グランベヒーモス戦 IV
アルテミスは、矢を放った。その矢は音速を超え、ただ、一点に向かって真っ直ぐに向かっていった。
そして、衝突。
グランベヒーモスが、大きく、弾き飛ばされた。軽く、数キロは吹き飛んだだろう。
「やった!」
『アルテミス』のメンバーや、白百合達は、つい、叫んでしまった。
直後に、極大魔法が発動する。
◇◆◇
何処からか飛来した一本の矢。
それによって、グランベヒーモスは弾き飛ばされる。いとも簡単にグランベヒーモスを吹き飛ばした矢はそのままグランベヒーモスと共に何処かへとんでいってしまった。
今しかない。
そう感じた。一心は、極大魔法を発動した。そしてすぐに、その範囲外まで逃げた。途端、空からは隕石がこれでもかと言う程の勢いと量で降ってきた。その隕石の一つ一つに意思があるのか、自然とグランベヒーモスへ激突していった。
爆発が何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……起こる。
爆発は一回で大気を揺らし、
二回で大地を揺らす。
三回で大気と大地を同時に揺らし、
四回で大地を大きく変形させた。
そこに出来たのは、まるで噴火口様な窪み。
五回で、その窪みを更に大きくし、
六回で更に窪みを大きくする。
同時にその周辺を通っていた断層を大きくずらし、各地に巨大な地震を起こした。その地震は、四国同盟 黄龍全土を大きく揺らした。
百発近く隕石が落ちた後、トドメと言わんばかりに一際巨大な隕石が窪みへと落下した。そしてそれは、窪みを更に大きく、深くした。そして、二度目の黄龍全土を揺らす地震を起こした。
一心や他の勇者、騎士団の生き残りは唐突に現れたベヒーモスの背中に乗せられて、安全地帯まで連れてこられた。突然現れたベヒーモスには少なからず驚いたが、敵意が無いことだけはよく分かった。その為、特に拒否はしなかった。正直、その地点がそこまで安全だと言うわけでもないが。なんせ目の前には隕石が落ちた中心もとい黄龍全土を揺らす地震の震源があるのだから。
ベヒーモスの背中には、見知らぬ人がいた。だが、グランベヒーモスの討伐に協力してくれると言っているので、ひとまず彼らが誰なのかと聞くようなことはしないようにした。それは今することで無い。今重要なのは、敵が味方か、と言うところだ。
ーー当てたっ!!
一心は、喜んだ。なんせ、極大魔法を完璧に当てられたのだから。
だが、まだ分からない。戦いとはそんなものだ。もしかすると生きているかもしれない。だが、生きていたとしても瀕死だろう。
一心は注意深く、隕石の衝突した辺りを見渡す。
轟々と音を立てながら地面が崩れる。砂煙りは一向に晴れる様子はない。地面はまるで煉獄と見紛う程の炎を上げていた。
ある時唐突に、一際、強い風が吹いた。
それは、砂煙りを完全に吹き飛ばす。
そこには、グランベヒーモスがいた。
無傷の、が。
「はぁっ?!」
一心は素っ頓狂な声をあげた。その表情には、驚愕と恐怖が現れている。
一心以外の者達も皆同じ様な表情だった。その中でも一心を除く勇者三人の表情はより一層深刻な表情だった。その表情から『勝てない』『無理』……そんな事を読み取るのは容易い。
グランベヒーモスは、またも進化していた。
獣の様な四本足から、二本足で立つ様になっている。それはまるで獣人の様だった。さらに、二本足で立つ様になった為、前足の二本が自由になった。その前足のすぐ隣に更に二本の真新しい腕が生えていた。
鎧はより硬質化しているのは明らかだ。目で見ているだけなのに、何故かあの鎧は砕けないと感じてしまう。どこか、圧倒的な強者と同じ様に感じられる。あの、圧倒的な威圧に似たものである。
進化したのは、手足や鎧だけではなかった。当然と言うべきか、触手も進化されている。が、それは増えた訳ではなかった。寧ろ、減っている。例えるなら、少数精鋭だろうか。少ない数で最高のパフォーマンスをする、そんな進化をしていた。
明らかに、強くなっている。強化、いや、狂化している。
その姿は、恐怖を表している様だ。圧倒的な、威圧。それはもはや肌で感じられるほどの、恐怖そのもの。
「……っ」
誰もが、言葉を紡ぐ事が出来なかった。誰もが、口を開けなかった。誰もが、絶句していた。
周りの音が、消えたと錯覚する程に、静かになった。その静寂はさらなる恐怖を与えた。
『汝、我に反するか?』
声が、聞こえた。それは人間の声ではなく、神の声でも無い。話し慣れていないその話し声は、誰から発せられた?
