大和の怒り
アクシスに大和達が着いて、まず初めに言われた事。
「な、なぜ、ベヒーモスに乗っているんだ?」
兵士は唖然とした表情で大和を見上げた。
まぁ、当然だろう。倒すべきモンスターと仲良くなっているのだから。
まぁ、なんで仲良くなったのか、と言ったら椿と仲良くなったからとしか言えない。もし椿が神獣だと分かったら、下手すると殺されかねないからな。
それからすぐに、ベヒーモスは森に帰っていった。いや、森で待機しているのだが。
◇◆◇
まず、街に入るときには、検査があった。まぁ、そこまで詳しく調べる訳ではないのだが、やはり引っかかった。
サイカだ。
やはり獣人を連れているというのは駄目らしい。検査する騎士はサイカを見て、こんな事言った。
「なっ?! じゅ、獣人?! お前ら、なんて奴連れて来やがる?! それをここに入れるな!!」
大和の何かが、切れる音がした。それも、そこに居た全員が気付いてもいいのではないかというレベルの、音が。
ブチッ……と。
とても低い声音で、大和は言う。
「ふざけるな……」
「んん?なんか言った……ひっ?!」
騎士が大和の顔を見て、数歩後ろに下がった。そして尻餅までついてしまった。
だが、大和の怒りはおさまらない。
「今……サイカの事を……『それ』 って言ったな?お前……」
「や、やまと、さん……私はだい、じょうぶ、だから……」
「よくないよ……全く」
大和は歯をギリギリと鳴らしながら、言う。と、そこに尻餅をついた騎士の上司らしき者が現れた。
鎧の上からでも分かる程の筋肉。もし睨まれたのなら殆どの人が、恐怖するだろうと感じる目。口は綺麗に一の字になっている。身長は軽く二メートルを超えているだろう。
彼は大和に話しかける。
「なんだ?これは……はぁ……。おい、貴様」
「あぁ?」
大和のものだとは思えない返事に、白百合や揚羽はビクッとする。
あの大和に、恐怖を感じた。
「俺はゴウキって者だ。そこで尻餅ついてやがるヘタレの上司だ」
「ヘタッ……」
「……で、貴様に聞きたい事がある。予想は出来てるだろうが……なぜ、獣人を連れている?そんなものをこの街に入れる訳にはいかないのだが?」
「……どいつもこいつも……クズばっかりだ……」
「何を言っている?聞こえないのだが?」
大和は、右の拳を血が出そうなぐらいに、強く握りしめる。
昔の事を思い出す。あのまるで、「お前はいらない」と言うような目を、思い出す。あの憎たらしい父の目を、いや、あれは父じゃない。ただのクズだ。
イラっとした。
ゴウキは大和が黙り込んで、さらに顔を俯けさせてしまった為、溜息と共にサイカに話しかけた。
「はぁ、おいそこの獣人。今すぐここから立ち去れ。今なら殺さない。さぁ、回れ右だ」
「ひっ……」
「ちょっ、あんたそんな言い方……ッ」
「黙れ」
サイカは急にゴウキに話しかけられて、ビクっと肩を震わせる。そしてすぐに大和の背中に隠れた。
揚羽がゴウキを戒めるように言葉を荒らげるが、ゴウキは一歩として引くことなく、もはや一言で黙らせる。揚羽はたった一言で、声を出せなくなった自分にくやしくなった。
大和は、もはやブチ切れるる寸前だった。そしてそれはつまり、次に何か勘にさわる事を言ったのなら……
間違いなく、キレると言うこと。
「早くしろ。目障りだ」
ぷっつりと、切れた。
大和の中にある「何か」が、溢れ出る。
大和の体から、黒い瘴気が立ち昇る。それは大和の右手に集まってゆき、右手を黒く染めていく。そして、大和の右手の形状が変わっていく。
まるで龍の足の様になる。鱗が現れ、爪は鋭く伸びてゆく。バキベキ……と、不気味な音も鳴り響く。
