グランベヒーモス戦 開戦 I
『死ぬぞ? そこの少女』
一瞬、何を言ったのか分からなくなった。
死ぬ?
サイカが?
どうして?
「おい、助ける、方法はあるのか?」
大和が震える声を必死に堪えて、聞いた。サイカを助けるためなら、なんでも差し出すと心に決めて。
『なら、大和。お前は一人で、ここに残れ。それが助けられる唯一の方法だ』
「助ける方法は、なんなんだ?! それを教えろ!」
『言えぬ。言わない事も助ける為の条件だ』
「ッ……わかった……残ればいいのだろう?」
「「や、大和?!」」
白百合と椿が驚いた声を上げた。当然だろう、大和を暴走させた張本人と残らなければならないのだから。
だが、揚羽は冷静に事を考えていた。
「ねぇ、サイカちゃんが助かるには、大和くんが一人で残らないと駄目なの?」
『あぁ』
「なら、いいんじゃない?ただし、それでサイカちゃんが確実に助かるのなら、だけどね」
『ふんっ! 我に出来ぬ事などないわ!! 少女一人救えずして善神と名乗れるか!』
この会話で、白百合と椿は納得したようだった。渋々だった様にも見えたが。
だが、この会話の中に気になった単語があった。それを聞き逃さなかったのは、神 五人。
(善神……?)
どこかで聞いた事がある。だが、思い出す事は出来なかった。
大和はサイカを抱えてベヒーモスから飛び降りた。「先に行っていてくれ」こう言って、近くの森の中に走って行ってしまった。
白百合はそれを不安そうに眺めていたが、自分達がしなければならない事を思い出し、すぐにベヒーモスで移動を開始した。
大和の所に居たリスが、トトトッ……と、白百合の肩に駆け上った。
サイカは大和に任せる。
◇◆◇
『では、ここらでいいかね』
「分かった」
森に入ってから一分くらいの所で大和は止まった。以外と開けている。どうやらここで行うらしい。
『では、これからする事を説明するぞ』
「え?……あぁ、うん」
(さっきの説明できないってのは嘘かよ。それってつまり、あいつらには教えられないという事か?)
『お前の考えている事は筒抜けだ。ちなみに説明できないと言ったのは、そう言う気分だったからだ』
「殺すぞテメェ」
『まぁまぁ、では、これから儀式を始める』
殺気全開で殺すぞって言ったのに、さらっと流された。
いや、それより、儀式?
「いやいや、まてまて。儀式って何の儀式だ?」
『あぁ、そうか。儀式と言うのはだな、大和、お前はその少女、サイカと契約するのだ』
「契約? それをすれば助かるのか?」
『ぬ? 大和、貴様、まだ分かっていなかったのか? …まぁ、いい。グランベヒーモスはサイカに紋章を付けただろう? その紋章がサイカの体を蝕んでいる』
大和は頷きだけ返す。
『ならば、その紋章に上書きすればいい。例えるなら、中和する様なものだ』
「ほう、そう言う事なのか。なら今すぐに…」
『無理だ。お前の力だけでは出来ん』
「はぁ?!」
じゃあ、どうしろと?! 大和がそう、叫ぼうとしたのだが、それより早くアフラ・マズダが解決法を言った。
正直、躊躇ってしまった。
先程、大和は全てを捧げてサイカを助けると誓ったが……これは少し辛い。
これは同時に、
『貴様が、両腕を捧げて【不滅の聖性】と契約すれば良い』
俺がグランベヒーモスとの戦闘に参加出来ないという事を意味している。
◇◆◇
勇者と混合騎士団、総勢百名は、あと三十分もすればキリの街に到達するという所まで来ていた。
「そろそろ、戦闘用に切り替えろ」
「「「「了解!」」」」
アーサーは勇者に言った。
戦闘用と言うのは、心構えをしろと言うような事と同じだ。相手は未知の敵。その為、いつ攻撃が来てもおかしくはないのだ。
ベヒーモスと言うと、近接戦闘型と言われている。だが、今回のベヒーモスは、そうとは限らない。もしかすると、遠距離攻撃を兼ね備えているかもしれないのだ。
「総員、戦闘用に切り替えろ!」
アーサーは、騎士団の者達九十八名に向けて同じ事を言った。青龍騎士団の団長、レイジは、もう既に戦闘用に切り替えていた。
騎士団全員の、目つきが変わる。一人一人が高い戦闘能力を持つ、騎士団上位五十名。その全員が、本気の戦闘に備えていた。
勇者も例外ではない。
百四名全員が、一言も発さなくなる。
それ程の、相手との戦闘なのだ。
と、その時、アーサーがふと、空を見上げた。一瞬、太陽の光が何かに遮られた様に感じたのだ。
だが、空には何もなかった。あると言えば、雲が少しばかりあるくらいだ。それ以外には、青い空と太陽しかない。
それに、警戒範囲を先程から最高レベルまで広げている為、もし空に何かいるのならすぐに分かるはずなのだ。例えそれが雀であろうと、分かるはずなのだ。
警戒範囲とは、魔法の一つ。自身の危険察知能力を底上げする魔法だ。騎士団一位となれば、気付けないものなどあるはずがない。それほどの力をアーサーは兼ね備えている。
だが、それに頼ってしまったのは、間違いだった。
自分に気付けないものなど無いと言う考えを捨てるべきだったのだ。
自分の目で確認するべきだったのだ。
自分が最強に近いと言う、自信から生まれた隙。
その隙間を、グランベヒーモスは平然と通り抜けた。
グチャッ
青龍騎士団団長、レイジの体が馬ごと何かに潰された。
それは紛れもなく、グランベヒーモスそのものだった。
それにすぐに反応出来たのは、アーサーのみ。