答えは、グランベヒーモスからである。
「なっ?!」
「うそ……」
「んな馬鹿な……」
やっとの思いで紡がれた言葉は、恐怖に染まっていた。一心も、アルテミスも、白百合も、例外ではない。
どこかで、頭では理解はしている。その声は、グランベヒーモスのものだと。だが、それ以外では理解していないと騒ぎ立てる。恐ろしいのだ。グランベヒーモスの成長速度が。言葉すら話してしまう化け物。その化け物は、これから更に成長してしまうのでは? ……それが、恐ろしいのだ。
『何とも、愚か』
『何とも、愚か』
『何とも……愚かなり』
一心の表情が恐怖に歪む。それを見た三人の勇者も、本当の終わりを見た様な表情に変わる。それを見たアルテミスは焦りとメッセージをふんだんに込めた声を上げる。
「おっ、お前たち! 何を惚けている! 臨戦態勢をと……」
「何を……って、アレに勝てると思ってるのか? あんた……」
「なっ、何を言って……いる……?」
アルテミスは言葉に詰まった。続ける事が出来なかった。最も勇敢だった一心の、あまりに、予想外の返答だった為に。
アルテミスの言葉には、『大丈夫だ』と言うメッセージが込められていた。死なせないと、伝えたかった。だが、それが伝わる事はなかった。グランベヒーモスの圧倒的な威圧によって生まれた恐怖に飲まれた一心達、勇者四人にはそのメッセージは届かなかった。
「あんな化け物に勝てるわけ無いだろ……極大魔法ですら傷一つ付けられなかったんだぞ?! そんなやつに、どうやって勝てばいいんだよ……」
「貴様……それでも、勇者かっ!」
「そうだ、そうだよ! 俺は勇者として呼び出されたさ! ……けどな、その勇者が絶対に万能だと決めつけるなよ! 勇者だから、勇者ならばってさぁ、何でも勇者だって事を口実にするなよ! ……くそ……」
「…………すまない……」
アルテミスには、謝る事しか出来なかった。一心が、泣いていたから。それが偽物の涙で無い事ぐらい、誰にでも理解できるだろう。その涙は、本物の、哀しみの涙。全力を尽くし、命を懸けて戦い、だがそれでも敵わなかった。そんな圧倒的強者に手も足も出なかった事に対する、哀しみの涙。その涙を責める事が出来る者など、存在しなかった。
それに、『勇者が万能だとは限らない』……その一言はアルテミスの心を大きく揺らした。アルテミスには、その言葉をすぐに受け入れてしまえる程の体験をした事があったのだ。
……勇者を、死なせてしまった事があった。
そんなアルテミスだからこそ、一心の言葉の、心の奥深くのものを垣間見てしまった。
そんなアルテミスだからこそ、一心の心情を一心以上に分かってしまうアルテミスだからこそ、一心達を助けたいと、一際強く思ってしまった。
「…………お前達は、生かしたい」
「え……?」
アルテミスの小さな呟きは、一心の耳にだけ、しっかりと届いた。
「……白百合、揚羽、蓮司、アリア、キサラギ、ハル、レイ、ショウ、リンキ…………スサノオ……無茶なお願い、聞いてくれるか?」
「な、何、するつもり、何ですか……」
アリアがアルテミスに心配した声をかける。が、アルテミスはそれをわざと無視し、言葉を続ける。
「彼ら、勇者を、守ってはくれないか?」
震えた声で、話す。その声を聞いた者は、誰もが同じ事を言うだろうと確信できる。
その声には、恐怖が込められていた。グランベヒーモスに対する恐怖ではなく、これからの事に対する、恐怖。例えるなら、死に対する恐怖に近いだろう。
「私が、時間を稼ぐ……だから、その間に勇者達を安全な場所に、連れて行ってあげて……」
「待て……アルテミス、お前……」
普段は冷静なスサノオすら、焦りを露わにして話していた。感情を感じさせる事のなかったスサノオの表情に、焦り、怒り……そんな感情が大きく現れている。
それが異常な事だと言うのは、白百合達にすら理解出来た。
「死ぬ気……なのか……?」
「…………えぇ、そうよ。……神格を、顕現させる」
