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グランベヒーモス戦 V

『大和っ!!』

「え」


大和は、目をそらした。その次の瞬間には、目の前に、トロールがいた。先程まで、数百メートル先にいた筈のトロールが。

トロールとは本来、ここまで足の速い種ではない。と言うより、トロールは足が遅い事で有名な程だ。そんなトロールが数百メートルを一秒にすら満たない時間で移動するなど、明らかに異常である。


バギッ……


とても、鈍い音がした。

大和の思考する速度を遥かに上回る移動速度で、トロールの棍棒が大和に向かって振られる。人間の数倍、数十倍はある体長で、棍棒をプロ野球選手並みの、いやそれ以上の速度で振るう。

大和にそれを避けることは、不可能であった。


大和に与えられた時間はもう、一秒も残っていない。そんな短い時間の中で大和が思考した事、それは、


避けられないのなら、砕きに行く。


アフラ・マズダ、その“しもべ”によって高まった運動能力は、コンマ数秒の世界で大和の体を動かす。あまりに高まりすぎた運動能力は、大和の体に痛みを与える。だが、その痛みが脳へ伝わるよりも早く、大和の体はトロールの攻撃をそらす為に動く。

体を時計周りに捻りながら上半身を下げる。その上半身を下げた勢いを利用し、右足を上に突き出す。それによって、目の前に迫ったトロールの腕を、パァンと言う風船を割るような音と共に弾き上げた。


トロールは驚愕で固まる。


大和も驚愕で固まる。その間体に痛みが走っていたが、それすら気にならない程の驚きだった。


「え、まじ?」

『『『『『『『マジだから早く動かんか!!』』』』』』』

「あっ、はい」


大和は後方に飛び退き、体勢を立て直す。その間、トロールは一瞬たりとも動こうとはしなかった。大和に突撃したトロールも、その後ろに待機していたトロール三体も。

大和に腕を弾き上げられたトロールは、不思議そうに自分の腕を眺める。そして、十秒ほど経った頃唐突に怒り出す。そして、突進。


先程感じた、「知能があるのでは?」という疑問はものの見事に消え去った。そして同時に、あのトロールは何者かに操られているのではという疑問が現れた。


疑問が現れたはいいが、目の前にはトロール。まずはそのトロールをどうにかしなくてはと結論付け、蜻蛉斬りを取り出す。今回はトロールの動きを理解している為、先程の様に不意を突かれる事はない。


先程と同じ様に、トロールは一直線に突き進んでくる。そこにフェイントなどは存在せず、あるのは怒りによって単調となった動き。

……避ける事だって、平然と出来るほどに単調だ。

だが、避けはしない。


「誰か、力を貸してくれ」

『それは……我々アムシャ・スプンタの力を、と言う事でいいのか?』

「あぁ」

『なら、スプンタ・マンユの力を貸そう。身体能力を最大限高めるが、いいか?』


この質問にどんな意味が込められているのかぐらい、大和は理解している。

どうせ、『お前の体が耐えられるか分からないぞ?』とでも言いたいのだろう。


……耐えられるのかを試したいだけなんだがな。大和は一人、呟く。その呟きは誰にも届かない。


「いいよ。よろしく、スプンタ・マンユ」

『余程自信を持っているらしいな』

「それ程でも」


蜻蛉斬りを構え、トロールが蜻蛉斬りの範囲内に入るまで目を瞑る。足音が、次第に大きくなっていく。

静かに息を吐きながら、目を、開く。


……トクン


不思議な感覚。これが、スプンタ・マンユの力か?


……トクン


まるで、この体が自分のものでない様な、不思議な感覚。


……トクン


動け、手足。ーートロールよりも、誰よりも速く。

働け、思考。ーー今までの自分よりも、速く。

動け、指の先まで。ーー限界を超えて槍を振るえ。

動け、

動け、

動け!


……ドクンッ


……ーー穿てーー……


声が、響く。それは、スプンタ・マンユの声。


「ハッ……」


目の前には迫るトロールの動きが遅くなる。一瞬、ゾーンに入ったのかと感じたが、すぐにそれはないな、と否定した。

何故なら、理由は簡単だったからだ。

トロールの動きが遅く思えるほどに、自分の動きが速くなっているのだ。


ニヤリと大和は口の端を上に吊り上げる。


瞬間、大和の姿が霞む。そこにトロールの拳が打ち付けられる。砂煙が上がり、爆音を上げる。


トロールは拳をゆっくり持ち上げる。そして、自分の拳を見て固まる。いや、正しくは“拳のあった所”だろうか。何故ならそこに、拳は存在しなかったから。そこにあったものは、元々拳だったもの。今では、ただの肉片である。


