頭を抱えた。


「これ出せば一発だっただろ……」


はぁ……というため息と共に、その紙をまた折り曲げてポケットにしまう。


完全に信頼されているかはわからないが、まぁ一先ず信頼を得られたようだ。終わりよければ全て良し。例え終わりまでの過程がどれだけ雑でも、上手く纏められれば問題はない。

つまりは、信頼されたのだから結果オーライだ、と言うことだ。


その紙には、こう書いてあった。


『Rへ。アジ・ダカーハの討伐を頼みたい。出来れば、大和に協力してやってくれ。

現在、アジ・ダカーハに対抗出来る者はR、お主だけだ。神界序列一位の、お主だけだ。無論報酬も用意する……』


『……ゼウスより』


それは紛れもなく、ゼウスからの依頼だった。

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