神格の顕現。その言葉は、スサノオを大きく揺れ動かした。
白百合やアリア達には、その言葉を理解する事は出来なかった。だが、神であるスサノオやブラフマーは、その言葉を理解していた。そして、理解した者の表情は例外なく歪んだ。
「あ、アルテミス、さん……神格、の顕現って……」
「アリア、それ以上は聞くな」
「すっ、スサノオさん……? 何を……言って……」
「アルテミスが決めた事だ……俺たちにその考えを捻じ曲げる事は、出来ない……」
「で……ですが……」
アリアとスサノオの会話を聞いていた『アルテミス』のメンバーは全員口を噤む。確かにスサノオの言葉は正しいからだ。
「スサノオ……皆を、頼んだよ」
「あぁ、わかった」
「まっ、待って……アルテミス……さん……」
「ごめんね」
アルテミスは、アリアの目も見ずに謝る。いや、目すら見れなかったのだ。そして、ベヒーモスの背から飛び降りようとした。それを見ていたブラフマーは堪らず声をかける。
ブラフマーの手には、ある魔法があった。それを活用出来ないか、とブラフマー達は考えたのだ。
「アルテミス……私達も、協力するよ」
「……すまないな、ブラフマー」
アルテミスは申し訳なさそうに礼を言った。それを見たアリア達も声を荒らげて、協力するとは言ったがそれは断られた。ブラフマーやシヴァは、創造神や破壊神と呼ばれる存在だ。それ程の存在でなければ、グランベヒーモスとは戦えないのだ。
「アルテミスさん」
「……なんだ?白百合」
「きっと、大和が来ます。それまで、死なないで」
「…………あぁ、分かった。大和はあいつに、勝てるんだろうな?」
アルテミスは挑発する様に言った。だが、その声は少なからず震えていて、挑発にはなっていなかった。それはもはや、助けを求める様な声にすらなっていたかもしれない。
「当然ですよ、アルテミスさん…………いってらっしゃい」
「……白百合……いって、来ます……」
そして、アルテミスとブラフマー達がベヒーモスから飛び降りようとした、その時、あの声が響いた。
あの、恐怖を内包した声が。
『逃がす、とでも?』
「ッ?! べっ、ベヒーモス、逃げろ!」
途端、目の前に巨大な影が現れた。先程までの恐怖ではなく、そこには異常なまでの恐怖が詰まっていた。それはまるで、恐怖を練り固め、それを圧縮した様な、そんな恐怖がそこにあった。
ベヒーモスはゴァァッ! と声を上げ、方向転換する。『アルテミス』のメンバーや白百合達はベヒーモスの背中に全力でしがみついた。
そんな不安定な背中で、アルテミスは神格の顕現を開始する。
「ブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌ!時間を!」
「「「了解!」」」
ブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌは戦闘態勢をとる。
シヴァとヴィシュヌはベヒーモスの背中から飛び降りる。シヴァは手にトリシューラを構える。ヴィシュヌはアヴァターラを発動し、VI:パラシュ・ラーマをその身に宿す。
シヴァはトリシューラに炎を纏い、グランベヒーモスの右足のすぐ隣に着地した瞬間トリシューラを薙ぎはらう。炎は見慣れた赤い炎から透明な炎へと昇華し、透明な刃となってグランベヒーモスの右足を切り裂く。異常なまでの鎧。それを無効化する能力があるとしたら、貫通だ。
所謂、『防御無視攻撃』や『固定ダメージ』の類いだ。これこそ、高い防御を持つ敵に対する最も効果的な攻撃方法である。
目の前にいるのは、高い防御をもつグランベヒーモス。なら、それを使用しない理由などない。
トリシューラの透明な炎はグランベヒーモスの鎧を平然とすり抜け、その内部に広がる本体を容赦なく切り裂く。ズシャッ、と言う肉を切り裂く音を発しながら、それでもトリシューラは斬り裂き続ける。そして、シヴァがトリシューラを振り抜くと同時にグランベヒーモスの体が右側に傾いてゆく。