トロールは、動けなかった。

だが、それは恐怖によるものではない。本当に、動けないのだ。 この時、既にトロールは絶命していた。

次の瞬間、そのトロールはバラバラとなった。比喩ではない。頭が体から離れ、肩、肘、手首、指の順番で腕が無くなり、股関節、大腿骨、膝、脛、足首、足の指が切断される。


あまり気分の良くない音を立てながら、肉片が地面に落ちる。


「流石、スプンタ・マンユ」

『……なんなんだ、お前』


スプンタ・マンユが呆れたような声を上げる。冷静そうに放たれた言葉だったが、そこには驚愕がこれでもかと言うほど含まれていた。


トロールがバラバラとなるのを唖然として見つめていた、後方に待機するトロール三体。その三体は、当然怒り狂った。

そこらに乱立する木の根元を掴み、上に引き上げる。すると、それが当然だとでも言うように木は持ち上がる。

軽々と持ち上げた木をトロールは投擲しようとする。


だが、大和はそれに対処しようとしなかった。

もはや、そのトロールに背すら向けている。それは明らかに、侮辱されていた。

侮辱されていると、トロールの小さな脳でも痛いほど理解した。そして更に怒り狂う。殺す、殺す、殺す。


殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。


『ごろ……ず、ご、ろぉ、ずぅ!!』


トロールの、怒りの言葉。


「五月蝿い」


そのトロールの怒りを、怒りの言葉を大和はサラリと、「五月蝿い」の一言で受け流した。

ブチブチと、トロールから音が出る程に怒る。そして、その怒りが頂点に達した時、



パチンッ……と、指を鳴らした様な音と共に、粉砕した。



三体のトロールは、粉砕した。いや、された、と言う方が正しいだろうか。先程のトロールよりも、細かく刻まれたのだ。それを知覚出来たトロールは、いなかった。声すら上げることも出来ずに、絶命した。

気付いたら、死んでいた。この例えが最も分かりやすいだろうと思う。


『化物め……』


スプンタ・マンユは驚愕や呆れなど、色々なものが混ぜ込まれた様な声で大和へ話しかける。


「誰が……俺が?」

『お前以外に誰がいる……トロールを4体同時・・・・)に粉砕するなど、化物だろう……私はそこまでの動きが出来る程までに身体能力を上げた覚えはないのだが……』

「あんたの考えてた限界と俺の考えてた限界は、違っていた……ってだけじゃないのか?」


スプンタ・マンユは、はぁ……と溜息を吐く。


『化物だ……はぁ』

「いやぁ、それ程でもー」


この会話を聞いていたアフラ・マズダと、スプンタ・マンユを除く“しもべ”全員は、一切の例外なく、絶句していた。有り余るスペックに対する絶句と、そのスペックをさも当然だと言う大和に対する絶句。

あれ程のスペックを持つ者は、体を壊しても不思議ではない筈なのだ。実際、アフラ・マズダやスプンタ・マンユらはあまりに高まりすぎた身体能力に、体が追いつけずに自壊した人間の姿を、数え切れないほど見てきた。


『……まぁ、これならあちらの化物にも対抗出来るだろうよ』

『アフラ……マズダ様……』

「あいつに、勝てるか? 俺なら……勝てるか? アフラ・マズダ」

『うぅむ、勝てるかは分からん。ただ、互角に戦えるとは思うが』


アフラ・マズダの返答に大和は肩を落とす。それはもう、がっくりと。


勝てるかわからない、と言うのは現在の大和にとっては嬉しくない報告であった。サイカを呪縛から解き放つ為には、グランベヒーモスを倒さなくてはいけないのだ。

大和は、横たわっているサイカを眺める。


「……」

『どうした? 大和』

「……いや、サイカどうすればいいのかなぁ、と」


大和が言いたいことは、サイカを戦場へ連れて行くか否か、と言うことだ。この質問に、アフラ・マズダらはうむ、と言葉を詰まらせた。

それはつまり、連れて行けば当然危険、だが連れて行かなくとも危険だと言うことだろうか。と大和は勝手に解釈した。

もしそうだとしたら、先程のトロールと何か関係があるのだろうか?


『……正直、サイカを戦場へ連れて行くのは反対だ……だが、サイカをここに置いて行く訳にもいかない』

「なんで?……やっぱり、さっきのトロールと関係があるのか?」

『そうだ。先程のトロールは操られていた。操っているのは恐らく……』


アフラ・マズダの言葉が一瞬止まる。

大和はなんだと言いかけたが、アフラ・マズダが言うのを躊躇っている様に感じた為、無言のまま言葉の続きを待つ。


アフラ・マズダは意を決したかの様に話し始める。


『すまん、名前ど忘れしてた』

「馬鹿野郎ッ!!」


大和は危うく転びそうになったが、それを必死に堪えた。結果、片膝をつく所で耐えられた。


「おま……俺がどんな思いで次の言葉を待っていたと思ってるんだ……」

『すまん、すまん。歳をとるとよく物事を忘れてしまう。なんせ、我は今年で八万五……』

「聞いてねぇから。早くさっきの続きを言えよ」

『……』


大和はアフラ・マズダを無性に殴りたい衝動に刈られたが、それをどうにか堪える。そして頭をぐしゃぐしゃと片手で搔きむしり、歩き出す。方向は、サイカのいる方向である。

その間、アフラ・マズダの“しもべ”は爆笑していた。その声はダイレクトで大和の頭に流れ込んで来る為、大和の耳はおかしくなりそうですらあった。大和が「五月蝿い」と言うと、笑い声は嗚咽の様な声に変わった。……まぁ、それが笑いを堪えて出る嗚咽だと言うことぐらいは理解し易い。


