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グランベヒーモス戦 II

「両腕を、差し出す?」

『うむ』


大和は、狼狽えていた。両腕を失うとはつまり、戦えないという事と同義。

そうしたら、俺は、白百合と、揚羽と、蓮司と……皆と旅を続ける事が出来るのだろうか?


否。例え一緒に旅に行けるとしても、俺が耐えられない。戦えないのは、同時にお荷物って事だろう?


けど、サイカの為に全て差し出すって決めたんだ。

サイカは死なせないって、決めたんだ。

なら……


「……差し出す。俺の両腕を、差し出す。だから、早く契約しろ」

『了解した。では、両腕を上げろ』


大和はすぐに両腕を上に上げた。途端、両腕に黒い瘴気が集まる。それは、両腕を蝕む。

腕はまず初めに黒く染まっていく。それはまるで、腕に黒いペンキでも溢していく様に、黒く染まっていく。その後腕の形状が変化していく。

形はと言うと、アクシスで起こった腕の変化とほぼ同じだ。それは最早、人の腕ではない。

そして、その腕がバキバキと音を立て始める。


この工程で、大和は絶望的な痛みに耐えていた。


『大和ッ!!耐えろ!』

「わっ、か、、って!、る!!」


バキバキという音は、徐々に大きくなっていった。

腕で鳴る音、それはまるで心さえも傷付けている様だった。


「ぐっ……ぐゥう……ぐっ、ああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

『今はただ! 耐える事だけ考えろ!』


「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ……」


唐突に、痛みが消えた。

意識が途切れそうになるのを堪える。少しでも気を抜けば気絶してしまいそうだった。


腕を見た。そこにあったのは、真っ黒に染まった人ならざるモノの手……ではなく、その正反対の色。

真っ白な手だった。ただ、形状は異形のままだったが。そしてそれはだんだん元の形に戻っていった。まるで空中に溶けていくように、霧散した。残ったものは、自分の腕だった。


右腕の手の甲に、紋章があった。

中心に一つの丸。それの周りに広がる七つの翼。


『よくやった。契約完了だ』

「はぁ……はぁ……あれ? ……両腕を、差し出す、んじゃなかった、のか?」

『いや、差し出したさ。もうその腕は大和のものだけ・・ではなくなったのだから』

「くそっ、たれ! そういう事かよ!」

『ふははは! 見事に勘違いしていたな!』


どうやら思いっきり勘違いしていたらしい。恥ずかしい。これは恥ずかしい。


『では契約内容を伝える。

一つは私、【智恵ある神アフラ・マズダ】だ。

そして、その化身七体と大和は契約したのだ。その化身の名は、【不滅の聖性アムシャ・スプンタ

一体は、「創造」を司る【聖なる霊スプンタ・マンユ

二体は、【善い思考ウォフ・マナフ

三体は、【最善なる天則アシャ・ワヒシュタ

四体は、【神聖なる敬虔・献身スプンタ・アールマティ

五体は、【善き統治フシャスラ・ワルカ

六体は、【完全ハルワタート

七体は、【不滅アムルタート

この七体と、大和は契約したのだ』

「へぇ、なんか凄そう……だ……」


これで、サイカを救える。そう考えるだけで、嬉しくなった。

それと、思い出した。


「あ。おいおいおい?!アフラ・マズダって、イラン神話に出てくる絶対的な善の神じゃないか?!