黒い瘴気は、まるで大和を飲み込もうとしているように見えた。
「なん、なんっ?!」
ゴウキは訳の分からないものを見たように驚き、足を一歩後ろに下げた。
大和はゴウキを睨む。
睨まれたゴウキは、数年ぶりの恐怖に襲われた。
大和の目が、黒いのだ。瞳孔は赤く染まり、それ以外が真っ黒になっている。
ブラフマーやシヴァ、ヴィシュヌは、顔を真っ青にする。ゴウキに「逃げろ」と叫びたいが、声が出ない。得体の知れないものの所為で、動けすらしなかった。
……その得体の知れないものからは……明らかに異常なものを感じたのだ。まるで、格上の神の様な、勝ち目がないと感覚で分かってしまう様な、そんな感覚。
白百合達は、大和が別人のように感じていた。目の前の大和は、いつもの大和ではない。
睨まれている訳ではないのに、まるで睨まれている様に感じていた。
大和は、殴る体制になる。腰を低くし、右腕に力を込める。それをゴウキも、それ以外の全員もただ、見ていることしかできなかった。
「な……なん、なん……だ? その、目は?」
大和には、その声は聞こえない。大和は容赦無くその拳をゴウキの顔面にブチ込もうと腕を動かしたその時……
「や、やまと………さんっ!」
サイカが大和を呼んだ。
それによって、大和は正気に戻る。黒かった目は元に戻っていた。
だが、動き始めた腕は、大和の思う様に動いてくれない。まるで、ゴウキの顔面に引き寄せられるようだった。
「う、ごけぇ!」
大和は左腕の拳を右腕に当て、無理矢理拳を上空に向けた。
ブォンと、まるでバットの素振りの様な音を立てて、拳を振り上げた。
途端、まるで壁を壊した様なバキバキという音が空中に鳴り響く。
次の瞬間、空にあった雲が霧散した。これは比喩ではない。
そこにいた人全員の顔が、驚愕の色に染まる。ゴウキの顔は、真っ青だ。いや、もはや真っ青という言葉では足りないだろう。
「あ……」
大和はそれが自分のした事だとは思えなかった。
が、それよりも、やってしまった感に襲われた。つい衝動的になってやってしまった事なのだが、ちょっとこれはやばい、と。自分でも理解していなかった能力が勝手に発動してしまったのだ。
そして、それによってゴウキの頭を、消し飛ばそうとしていたのだ。
(やばいな……これは、やっちまったか……)
大和の足から力が抜け、膝を地面に付ける。
後悔先に立たず。
やってしまった事はしょうがない、と考えてすぐにするべき事をしようとした。ゆっくりと立ち上がる。
今は時間がないのだ。こんな所で止まっている訳にはいかないのだから。
「あ、な、なぁ、ゴウキ。俺一人なら、通っていいよな?」
「あ、あぁ……い 、ぃ 、い、いいぞ…」
ゴウキは恐怖によって、動けないでいた。まぁ、しょうがないのかもしれない。大和に全力の殺気をぶつけられたのだから。実際には大和さっき以外も混じっていたのだが。
大和は他のメンバーに言った。サイカにもだ。
「んじゃ、俺一人で行ってくる。ベヒーモスの所で待っててくれ」
そう言って、大和はアクシス中心部に向けて、歩き出した。検査する為の騎士はもう、ガクブルだ。正直、きちんと検査出来たのか分からなかった。
アクシス内に入った大和は、少ししゃがみ、全力のダッシュをした。すぐに、大和の姿が見えなくなった。
それから一分間程、その場にいた人は動けないでいた。
◇◆◇
すぐに、ギルド集会所(メイド喫茶)に向かった。
ギルド集会所の目の前で、ズザザザと音を立てながら派手に砂煙りを上げて、着地した。周りの人がぎょっと目を剥く。
すぐに、ギルド集会所の扉を開けた。
「バウバウ!」「ニャー」「ウホッ!ウホッ!」「キシャー!」