アーサーは馬から飛び降り、勇者達と敵の間に体を滑りこませる。
「我らの希望の炎は、消させはせん!」
アーサーがそう叫んだ瞬間、超威力の爆発が起こった。
騎士団全員が、吹き飛ばされる。馬諸共、だ。
二百メートル程後ろに飛ばされただろうか。先程まで居た所が遠くに見えた。
騎士団や勇者は、うまく着地する事が出来た。
少し遅れて、アーサーが吹き飛ばされてきた。
アーサーは少し離れた位置にドサッと、落ちた。すぐに勇者は駆け寄ったが、アーサーの姿を見て、真っ青になった。
アーサーの両腕は焼け焦げて、もはや炭の様になっていた。足は、右足は無事だったが、左足は関節が逆に曲がっていた。恐らく、着地に失敗したのだ。
明らかに、戦闘は不可能だった。
騎士団一位の防御魔法ですら、防げない。その事実は、勇者に絶望を与えた。
息が、出来ない。頭では息をしろと命令しているのに、体が言う事を聞いてくれない。
それが恐怖によって起こっているという事すら、勇者達は気付けない。それ程、衝撃的だったのだ。
気付けば、一心は膝を地面につけていた。まるで、接着剤か何かで付けられたかの様に、ぴったりとついてしまった。
動け、動けよ、足。だが、足は、動かない。
結局、その場に座り込んでしまった。
それは、一心だけではなかった。亜紀も、小鳥も、綺音も、その場に座ってしまっていた。
「ゆ、勇者様ッ! な、何か命令をっ!」
騎士団の誰かが、そんな事を言った。それは、勇者をさらに戦えなくするという事に気付かずに。
一心は、すぐに何か命令しなければならないと焦り、すぐに何かを考えた。だが、何を言えばいいのか分からない。それによって、さらに焦り、さらに分からなくなり、焦り……と、最悪のループに陥っていた。
「ゆ、勇者、様ッ!!」
「ッ……」
さらに焦る。
そこでようやく、ある事を思い付く。
撤退。
その、二文字だ。
「ッ、てっ、撤退だ! ひとまず撤退して、準備を…」
そこから先は、言えなかった。理由は、簡単。それが無理だと察したからだ。
先程爆発があった地点には、大きなきのこ雲があった。上空には先程まであった雲が一つもなかった。それによって、先程の爆発の大きさを思い知らされた。
真っ黒な爆煙が立ち昇る地点から、グランベヒーモスが姿を現した。
そして、こちらを睨んだ。
たったそれだけで、先程までの恐怖が蘇る。いや、これはもはや先程までの恐怖とは比較にならない程の恐怖だった。ただ、睨まれた。それだけで、胃の中のものが逆流する。
女性の騎士は、ほとんど全員が気絶してしまった。良くても、失禁するほどだ。
中には、自分の命を絶つ者もいた。
一人、逃げようとした。男だった。
グランベヒーモスに背を向けて、走り去ろうとしていた。
その男が走り出した。騎士団の者達や勇者は、それを眺めていた。
瞬間、何かが横を通り過ぎた。それは、炎の塊だった。それは音速を超えて動き、逃げている男の体に吸い込まれる様に向かっていった。
そして、直撃した。
爆発した。それによって、上半身と下半身が離れた。
だが、それだけでは終わらなかった。さらに、爆発した。それは大きな爆発ではなく、爆竹の様な小さな爆発が連続して起こった。
もう死んでいるにも関わらず、爆発は起こり続ける。そして、血も吹き出し続ける。
三分程、その爆発は起こり続けた。残ったものは、骨のみ。
それは、残った者達に更に恐怖を与えた。
たった一度の攻撃で、逃げられないと分かった。
もう、逃げようとする者はいなかった。ただ、騎士団は一つの所に集まり、絶望する事しか出来なかった。
だが、勇敢な者はまだいた。それは、両騎士団の序列上位九人だ。一位は除いて。
つまり、十位から二位の九人だ。それが両騎士団から出てきて、計、十八人だ。
希望。彼らならなんとかしてくれるだろうという、希望。
それにより、一心は立ち上がる事が出来た。だが、他の三人は座ったままだった。
「亜紀、小鳥、綺音……ここで、待っててくれ……」
そう言い、一心はグランベヒーモスに向けて歩き出した。腰に掛けた剣を抜き、それを両手で持った。
初めは百四人もいたチームの内、現在戦えるのはたったの十九人。
それで、どこまで行けるかは分からない。だが、やるしかない。
十九人は、一斉に走り出した。
◇◆◇
大和との別行動になってから少し過ぎた頃。
唐突に、前方にきのこ雲が上がった。すぐに、分かった。そこに、グランベヒーモスがいるという事を。
ベヒーモスは、速度を上げる。限界を超えて、移動する。
その走るベヒーモスの上の全員は戦闘の準備をしていた。魔法使いは、近接戦闘をする者に色々な魔法を付与させた。
近接戦闘をする者は、武器の最終調整をした。
白百合は、蓮司、揚羽、椿に魔法を付与していた。
蓮司は、剣を少しだけ抜いて、刀身を眺めた。
揚羽は、背中に着けていた双剣を抜いた。
椿は、大鎌を手に持ち、目を瞑って集中力していた。
ブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌは、ある魔法の準備をしていた。
アルテミスは、弓を眺める。
そして、森の出口が見えてきた頃、アルテミスが立ち上がる。
アルテミスと言えば、弓の扱いの達人といってもいいだろう。つまり、一撃目は、アルテミスだ。
森の出口が近ずいてくる。
アルテミスは大きく息を吐き、構えた。
そして、森から出た瞬間、アルテミスは矢を放った。