あの、アヴェスターを根本経典とする、『拝火教はいかきょう』……又の名を『ゾロアスター教』の善神?!おまっ、マジかよ…」

『マジだ』


アフラ・マズダとは、世界で初めて『完全なる善の神』として定義された存在だ。それは即ち、原初の完全なる善神だ。

それにアフラ・マズダは、たった一つの唯一神の成立例でもある。唯一神。それはつまり、彼こそ絶対に正しい者であり、彼以外に神は存在しないという事。

纏めてしまうと、色々凄い神様である。


『まだ、契約した者を全て言ってはいないぞ?』

「はッ?!」

『まだまだいるぞ。

「火」を司る神霊、【アータル】

「水」を司る神霊、【アープ】

勝利を意味する英雄神、【ウルスラグナ】

聴取、従順を守護する天使、【スラオシャ】

星と慈雨の神でありシリウスを神格化したもの、【ティシュトリヤ】

太陽神【フワル・フシャエータ 】

司法神、光明神、軍神、牧畜の守護神と多くの名を持つ【ミスラ】

正義を司る、厳格な公平【ラシュヌ】

川、清浄を意味する女神【アナーヒター】

…と、この様なところかの』


「……顔広すぎるだろ……」


つまり、大和は合計で十七体の神霊や神と契約したのだ。これなら楽勝なのではないか? と思ったのだが……

そう上手くはいかないらしい。


『正直、これで足りるかどうかだからな』

「そもそも、グランベヒーモスの正体はなんなんだ?」


これでも足りないという事は、そこらの神よりも遥かに上回る力を持っているという事では?と、大和は考えた。


『グランベヒーモスの正体というのは、アンリ・マンユだ。これは、原初の絶対悪と呼ばれている。

さらに、三つの頭を持つ人食い竜、アジ・ダカーハ。

それに。ダエーワ、アカ・マナフ、ドゥルジ、タローマティ、サルワ、タルティ、ザリチュ、ヴィシャップ、アエーシュマ、アパオシャ…と言うところだ。

そして、このなかでもアジ・ダカーハは別格だ。その力をグランベヒーモスは取り込んでいるのだ。

互角、ぐらいだろうな』

「とんだ化け物揃いだな」


アジ・ダカーハ。三つ頭の人食い竜。その体内には無数の害虫を宿しているとも言われている。そのため、殺せば世界は害虫に覆われる、と恐れられた。

アジ・ダカーハと戦った英雄、スラエータオナはアジ・ダカーハの全身を棍棒で殴ったと言う。だが、それでは死ななかった。

剣で斬って仕舞えば、害虫が溢れ出る。その為に仕方なく、アジ・ダカーハを山の洞窟に縛り付けたらしい。


殺せない化け物、だな。


『それより、早くサイカを助けないのか?』

「……あぁ、今助けようとしてたんだ!(棒読み)」

『……』


忘れてましたごめんなさい。あまりにアフラ・マズダが桁違いすぎて、忘れてました。本当に申し訳ありません。


という事でサイカの紋章の上書きを始めた訳ですが……


五秒程度で終わりました。


「桁違い」

『だろう?』


やはり契約した神の数に比例して強くなるらしいな。恐らく契約していない俺が上書きをしようものなら…少なくとも三日はかかるであろう作業だ。それを、五秒である。


やばい。


その一言のみ。


と、その時白百合達が行った方角に巨大なキノコ雲が上がった。そして、遅れて衝撃がくる。

凄まじい空振だった。まるで大地が震えているかのような、そんな振動だった。

空振は数十秒程続いた。


「マジか、どうやらもう戦いは始まってい…」


『いやぁ、凄い爆発』

『とんでもないねぇ』

『びっくりだぁ』

『グランベヒーモス恐るべし』

『寝たい』

『頑張れ山田。あ、間違えた。大和』

『グランベヒーモスはどうやら体内に高温の炎でも蓄積しているのかな?それを放出してあの爆発ならとんでもないですよね、なら……』

『寝たい』

『現在交戦中なう』

『寝たいなう』

『キノコ雲観察なう』

『あばばばばばばば?!』

『馬鹿が!』

『ウノやらね?』

『寝たい』

『インコ見たい』

『い? ……い、イルカ!』


……。


「お前らさぁ、同時に話すの止めようぜ?あとさ、折角のシリアス展開だったのによくも台無しにしてくれたな?あと、最後の奴らもはや しりとり してたよな?遊んでたよな?な?」

『(注 17名同時)うん』

「ファ○ック オフ!」

『○の位置おかしくない?! 隠す気ないよね? ないよね?!』

「うんそうだね。まぁ、そんな事は置いといて、戦いに参加しようか」

『……そっすね』


大和は強かった。神や天使の合計十七名を黙らせた上、従わせたのだ。これは普通なら不可能に近い事のはずなのだが……大和はさらっと、やってのけた。


だが、これは同時に大和の焦りを表していると言っても過言ではない。

『もし、さっきの爆発に白百合が、揚羽が、蓮司が、巻き込まれていたら?』『助けが間に合わなかったら?』『自分が遅れたせいで、死なせたとしたら?』

そんな、焦りが現れていた、と言ってもいいのだ。

それを、感じ取ったのだ。多分。


「ほら、早く行くぞ……って……はぁ?」


大和がグランベヒーモスの元に向かおうとした時、あるものが大和に戦いを仕掛ける。

それは、トロールだった。

いや、正しくはトロールではないのかもしれない。


そのトロールは、どこか凶暴さが増しているようにも感じられた。目は赤く光り、体の色も若干赤くなっているようにも見える。


そして、まるで知能を持っているか・・・・・・・・・のように、こちらの様子を伺っている様だった。


『ッ?! 大和、構えろ!! あれは…』

「え?」


アフラ・マズダは、警告した。だが、少し遅かった。


トロールは、大和が目を反らした瞬間に高速で移動したのだ。

大和からしたら、まるで、トロールが瞬間移動でもしたかの様に錯覚しただろう。その為、反応が致命的に遅れた。


バギッ……と、鈍い音が鳴り響いた……


◇◆◇


「十九……か。まぁ、足掻こうじゃないか」


一心は、自分を除く十八人に走りながらそう言った。

十八人から返答はない。だが、大きく頷いた。


一心は、心を切り替える。


自分が負けたら、皆殺しにされる。

自分が負けたら、亜紀を、小鳥を、綺音を、殺されてしまう。

自分が負ける事は、許されない!