右足の神経を切り裂いた事で、力を入れる事が出来ないのだ。
グランベヒーモスの瞳は、憎たらしそうにシヴァを睨みつける。誰もが恐怖するその瞳に、シヴァも一瞬怯んだ。が、なるべく平然を装い、更に睨み返す。
「こんな攻撃もあるんだよ……?」
『小癪な……この、小娘が……』
グランベヒーモスはシヴァを射殺さんと睨み続ける。この時、グランベヒーモスの警戒心はシヴァばかりを捉え、その他の者に対する警戒心は限りなく無くなっていた。
それを理解したシヴァは心の中で「やった!」と喜ぶ。当然、平然を装ってだが。
これが狙いである。まずは、グランベヒーモスの意識をこちらにずらす事が出来れば、シヴァの役割は果たしたも同然だ。
だが、まだ終わらない。万が一、があってはならない。その為には完全にシヴァのみを敵と認識させるか、混乱させるかの二択だ。
シヴァは当然、後者を選ぶ。
トリシューラを握る手に力を込める。すると、透明だった炎が色付き始める。その色は、全てを焼き尽くさんと燃え盛る地獄の炎の様に、若干黒が混じった真っ赤な炎がそこにはあった。
「はぁっ!」
シヴァは掛け声と共に、トリシューラを投擲する。轟、と燃え盛る炎はトリシューラを全て包み込み、火炎旋風さながらの回転をしながらグランベヒーモスの顔面に吸い込まれていった。
そして、
『な……ッ?!』
それは爆発する。
グランベヒーモスの顔面ほぼ全域が、黒煙に包まれる。グランベヒーモスは少なからず、混乱していた。
それとほぼ同時に勇者達を乗せたベヒーモスは逃走を開始する。すぐにアルテミスとブラフマーはベヒーモスから飛び降りた。ブラフマーは飛び降りると同時に手をグランベヒーモスに向けて、何かを唱えた。
ヴィシュヌは、パラシュ・ラーマの能力によって発現した斧を構え、グランベヒーモスの左足元にいた。
シヴァはヴィシュヌにアイコンタクトをし、一気に後方に移動する。そして、シヴァが移動し終わった頃、グランベヒーモスの顔面から黒煙が消え去った。
それとほぼ同時に、グランベヒーモスは前のめりに倒れた。
グランベヒーモスは倒れながらも、違和感を感じた左足を見る。するとそこには、関節が逆に曲がった左足があった。
「悪を根絶するは……」
その左足の近くには、不自然な黒い線が両腕に現れているヴィシュヌがいた。それも、戦斧を振り抜いた状態の。だが、その戦斧は振り抜いた瞬間から加速を始め、二撃目の準備に移っていた。グランベヒーモスはすぐに理解した。あいつが左足をやったのか、と。同時に、殺してやる、と思考する。だが、そう思考しながらも、体は思い通りに動かなかった。
その時、グランベヒーモスは初めて気付いた。己の体に、鎖が巻き付いている事に。
その鎖を辿ると、ブラフマーに行き着いた。
ブラフマーは、不敵な笑みを浮かべる。グランベヒーモスが何故だ? と考える暇もなく、無理矢理理解させられる。
「神なる戦斧ッ!!」
衝撃がグランベヒーモスの胸部を襲う。ミシミシと音を立ててグランベヒーモスの鎧が軋む。それはまさに、ヴィシュヌの二撃目だった。二撃目にしてヴィシュヌ最高威力の一撃。それが、グランベヒーモスの胸部の鎧を打ち砕かんとしていた。
…………あの笑みは、勝利を確信した笑みだとでも言うのか……
グランベヒーモスはその言葉を心の中で何度も反復した。胸部の痛みを堪えながら、何度も反復していた。そして、反復するごとに高まる怒り。
『こ、の……小娘共がぁ!』
グランベヒーモスは胸部の痛みを堪えながら、前のめりに倒れる。だが、倒れながらも叫んだ。
恨み、怒り、苛立ち、そんな感情を丸出しにして、叫んだ。
「ならあなたは、子猫でしょうか?」
そんな時、透き通るような声が、そこら一帯に広がった。
その声の主は、アルテミスだった。
神々しく輝く衣を身に付けた、アルテミスだった。
「殺してあげます。グラン、ベヒーモス」
アルテミスは弓を構えた。