「「「「「いらっしゃいませー!」」」」」
「いらっしゃーい。お!おひさー、やまとー」
「えっ?!最早、動物園ッ?!?!」
増えてる。凄い増えてる。
前は、「ウホッ、いい男!」と言っていた奴が、今では「ウホッ!ウホッ?ウホホッウッホッホホホッ!(※ウホッ!ウホッ?いい男?いい男!」である。
怖い。ギルド怖い。悪寒が止まらない。
さっきまでの暗い感じか一瞬で消えた。台無しだよ。
けど、気分も晴れた。まぁ、よかったかな。ここに来て。なぜかいる犬と猫がこっちに来てくれたので、嬉しかった。
「ほへー。その犬と猫は、どいつにも懐かなかったのに、なんで大和には懐くんだ?」
「さぁ?」
考えてみると、このギルド集会所のリーダーらしき人は俺に馴れ馴れしいな。それぐらい、気に入ってくれたって事なら嬉しいのだが。
リーダーは猫と犬を撫でる大和の目の前に来て、屈んだ。リーダーは女性で、黒い髪を長く伸ばしている。だがその髪は若干ボサボサだった。歳は大体二十前後である。まだ若そうなのにリーダーとして上手くやっているなと感じる。
「えっと、エンテ、さん?」
「エンテでいいんだぞ?」
エンテというのは、ギルドのリーダーの名だ。
「髪、洗ってる?」
「あ、ばれた?」
「ばれますよ、そんな状態じゃ」
大和はエンテの髪の先を触る。くるくると髪で少し遊んだが、なに遊んでるんだと手を弾かれてしまった。
大和は少しイラッとした。突然立ち上がり、エンテの頭に手を置く。そして、ちょっとした魔法の違う使い方で髪を整えた。
使った魔法は、整理魔法。ただ物を整理する為だけにある魔法だ。だが、出来るのは物を持ち上げられると言うだけだ。だが、それを少し違う使い方をした。それは髪の毛の絡まっている所を持ち上げ、上手く魔法を操作して髪の毛一本一本を持ち上げて解くと言う方法。相当集中しなければいけないが、これをすれば手櫛や櫛を幾らしても髪が絡みつかない。大和自慢の魔法だ。ちゃっかり白百合の髪で練習していた。
「えっ? ぅえっ?! えぇっ?!」
エンテが驚いているが、そもそも本題に入っていない。本題に入ろう。
大和はエンテが顔を赤らめたことを知らない。
「あぁ、すまん。そういや今急いでいてね。ちょっと聞いてもいいか。勇者達がどこに向かったか知ってるか?」
「え、あ、ぅ……あ、あぁ、勇者なら青龍領のキリの街ってとこに昨日向かったよ。方角的には北だね。新種のモンスターの、確か……グランベヒーモス討伐だとか……」
「ありがとうッ! じゃっ!」
ピュンという効果音が似合うほどの速度で、大和が帰った。
「そ、そんなに急いでいたのか……って、大和は何をしようとしてるんだ? ……それにしても大和……突然髪に触るなよ……洗ってないんだぞ……」
彼はその疑問のせいで、同時に髪のことで仕事に集中出来なかったが、大和はそんな事知るはずもない。
◇◆◇
二十分程度で、大和は帰ってきた。全力疾走だったのか、息が上がっている。
だが、それよりも焦っていた。
「グランベヒーモスは青龍領のキリの街にいる!今すぐ移動しよう。今日の内に進めるだけ進んでおこう」
青龍領のキリの街。そこまでは三日かかる。
そして、勇者達が出発したのは、昨日。つまり、明日には勇者とグランベヒーモスが接触する可能性が高いという事。
なら、せめて今日の内に進めるだけ進まなくてはいけない。
でないと、サイカの友人がどうなるか分からない。そう決まった訳ではないが、不安になってしまうのが人間だ。
すぐに出発した。
ベヒーモスには身体能力強化の魔法をかけ、先程よりもさらに速く走った。まさに、風のように走った。その代わり大和が魔法の使いすぎで死んだが。