一心は無意識に心に『誓約』を掛ける。一心の瞳が恐ろしいほどの赤色に染まる。

『誓約』それは、自分の願いを叶える為の、圧倒的な力。人、魔人、獣人、巨人、誰もが等しく心の中に持つ究極の能力。

一度ひとたびその能力を発動すれば、莫大な魔力、人類という種の極地にすら達するほどの戦闘能力…その他にも多くの恩恵が得られる。


だが、『誓約』には大きな呪いがある。

代償として、命を使うのだ。命を消費した戦闘という事になる。


以前、この能力を使用した兵士がいた。その者は一人で一万の兵を一日で屠り去った。だが、それでも止まらず、敵対した国をわずか二日で破壊し尽くしたのだ。

それ程の戦闘をした。だが、国を破壊し尽くしたその瞬間、その者は息絶えた。

これこそが、呪い。


「ゔぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」


一心は一瞬で人の域を超える直前にまで、身体能力を上げた。そして、走った。

一歩で地面を大きく抉り、二歩で地面を揺らす。

そして、三歩目に全力の踏み込みでの移動。三歩目にして、音速を超える。


グランベヒーモスの懐に入った。

ように見えたが、グランベヒーモスは咄嗟に後ろに跳躍する。グランベヒーモスが自分のいた所を見ると、そこには一心が、


五人、いた。


「「「「「創造 展開」」」」」


同時に、呟く。

そして、全員が他の言葉を発した。


「炎剣 創造」

「氷剣 創造」

「風剣 創造」

「雷剣 創造」

「光剣 創造」


ここで、気付く。五人の一心がただの分身ではないという事を。通常、分身なら同じ言葉を発するものだ。だが、これは違う。

これはその、上位魔法。まだ、その存在が確立されてすらいない魔法である。

簡単に言えば、平行世界に存在する、自分とは別の自分をこの世界に呼び出すという事。そして、その呼び出した者達を、呼び出した本人の支配下に置き、自分の手足のように扱う事が出来る。


それが成功した例は今まででも一度もない。


「「「「「解放」」」」」


五人の同時の声と共に、五人にそれぞれ違う武器が現れる。

炎 氷 風 雷 光。

それぞれの属性を纏う五つの剣が現れた。


その一つ一つが大きな力を秘めていた。


だが、それをグランベヒーモスがただ眺めている筈はなかった。

背中の触手で一心を殺そうとする。


「させんっ!」

「させませんっ!」


だが、その一撃は両騎士団の序列二位によって防がれる。十本もの触手を全て防いだ。流石は序列二位という所だろう。

だが、グランベヒーモスはそれでは終わらない。


前足二本に炎を纏い、地上にいる三人に振り下ろそうとする。

だが、その攻撃は遅かった。


「氷撃」


一心のその一言で、氷の剣に纏っていた氷の量が急激に増加する。そしてその氷は巨大な剣を形作っていた。


一心の内の一人が跳躍する。

一瞬でグランベヒーモスに近ずく。そして、グランベヒーモスの右前足に氷剣が当たった。

途端、右前足の近くに現れた氷によって右前足が上に弾かれる。空中で、体制が崩された。


その瞬間を見逃す者はいなかった。


「炎撃」

「風撃」

「雷撃」

「光撃」


残りの四人が跳躍して、グランベヒーモスに接近する。

風が左前足を上に弾く。

グランベヒーモスの腹部が晒される。ベヒーモスに共通する弱点。その内の一つは、腹部。


炎に包まれた剣で袈裟斬りをする。

雷を纏う剣で逆袈裟に斬る。

光を眩いほどに纏った剣で、刺突を繰り出す。


三つの属性の一撃がグランベヒーモスの腹部に直撃する。すぐに一心「達」は離脱する。


一心「達」は離脱と同時に、本体のみが残り、他は光となって消えた。


一心「達」が離脱した直後、グランベヒーモスとその周囲に大きな爆発が起きる。炎、雷、光の攻撃が時間差によって爆発したのだ。

間髪入れず、そこに無数の矢が打ち込まれる。

序列三位から十位の者達だ。一つ一つの矢が魔力を纏っており、一回 矢が衝突する度に小さな爆発が起きる。


容赦がない様にも見えるだろう。だが、敵対した者のみが理解できる謎の威圧。それは、時間が経つにつれて大きくなる。

弱まることなど、一時もない。


小さな矢などで、グランベヒーモスが死なないという事ぐらい、彼らは分かっていた。


だから、ある魔法の詠唱を始めた。


目的は、グランベヒーモスと、刺し違える事。

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