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第二話 シルル村

 始まりの遺跡。

 何とも安直なネーミングのこの場所は、その名の通りふぁんたじいはーれむ最初のダンジョンである。ゲームを開始したプレイヤーは、まず最初にナビゲーションキャラのナヴィエルとともにこのダンジョンを探索し、ゲームの基礎を覚えるのだ。チュートリアルで訪れるダンジョンだけあってその難易度は低く、どれほど無茶な操作をしようとクリアできる仕様になっている。


「おいおい……」


 俺は思わず頭を抱えた。

 まさか本当ゲームの中の世界だったなんて。そりゃ、廃人レベルでプレイしてたゲームだから、その世界へ行ってみたいとか思ったことはあるけど……実際に来ることになるとは予想外すぎる。いったい何が起きたらそんなことになるんだ。世界中の物理学者の頭が沸騰して、しまいには爆発するぞ。


 あまりの理不尽に腹が立った俺は、思わずその場にあった石を蹴飛ばしてしまう。石は勢いよく吹っ飛んでいき、当たった遺跡の壁が一部崩れた。けれど、異様なほどにその場は静かで、壁が崩れても特に何も起きようとはしない。逆にそれが不気味で、俺は思わずへたり込んでしまった。


「ええい、とりあえず生きるしかないよな……」


 しばらくして、口から大きなため息が漏れた。

 細かいことは抜きにして、まずは生きのびなければお話にならないのだ。

 俺はいったん思考を打ち切ると脳内を整理し、ふぁんたじいはーれむの世界について改めて思い出してみる。といっても、この世界に関する情報は意外と少ない。俺が世界観についてよく知らないとかじゃなくて、そもそもそんなに細かい設定がされてないのだ。ふぁんたじいはーれむはあくまでカード集め中心のゲームで、ストーリーや世界観はおまけ程度。画面をひたすらタップして攻略するだけのダンジョンやマップなどに、それほど深い物語など必要とされてないのだから。


 記憶が正しければ、始まりの遺跡が終わると次はシルル村というマップだったはずだ。ゲームでは村の様子などはほとんど描写されなかったため、どんな村なのかは行ってみないことには良くわからない。異世界のことだ、よそ者お断りな閉鎖的な村ということも十分ありうる。けど、森の中にいるよりは遥かにましだろう。


 俺はひとまず、目的地をシルル村に定めた。ただ、ゲームではフィールドを移動して村へ行くわけではなく、遺跡をクリアすると自動的にシルル村というエリアが出現していて、プレイヤーはそれを選択するだけだった。だから遺跡から村へと至る詳しい道筋などは全く分からない。何か手掛かりになるような設定は――


「草原の村!」


 そう、マップの説明文には「草原の村」などと書かれていたはずだ。だとすれば、この森を抜けた先に広がる草原にある可能性が高い。俺は木々の先にうっすらと見える緑の草原を目指して、ゆっくりとだが歩き始めた。そうして五分もすると木々の密度が薄くなり、広々とした緑の大地が視界を占拠する。


「おおっ……!」


 地平線の果てまで広がる草原。

 なだらかな起伏はあれど、建物や山が一つもないこの光景は、日本じゃなかなか見ることができないものだ。北海道とかならまた別なのだろうが、少なくとも俺が住んでいた関東地方にはおそらくない風景である。どこまでも広がる緑、その上に広がる青い空。白い雲が緑の地平線の上を滑るように飛んでいき、吹き抜ける風は森の空気をかすかにはらんでとてもさわやか。見ているだけで気分が高揚してくる。


 視界の端に、小さな道が見えた。

 大人が三人並べば一杯になってしまうほどの狭い道で、舗装もされていない。しかし土がしっかりと踏み固められていて、馬車の物とおぼしき轍も残されていた。けもの道などではなく、明らかに人間が造った道だ。俺はその道をゆっくり森とは反対の方向へと進み始める。


「あれか……?」


 道をしばらく行くと、遥か前方に小さな湖のようなものが見えた。湖と言うより、砂漠のオアシスと言った方がイメージしやすいかもしれない。それぐらいの小さな水場だ。その水辺に張り付くようにして、たくさんの家々が建ち並んでいる。ざっと見ただけで、ログハウス程度の規模の家が十軒は建っていた。どうやら、ここがシルル村のようである。


「ふう……」


 予定どおり村を見つけられたことに、俺はほっと一息ついた。あとは村人がよそ者に対して好意的ならば完璧である。金銭の類は一切持ってないのでそれが大きな不安材料だが、最悪、ソウルクリスタルを売れば何とかなるだろう。ゲームの中ではそれなりの値段で売れたはずだ。


 初めての異世界人との接触に、やや緊張する俺。その歩みは自然とゆっくりになり、亀のようなのろのろとしたスピードで村へと進んでいく。するとその時、村の方から何やら悲鳴のようなものが聞こえた。


「なんだ!?」


 一体何事だろうか。慌てた俺は急いで村の方へと走る。

 村全体を取り囲む大きな柵。その隙間からこっそり村の中へと侵入すると、建物の陰に隠れ、ゆっくりと様子を確認してみた。するとガタイのいい男が五人、通りの真ん中で金髪の少女と向かい合っている。少女の後ろには青ざめた顔をした村人と思しき人間たちが居て、さらに彼女の前では尻尾の生えた女が息も絶え絶えになっていた。


「ははは、マスターっていうからどれほどのもんかと思ってみたら……この程度のモンスターしか使えねーのかよ。ド田舎なだけあるぜ」


「私はまだなりたてなの!」


「んなもん、俺たちには関係ねーよ!」


 そういうと男は、目の前にいる女を蹴飛ばした。尻尾の生えた女は地面を滑るようにして吹っ飛ぶと、そのまま先ほどのゴブリンと同じように光になってしまう。その光は少女の掌へと吸い込まれていき、俺が持っているのと同じ黒い板状の物体へと変化する。このような現象を、俺は何度も見たことがあった。ふぁんたじはーれむにおけるプレイヤー同士のバトルである。もっとも、相手はモンスターを出しておらず直接戦っているようであるけれど……。


「やべ、そういえば山賊襲来だったな……!」


 クリアしてから数カ月が経過しているのですっかり忘れてしまっていたが、シルル村でのストーリーは山賊に襲われた村を救うと言うものだった。ありがちなうえに似たようなストーリーが他にもあったため、それとごっちゃになって忘れていたのだ。このままじゃ、俺も村人たちの巻き添えを食っちまう。手元にカードがない俺は村人たちに申し訳ないと思いつつも、やむなく村を脱出しようとした。だが――


「お頭、ここに妙な奴がいますぜ!」


 いつの間にか背後に居た男が、俺の存在を大声で知らせたのであった。

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