第1話:欠陥魔術士は夢をみる
だれか……
だれか……届いて……
川のせせらぎだけが歌う静かな森の中。
俺-ルーク・アルベルトは目覚めた。
徐々に意識が鮮明になる。
身体を起こして、周囲を見渡す。
森に囲まれた小川の傍。
焚火の炎が揺らめいている。
ここは、町から離れた場所にある俺の秘密の訓練場。
「あれ……?そうか。ちょっと休もうと思って寝ちゃったのか」
よく魔物に襲われなかったな。
まだ朝日が出たばかり。
もう少し時間があるな。
「それにしても……また同じ夢……」
数ヶ月前くらいから、たまに見る夢がある。
暗闇の中。
一筋の光がある。
姿は見えないが、誰かが祈りを捧げてる夢。
月に一度見るか見ないかだけど、なんだか気になる夢だな。
「なんかいいことでも……起きるわけないか。さぁて。もう少しやりますかぁ!」
俺は右手を伸ばし、朝日を掴むようにして言う。
「絶対に大英雄になってやる」
そして、右手の甲にある杖の紋様を見つめた。
通称エンブレム。
エンブレムは、その者が最も才能を発揮することのできる職業を示していると言われている。
神様が、人々を導くためにお与えになっていると考えられているらしい。
杖のエンブレムは、魔術士という職業への適性を示している。
体内に流れるマナと呼ばれる生命エネルギーを消費して、攻撃魔術というスキルを使うことのできる職業だ。
マナを炎、雷、水、風、地、氷の六つの属性に変換し、遠距離から広範囲かつ高威力の攻撃魔術を放つことができる。
優れたウィザードは、たった一度の魔術で戦局を変えると言われている。
そのため、狩りや人間同士の戦争など戦いを生業とする者たちからすると、敵としては恐れられ、仲間としては頼りにされる職業だ。
「森の中を探すか、木を相手にするか……」
俺が何をするか考えていると、少し先の茂みから音がした。
ガサッ!
ガサガサガサッ!
野生のワイルドラットが現れた。
灰色の毛皮。
鋭い前歯と爪。
大きさは人間の赤ちゃんくらいだけど、素早くて厄介な魔物だ。
でも問題ない。
何度も倒したことがある魔物だ。
「朝飯にはもってこいだな」
俺は気付かれないように近づき、氷魔術を発動。
小さなナイフ状の礫を生み出し、全力で投擲。
「チュ!?チュー!」
ワイルドラットは素早く躱し、飛び掛かって来た。
「やばっ!負けるか!」
俺は雷魔術を発動。
雷を拳に纏わせて、右フックでカウンターを合わせた。
「チュ……チュゥゥ」
カウンターはクリティカルヒット。
一撃でワイルドラットを絶命させることができた。
「よっしゃー!さぁて、朝飯♪朝飯♪」
俺は氷のナイフで血抜きをし、腹を裂いてからワイルドラットを丸焼きにした。
「うめぇ!訓練後の飯は最高だな。それにしても……我ながらウィザードとは思えん戦い方だ」
いや、戦い方は関係ない。
俺には俺の道がある。
そう自分に言い聞かせて、俺は食事を済ませてから水魔術を発動。
火を消してから町へと戻った。
ここはノースリーフ。
ルミナス大陸北部にある小さな町。
俺はこの町の領主の家系の長男。
「まだ誰も起きてなさそうだな」
俺は足音を殺し、民家のある通りを抜けて、一番奥の無駄にデカい屋敷に入った。
気づかれないように、汗を流して部屋に戻り、着替えを済ませる。
そして窓を開けて外を見ながら、不思議な夢のことを思い出していた。
なんだか助けを求めているような……
そんなわけないか。
勇者物語の読みすぎだな。
「ん?やば」
ふと見ると、民家から煙が上がり始めた。
かなり時間がたってたみたいだな。
俺が急いで準備をしていると、部屋を叩く音がした。
「おいルーク。いつまでもだらだらするな。さっさと職業訓練所へ行け」
