2.奇跡のスキル
小屋の中が騒がしい。
「どうしたの!?」
慌てて入ると……そこは、赤かった。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん目を開けて!」
その赤い中心に、あの勝ち気な少年――ブローがぐったりと横たわっている。それにすがりつく、妹のメレ。
ミカは、それを見た途端、ざっと全身から血の気が引いた。
「お兄ちゃぁん……っ!」
メレの悲痛な声。
他のみんなも、ぼうぜんと赤く染まった、傷だらけのぼろぼろのブローと、泣き叫ぶメレを眺めているだけだった。
「誰か……たすけて、お兄ちゃんを……!」
メレが声を枯らして叫び続ける。
「どうか……かみさま……!」
メレがそう呟いたとき。
ミカの、身体の中から不思議な感覚がした。
熱いような、なにか液体のようなものがぐるぐると全身をめぐる。
それと同じく。
メレの体が――光り始めた。
「え……?」
誰がつぶやいただろう。
メレは自分の体に纏う光に気づいて、しばらく驚いたように手を見つめていたが……
「……お兄ちゃんを助けて……!」
小さく叫ぶと、祈るように両手を合わせた。
メレの光が強くなる。そして、ブローの体も光り始めた。
ぱあっと、小屋中が光に満ちて――
収まった頃には、みんなが驚いた。
「ブロー……傷がない!」
赤く染まったところは変わらないが、その裂けたりしている服の下の、さっきまであった傷が綺麗になくなっていた。
「……ブロー!」
ミカ慌てて彼のそばに膝をつくと、彼はううん、と唸りながら目を開けた。メレと似た水色の目が、ミカを見た。
「……ん?あれ……おれ、」
「お、おにいちゃ、」
メレが隣で声を詰まらせ、ぼろぼろと泣いている。気付いたブローは慌てて体を起こそうとするけれど、メレがその腹のうえにつっぷして、ぐえ、と呻いた。
「なんだ……?どうしたメレ?」
「おにいちゃああああ……」
嗚咽を漏らすメレの頭をおっかなびっくり撫でるブローに、ミカや他の子たちもほっとする。
どうやら……奇跡が起こったようだ。
ブローはスリに失敗したらしい。
警吏には突き出されなかったが、捕まったその場で、数人の男たちに袋叩きにされた。
その騒ぎを聞きつけた同じくスリを働こうと繰り出していた仲間たちが、男たちの気が済んだあと置き去りにされたブローをここまで運んできた。
「……死ぬって、思った」
どこかぼんやりとしたブローは、夢を見ているような顔をしている。
「でも、生きてる……あんなに痛かったのに」
「お兄ちゃん……」
ブローの手を握って離さないメレも、ずっとすすり泣いている。
「あの光ってなんだ?」
「さあ……でも、ブローのひどい傷がなくなって……」
みんな首をひねっている。
ミカは……起こったことに、覚えがあった。
「メレ……あの子のケガ、痛そうじゃない?」
ゆっくりとメレに話しかけると、泣き腫らした目で数日前にケガをした子を振り返る。
「うん……痛そうって、思ってる」
メレは優しい子で、ケガをしたその子の世話をしている。
「じゃあ、祈ってみて、早く良くなりますようにって」
ミカの言葉に、目をぱちぱちと瞬かせてから、急にメレは顔つきが変わった。
きっと気づいたのだ……自分ができることに。
「よく……なりますように」
祈るように両手を組み合わせると、また光が彼女を包む。
すると、怪我をした子はびっくりしたようにその傷を――傷跡すら残っていないところを見た。
「……治ってる!」
「すごいね、メレは……」
思わず呟いたミカに全員が、注目した。
「ミカ、知ってるのね?」
メレが確信しながら聞いてくるから、ミカは頷いた。
「スキルというものがあるの、知ってる?」
「これはスキルというのね」
メレはじっくりと手のひらを見つめている。
「そう。それはね……」
