第三話 紅騎士ランスーリア
とっさに逃げようとしたが、すぐ男に行く手をふさがれてしまった。
追い詰められた俺は、村人たちのいる通りの方へと飛び出す。突如として現れた俺の姿を見た山賊たちは、一瞬動揺を見せたが、すぐにカモが増えたとばかりにへへッと舌なめずりをする。先ほど少女のモンスターを蹴り飛ばした、一団の中でも一際身体の大きな男が、一歩前にズイと出てきた。俺の背筋が思わず強張る。
「この村のもんじゃねえな? 旅人か?」
「……山賊なんかに言えるか!」
「ほう、てめえ俺たちが山賊だって知ってるのか。だったら逃がすわけにはいかねえなぁ!」
ガハハと笑い声を上げる山賊たち。俺はとっさに周囲を見渡すが、武器になりそうな物などどこにもない。せいぜい、家の軒先に掃除用の竹ぼうきが転がっているぐらいだった。とてもこんな物では屈強な山賊たちには立ち向かえそうもない。ポケットをまさぐるが、あるのは黒い石版だけだ。
「くそっ……!」
打つ手なし。俺は下卑な笑みを浮かべて迫ってくる山賊たちを相手に、じりじりと後退する。
そうして俺が村人たちの集団の最前列まで後退した時。モンスターを叩きのめされ、精神的に打ちのめされていたはずの少女が再び立ち上がった。彼女は俺に下がれとアイコンタクトをすると、山賊たちの前に立ちふさがる。
「またやる気か?」
「そうよ! あんたたちが帰るまで、何度だってやってやるわ!」
「モンスターはもう倒れたのにか?」
「シェリンが居なくたって……私には魔法がある!」
少女の手に小さな炎が灯った。ライターの火を一回り大きくしたぐらいの、頼りない火力だ。彼女は手を大きく振りかぶると、その炎を山賊たちの方へと投げつける。炎は光の矢となって、山賊の腹に命中した。
「あちゃッ! このアマ、よくもやりやがったな!」
「チッ、全然効いてない!」
少女の魔法は山賊を怒らせただけだった。彼女はその後も立て続けに魔法を放つが、山賊は手にしていた剣でそれを打ち払ってしまう。やがて魔力がなくなってしまったのか、少女の手からはわずかな炎すら出なくなってしまった。魔法が出せずにボスッボスッと情けない音だけを響かせる彼女に、山賊たちはゆっくりと迫っていく。
「ははは、もう魔力切れかよ! 無駄な抵抗せずに、俺たちと仲良くしようぜ!」
「心配すんな、お頭はこう見えてもお優しいんだぜ。ちゃーんと奉仕すればよ、飯ぐらいきっちり食わせてやるよ」
「い、嫌ァ!! みんな、早く逃げて!」
山賊に服をつかまれ、必死に声を上げる少女。武器を手に険しい顔をしていた村人たちが、思わずたじろいだ。後ろの方から一人、また一人と逃げ出していく。少女を助けようと言う意思に、山賊たちへの恐怖が勝ったのだ。やがて村人たちは総崩れとなり、我先にと雪崩をうって逃げ出し始めた。
「ク……!」
目の前で少女が蹂躙されようとしている。なのに、何もすることができない。無力感にさいなまれた俺は、とっさにポケットに入っていた黒い石板を握りしめた。もしこれがカードならば――先ほどまでの少女のように、モンスターを登場させることができるかもしれない。
「頼む、何でも良いから出てくれ!」
カードを天にかざし、喉を枯らさんばかりに叫ぶ。しかし、何も起きない。俺の様子を見ていた山賊たちの嘲笑が響いた。
「お前馬鹿かよ! そんなんじゃ出るわけねーだろ!」
「この女といい、田舎はほんと馬鹿ばっかだな! 馬鹿は黙って俺たちのお楽しみを見てなって。そのうち殺してやるからよ!」
そういって山賊たちは、本格的に少女の服を脱がせにかかった。嫌がる彼女の手足を強引に抑えつけ、その服を力任せに脱がせていく。少女の白い肌があらわになり、男たちの浅黒い手がその柔らかな肌を揉みしだこうとする。その時だった。
「名前よ、名前を呼んであげて……!」
男たちの歓声に混じって、少女の弱弱しい声が聞こえた。名前――そうか、カードの名前を呼ばないといけないのか! でも、このカードの名前なんて……。
「ええい! ゴブリン、来い!」
沈黙。カードは変化せず、何も起きなかった。
クソ、ふぁんたじいはーれむの初期カードと言えばゴブリンなのに……! そうじゃないとしたら、いったい何なんだ。山賊たちが嘲笑う中で、俺は必死に頭をひねる。すると、一つだけ思い当たるカードがあった。けれど、とても初期に持っているようなカードではない。だがこれが『ゲームのシナリオ』ではなくて『俺の物語』であるならば――可能性はある! 俺は一縷の望みにすがり、石板を高く掲げた。
「頼む、出てくれ……! 紅騎士ランスーリア、来い!」
石板が燃えた。
俺の目の前に緋色に輝く魔法陣が現れ、その中心から紅炎が噴き上がる。やがてその光の中に人影が見えた。燃え立つ緋色の髪に涼しげで鋭いまなざし。そしてトレードマークと言っていいドンと突きだした量感たっぷりの胸元。それは間違いなく、俺が何度も憧れた……ランスーリアの姿だ。ひょっとしてとは思ったが、まさか本当に表れるなんて。俺は思わず口を半開きにしてしまう。
「初めましてだな、マスター」
「あ、うん……よろしく……」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。……本来ならいろいろ話したいところだが、そういう状況ではないようだな」
いつの間にか山賊たちが「お楽しみ」を中断して、俺たちの方に向かって武器を構えていた。先ほどまでとは違って、その目には一切の油断がない。いきなり現れたランスーリアを警戒しているようだ。
「まさかほんとに召喚できるとはなあ! ちょっとばかり舐めすぎてたか。でもいいぜ、こっちの女よりもっと揉みごたえがありそうだ!」
「ふん、この胸はマスターだけのものだ。どうするマスター、こいつら全員やるか?」
「……戦闘不能ぐらいでお願いできる?」
「了解ッ!」
ランスーリアが剣を引き抜いたかと思った瞬間。山賊たちの持っていた剣や斧が宙を舞った。俺の目の前に居たはずのランスーリアはいつの間にか山賊たちの向こう側に居る。まさに一瞬の速技。一秒にも満たない間に、ランスーリアは山賊たち全員の武器を弾き飛ばしてしまったようだ。常人である俺の眼には、何が起こったのかすらはっきりとは見えなかった。
「どうする、まだ戦うか?」
頭の首元に剣を突き付けたランスーリアが、冷え冷えとした声で呟いた。その声に、山賊たちはたまらず地面に膝をついたのであった。