憎しみすら感じる声の主は、現領主にしてクソ親父のロイド・アルベルトだ。
「ああ」
俺は反抗的な態度でそう答えた。
優秀な魔術師が生まれるはずのアルベルト家で、初めて生まれた才能に恵まれぬ者。
どう恵まれていないかと言うと、俺はウィザードなのに《《遠距離攻撃ができない》》のだ。
炎魔術と雷魔術は、炎と雷を手に纏うだけ。
威力はそこそこあるが、手から離れない。
水魔術と風魔術は壊滅的で、強めの放水と送風。
畑に水を蒔いたり、砂埃を舞い上がらせたりする程度。
洗濯物を洗って乾かすのには超便利だけど、戦闘ではまるで役に立たない。
地魔術と氷魔術も、炎魔術と雷魔術と同様に手を覆うことはできるが、筋力が足りずに重くて拳を突き出せなくなる。
難点だらけだけど、せめてもの救いは、手を覆った炎や雷で、自分の手が火傷や感電しないこと。
そして、地魔術で生み出した石や氷魔術で生み出した氷が投げられるということだ。
ただの投擲と言われてしまえばそれまでだが、俺にとっては重要な遠距離攻撃の手段だ。
「そこ。どいてくれ」
「親に向かってなんだその態度は!」
叱責を無視して俺が部屋を出ようとすると、クソ親父はさらに言う。
「期待に応えんなら、せめてまともな人間性だけでも身につけてほしいものだ」
そして、あからさまに大きなため息をついて見せた。
「勝手に期待して、勝手に落胆して、俺への扱いを勝手に変えた。それで反抗されたら被害者面か?おめでたい脳みそだな」
俺がそう言い返すと、クソ親父は怒りを爆発させて何かを叫んでるけど、俺は聞く耳を持たずに部屋を出た。
例外なくエンブレムは生まれつきあるが、スキルが使えるようになるまでには個人差がある。
一般的には七、八歳くらいから、遅ければ十歳くらいから使えるようになる。
そんな中、俺は三歳からスキルが使えた。
最初は神童と言われもてはやされ、期待もされた。
しかし、年を重ねても訓練をしても、魔術は一向に手から離れず、遠距離での攻撃はいまだに投擲のみ。
理由は分からないが、おそらくマナを魔術に変換する力。
魔力はあるが、発動した魔術を制御する力が著しく低いんだと思う。
世間では、そういう能力に欠陥がある人の事を、才能に恵まれない者と蔑む。
「まったく……図体ばかり大きくなりよって……一族の恥をさらす前に手を打たねばな」
俺が廊下を歩き進むと、後ろからクソ親父の落胆の言葉が聞こえてきた。
エンブレムによって、身体的特徴が分かれており、ウィザードは一様に細身で小柄。
一般的な成人した男性ウィザードの身長は155cmから160cm程度。
体重も45kgから50kg程度だが、俺は十五歳目前にして、すでに176cmで75kg。
「ちっ……能力差別の次は外観差別。それでも親かよ」
俺が苛立ちながら進むと、別の声が聞こえてくる。
「お父様。職業訓練所へ行ってまいります」
「おお!ローウェン!気を付けてな。我が一族はお前にかかっている。頼んだぞ」
丁寧な言葉づかいでクソ親父に話しかけ、クソ親父が明るい表情と言葉を向けているのは十歳の弟のローウェン。
俺とは真逆。
才能に恵まれし者だ。
優れた魔力と魔術の制御能力を持ち合わせており、遠距離から高威力かつ広範囲の魔術を放つことができる。
クソ親父からすれば、ローウェンはまさにアルベルト家の名にふさわしい優秀なウィザードだろう。
「任せてください。では行って参ります」
様子を見ていると、ローウェンはクソ親父には明るくそう言ってから、俺の方へと歩いてきた。
そして、軽蔑と迫害を掛け合わせたような冷たい視線を俺に向け、何も言わずに階段を下りて行った。
「ったく。可愛くねぇ弟だな」
俺は悪態をつき、クソ親父のため息を背に家を出て、同じく職業訓練所へと向かった。