誰しもそれぞれ持っている特有の力がある。
例えば、中身いっぱいの木箱を5つ同時に運ぶ力。
例えば、一度見たものは一生忘れない記憶力。
例えば、何もないところに火も使わず光を灯す魔法。
例えば――傷をすぐに癒す力。
「神殿にそういう人がいるの。私も数年前に……大怪我をして。それで神殿の治癒師って人に治してもらった」
「神殿の……?」
みんなのメレを見る目が、少し悪くなった。
ブローは背中にメレを隠すように体の向きを変える。
あれ?とミカは首を傾げた。
「神殿がどうかしたの?」
「あいつら、おれたちをゴミだと思ってる」
吐き捨てるように、子供の一人が言った。
「毎週天の日にパンを配ってるのは知ってるか?でも、おれたちが並んでも追い払われる」
「え!?だ、だって、あれは施しの……」
まさにこういう子どもたちのための日ではなかったのか。
「よくわかんねえけど。ちょっとだけマシな、親がいる子どもにはパンを配るんだ。そいつらは兄弟がいるって言ったら、いくつももらってたのに……おれたちには、顔を見るだけでパンのかごをしまう」
「汚れがパンにうつるだとよ。さわってもないのに」
「ひどい……」
ミカは怒りが湧いてきた。
どうして、そんなひどいことを、神に仕える人間がするのか。
「……だから、メレが神殿にいるやつらといっしょって聞いたら」
「ち、ちがうの、メレが神殿にいる人と同じになるんじゃなくて、同じ力を持ってる人がたまたま神殿にいたの!」
実際はそういう力を持った人間を、奇跡と呼んで積極的に司祭にしているのだろう。
子どもにそれを言っても、きっと理解に時間がかかる。
でも、これだけは言える。
「だから、メレはメレだよ」
「ありがとう、ミカ」
メレがホッとしたように肩の力を抜く。
「この……スキル?は、怪我を治す力よね」
「そうだよ。本当は、メレより少し小さな頃に鑑定師ってひとに見てもらって、自分の力がわかるはずなんだけど」
それも、ほとんど民間では神殿に依頼するのだ。
お金もかかるから、貧しい家はスキル鑑定はしないこともある。
そして、ここにいる子どもたちは……スキルの存在自体を知らない。
それを教えてくれる大人がいなかったから。
「じゃあ、俺たちも、メレみたいな力を持ってるのか?」
「うん、人それぞれだけど……私が前に働いていた宿のおかみさんは、包丁スキルっていうのを持ってて何でもスパスパ切っていたよ」
あれは見事だった。骨付き肉も紙を切るみたいにさっくり切り分けてしまった。
「そして、おかみさんのジョブは『料理人』」
「ジョブ?」
「その人の……なんだろう、役目みたいな……」
これは、以前の記憶が邪魔をする。
ミカはゲームをやったことはないけれど、そういう仕組みがあることは漫画で見知っていて、そういうものと思ってしまっていた。
「役目?」
「さっきのおかみさんの料理はとってもおいしいんだ。ほかは、えっと……たしか戦士っていうジョブがあって、冒険者になる人が多いんだ。とっても強いスキルを持っているから」
「……なんか、わかった気がする」
「お店屋さんといっしょ?」
「うん、近いかも。お店の人も、ジョブが役に立つお店屋さんをしているはず」
「ふーん」
分かった子と分かってない子が半分ずつくらい。
メレは理解が早かった。きっとスキルを使えたからだ。
ブローは……まだ頭を悩ませている。
ミカはひとまずメレに話しかけた。
「メレ、その力はあなたの力。その力で、いろんな人を治すのは、どう思う?」
「……」
じっと手のひらを見て、メレは決意を宿した目になった。
「したい。痛がってるひとを、治したい」
よかった、そういう子だメレは。
「そう。それで……相談があるんだけど」
ミカはちょっと緊張した。
これから、『大人の話』をするつもりだった。