サイカの元に辿り着くと、大和はサイカを抱き上げる。そして、木陰へ向かって歩き出す。


「つ・づ・き・は?」

『はい……えっと、操ってるのは、アジ・ダハーカだと、思われます。はい』

「へー」


なぜかアフラ・マズダの声が縮こまった様な声になっていたが、大和はなるべく気にしない様にした。

だが、そのアフラ・マズダの声を聞いた“しもべ”はまたも笑い出す。またも大和は「五月蝿い」と先程よりも若干語彙を強めて言ったが、今回は全く変わらなかった。どうやら、ツボにはまったらしい。大和はなるべく笑い声を聞き取らないようにはした。

はぁ……と大和は溜息を吐き、サイカを木に寄りかからせる。その隣に大和も腰掛ける。


……折角シリアスに入りかけたと思ったが、どうやら勘違いだったらしい。これではシリアスは台無しである。


『えっと、どうやらこの辺り全域……と言うか、グランベヒーモスを中心とした半径五キロのモンスターが凶暴化してる……ようです。はい。……それと……』

「普通に喋れ」

『わかった。それと、どうやらアジ・ダハーカは単独行動しているらしい。これがモンスターの凶暴化の原因だ。アジ・ダハーカはグランベヒーモスの周囲五キロを動き回り、出会ったモンスターを殺し回っている』


普通に話せたんだったらそうしろよ、と大和は言おうとしたが、飲み込んだ。言っても無意味というか、徒労に終わる様に感じたからだ。


「……ん? それと凶暴化からどう繋がるんだ?」

『殺し回っている、と言うのは適切ではないな。正しくは、眷属にしているのだ。

アジ・ダハーカの三頭にはそれぞれに苦痛、苦悩、死と言う意味が込められている。中央が死、右が苦痛、左が苦悩だな。そして、アジ・ダハーカはその意味が込められた頭で噛みつくことで、その意味を現実にする。例えば、中央の頭で嚙みつかれれば、「その者は確実に死ぬ」。左の頭で噛みつかれれば、「その者は苦悩する」。それを利用している。アジ・ダハーカは右の頭でモンスターに噛みつき、モンスターに「苦痛を与える」。苦痛は思考を鈍らせる。そこに出来た歪みにアジ・ダハーカは付け入るのだ。そうすれば、アジ・ダハーカに忠実な眷属の出来上がりだ』


大和は、嘘だろと言おうとした。だが、言わなかった。否、言えなかった。


『現在、この周囲にはアジ・ダハーカの眷属となったモンスターがウヨウヨといる。そんなところにサイカを一人置いて行くのは……正直気が引ける。だが……グランベヒーモスとの戦闘の最中に置くのも看過できん』

「ち、ちょっと待て! アジ・ダハーカは単独行動? それってつまり、敵は二体いるのか?」

『……あぁ。そうだ』

「アジ・ダハーカの強さは……?」

『グランベヒーモスと、同格だ』


大和の顔が、真っ青になる。つまり、グランベヒーモス二体と戦えと言っているのと同じだ。それに、おまけとしてアジ・ダハーカの眷属もウヨウヨといる。

……さてどうする……?


と、その時、揺れた。ぐらんと、地面が揺れた。

大和は勢いよく立ち上がり、グランベヒーモスがいるであろう方角を見る。すると、空から雨の様に降り注ぐ隕石がそこにはあった。

遅れて、衝撃波が襲ってくる。その衝撃波が台風の風が可愛く感じられる程の威力である事は、遠目で見ても一目瞭然だ。大和はサイカを庇うように立ち、その衝撃波を打ち消さんとする。


だが、一つのおかしな部分がある。大和の位置からだと木が弾き飛ばされるのが視認できるのだが、爆心地から近い位置にある木は弾き飛ばされていない様だ。

そこから、これが魔法であるとすぐに理解した。


「アムルタート! ハルワタート! 力を貸せっ!」

『『了解!』』


トロールとの戦闘の時と同じ。

大和の中に何かが入り込んでくる。そして、力が漲るように感じる。


『『「完全なる不滅の盾ッ」』』


大和は右手を前に突き出す。すると、その右手から光がほとばしり、六角形の盾を形成する。それは宙に浮かぶ、盾だった。


「スプンタ! お前も力を貸せっ!」

『ふん、言われなくとも』

『「創造クリエイト・シールド」』


左手を右手に添える。すると、全く同じ見た目の盾が幾つも現れる。それが一つ一つ組み合わさる。合計十枚の盾が集まり、それが一つの盾のなる。その盾が更に何枚も現れ、合計で十枚の巨大な盾が出来上がる。


「耐えろよ……」


瞬間、爆発的な衝撃波と閃光が大和を襲った。目の前が閃光によって真っ白になる。

この衝撃波は、大和いる位置を勢いよく通り抜ける。

閃光は、大和を飲み込んだ。


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