ただ、突き進む。
◇◆◇
「ね、ねぇ?大和?」
「ん?」
白百合が気まずそうに話しかけてきた。いや、なぜ気まずそうなのかは、自覚している。
と言うか、嫌でも自覚させられる。
ベヒーモスに乗って出発してから一時間。誰も一言も話さないのだ。ちょっとアレは不味かったなと今でも思う。自分の力でないのはうっすらも分かるが、それでも不味かったと感じる。
いつもは騒がしいようなブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌの三人は、大和の中に入ってしまっているし。
大和は、一人の人を、殺しそうになっていたのだから当然かもしれない。それも、謎の能力で。
実際、大和以外の人が話さないのなら、大和自身も話せない。だから大和は、なぜか付いてきていたリスの頭を一時間撫で続けた。リス可愛い。結構、懐いてるし。
そんな気まずい状況で話しかけるには、相当の勇気がいるだろうな。と、大和は思った。
「あの……さっきは、どうしたの?」
「……少し、昔の事を思い出しちまってね。同じ時を生きてるサイカの事を、邪魔だって言った。それに、イラっとしちまっただけだ。
けど、気にすんなよ。もう大丈夫だ」
「なら、いいんだけどね……」
と言って、白百合は大和の肩に頭を乗せた。そして、寝てしまった。時々揺れるベヒーモスの背中で、寝てしまった。
それ程、心配していたのだろうか。
すると、椿が話しかけてきた。
「本当に、大丈夫?」
「え?いや、大丈夫だけど……」
「私には、分かるよ……大和……いつもより少し元気ないもん……。まだ、さっきのこと考えてるよね?」
「さすが、椿だな……あぁ、さっきの事はまだかんがえてる。正直、あの力はなんなのか自分にも分からんし、あんな状態になった自分にもびっくりしてるしな」
アルテミスも話に参加する。
「あの力……と言うと、右腕が変化した能力の事だろう?」
「あぁ、その通り。あの力はなんなんだろうな……アルテミスとスサノオは、知ってるか?」
「すまないが、知らない」と、アルテミス。「今回が初めてだ」と、スサノオ。
ただ、自分たちとは一線を期す存在の仕業、の様には感じたらしい。
自分の中にいる三人にも聞いてみた。
帰ってきたのは、「知らない」の四文字だ。
神も知らない能力…か。まさに、不明な能力だな…
やっと、皆が話すようになった。
「大丈夫か?」とか、「体に異常は?」とか、やっと話せた。
それからは、ただ、ベヒーモスの背中で皆とたわいもないような話をした。やっと、いつも通りだ。
……と、思う。皆、笑うようにはなったが……きっと、大和のした事は全員の心に刻み付けられただろう。
皆を安心させるのには、苦労した。お陰でもう夜だ。
明日は朝三時頃に起きようと言う無茶なスケジュールなため、すぐに寝た。
あと、「「「「私達を不安にさせたから!」」」」と言う理由で、サイカ、白百合、ブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌと言う、色々すごいチームで寝た。
サイカは、もともと大和といるつもりだったらしい。
まさかの大和達が別のテントと言う、とんでもない状態になった。
途中から椿も乱入して四肢を拘束された。ぐきりと嫌な音もしたがそれはまた別の話。
けど、よく眠れた。
こんなに寝心地良いのは、久しぶりかもしれない。
今日は、随分と気まずかった。
なんと言うか、本性を見せてしまった様な気がする。
けど、本性を見せても白百合は、ブラフマーは、シヴァは、ヴィシュヌは、サイカは、変わらなかった。
そんな彼女らに、感謝。




